第1553話「天使の守護」

「待て、ウェイド! 冷静になれ! 自分の町を壊す必要はないだろ!」

『何を寝ぼけたこと言ってるんですか! もうすでに半壊してるんですよ! 今更です!』

「とりあえず一旦落ち着こうか! もし攻撃が通ったとして、俺やT-3はどうなる!」

『レッジなんて殺しても死なないんですから放って――レッジ!? あなた、目が覚めたんですか!』


 T-1によって繋げられた通話。必死の説得により、ウェイドはギリギリになって俺の覚醒に気がついた。というか、それまでは誰と話しているつもりだったのか。ともかく、ウェイドは我に返ったようで町の内側を向いていた機術砲がエネルギーの充填を中断した。ひとまず危機は去ったようでほっと胸を撫で下ろす。


『レッジ、大丈夫なんですか? 怪我はしてないですか?』

「とりあえず無事は無事だ。体はなんか動かないが」

『脱出の糸口も掴めていないようですね……。T-3は?』

「俺の隣で寝てるよ」


 ちらりと横に目を向けると、幸せそうに眠るT-3の姿がある。相変わらず起きる気配はなさそうだ。


「とにかく、今T-1たちがレティたちと一緒に計画を練ってくれてるんだ。ウェイドは外から“エンジェル”の情報を集めておいてくれ」

『何がエンジェルですか偉そうに……。まあ、分かりました。レッジも内部からできそうなことがあればやってみてください。脱獄は得意でしょう?』

「人を凶悪犯みたいに……」


 都市防壁の上に立つウェイドが「事実でしょう」と言いたげな目をこちらに向けてくる。結構な距離があるはずだが、その表情が手に取るように分かる。


『割り込んですまぬがウェイドよ、都市防衛設備には都市内部に照準を定められぬよう安全制限設備が取り付けられておったはず。どうやってそれを外した?』


 回線を繋いでくれたT-1は、会話の中にも割り込んでくる。自由に旋回が可能な機術式狙撃砲だが、その威力が守るべき都市に向いては本末転倒だ。だからこそ、たとえ管理者の権限があったとしても物理的に背後には砲口を向けられないようストッパーが付いていたはずなのだ。


『パブリックデータベースにストッパー解除のプログラムがあったので使いました』

「げっ!? ちょ、ちょっと待てウェイド――」

『責任はそこのアップロードした人に言ってください』

『レッジ!!!!』


 完全な藪蛇である。

 俺はT-1から叱責を受ける前に回線を切り、目の前の問題に向き直る。そうだ、罪を償うとしてもまずここから出ないことにはどうにもならない。


「あれ?」


 違和感に気が付いた。体が動くのだ。いや、全身が自由というわけではない。左手の指先がわずかに動く。これはどういうことだろう。


「体が起き始めたってことか?」


 金縛りという現象は、意識が半覚醒した状態の時に発生するという。頭は起きているのに体が眠っているというような状態だ。もし今の状況がそれと似たようなものだったなら、時間経過で体も目を覚まし始める可能性も考えられる。

 このまま待っていれば全身が動けるようになる、という話なら良いんだが……。


『レッジさん! 聞こえますか! レッジさん!』

「レティか!」


 再びTELがかかってくる。今度はシフォンではなくレティだ。彼女は走りながら話しているようで呼吸が荒い。それでも、真剣な声色でこちらに語りかけてきた。


『今、アストラさんが町へ到着しました。今から合流して、一斉攻撃のプランを共有します。10分後に“エンジェル”に向かって仕掛けます』

「まずは“エンジェル”の解析を進めた方が良いんじゃないのか?」

『最高位の鑑定士でも名前すら分からなかったんです。とりあえず叩いてみないと始まらないということで結論付けられました』

「なるほどな……」


 レティの猪突猛進な考えというわけではないらしい。

 高レベルの〈鑑定〉スキルでも名前さえ看破できないとなると、“エンジェル”の強さがかなり隔絶していることは確定だ。そんな相手と知りつつ、彼女たちは無茶を承知で攻勢に繰り出そうとしている。それなのに俺は指先くらいしか動かせないとは。


「いや、そうか。指先は動くのか」

『レッジさん?』

「レティ、ちょっと待ってろ。急拵えだが……」


 思念操作を使えばある程度システムを利用することができる。キーボードを左の手元に表示させれば、指を動かすだけでキーをタップできるようになった。キーボードは半分に分割したものを二層に重ねることで片腕のハンデを補う。

 やるべきことは、コードの改良だ。TELが通じるということは通信監視衛星群ツクヨミのインターネット回線にも接続できているということ。ダウンロードとアップロードも問題なく行える。

 ライブラリから手持ちのプログラムを呼び出す。ウィンドウを次々と複数枚展開しながら、各所にアクセスしていく。


『レッジさん? 何やってるんですか? なんかT-2さんが驚いてるみたいなんですが』

「ちょっと調査開拓団の基幹システムに入ってるだけだ。気にしないでくれ」

『レッジさん!?』


 基幹システムには膨大な情報が集められている。通信監視衛星群ツクヨミはもちろん、管理者や調査開拓員、NPCに至るまであらゆる存在から得られた様々なデータが未加工のまま集約されている。その濁流に手を突っ込み、目的の情報を摘み上げる。


「レティは愛を信じるか?」

『は、はいぃ!?』


 情報の濁流に揉まれながら問いかける。レティが驚いたようだが、構っている余裕はなかった。


『そ、それはえと、えへ、もちろん。愛は全てを救うと言いますか……』

「なら、愛してくれ」

『へっ? へぇえええあっ!? あ、愛ってその、レッジさんを!? それはもう――ってそのえっと!』

「この“エンジェル”を愛するんだよ。愛が全てに打ち勝つんだ!」

『……はい?』


 理解されないのはよく分かる。だが、それが事実であるはずだ。

 俺が手に入れたのはISCSが削除した文書データ。そこにはT-3がしたためた行動記録も存在する。そのうちの一つが手掛かりになった。

 俺とウェイドとナキサワメによるシュガーフィッシュの騒動。その最中、T-1たちの注目が逸れている間に彼女はシュガーフィッシュのDNAを密かに回収していた。それがエンジェルの骨子になっているのだろう。だが、問題はそこではない。

 シュガーフィッシュ最大の特徴は“執着”だ。砂糖を得てより甘い砂糖を生み出すという執念深さが、あの生態につながっている。その“執着”を、エンジェルも備えている。あらゆる外敵からT-3と俺を守り通すという“執着”を。

 “執着”に打ち勝つには、真っ向から叩くむしろ逆効果。愛さなければならない。


「エンジェルを口説くんだ、レティ」


 そう言うと、スピーカーの向こうで彼女が唖然とした気配がした。


━━━━━

Tips

◇基幹システム異常アクセスログ

 惑星イザナミ調査開拓団基幹システムに不明なIDによる異常なアクセスが確認されませんでした。ただちに攻性防御プログラムを起動しません。情報隔壁を展開しません。フットスタンプ追跡プログラムを起動しません。


[〈眠る男Sleep Man〉により情報が修正されました]


 惑星イザナミ調査開拓団基幹システムは正常に稼働しています。全ての検閲および防御システムは正常に稼働しています。情報の安全性は完全に保障されています。問題はありません。


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