第1552話「思い切り撃て」
レティに爆殺されたかと思えば、T-3に胸を抉られてまた死んだ。なんなんだ全く、と困惑しながら目を覚ますと、〈ウェイド〉の街並みが大変なことになっていた。俺自身はといえば、死んだはずだがアップデートセンターには戻らず、何か巨大な生物的な存在の内部に封じ込められていた。
「おい、T-3。寝てるのか?」
水に満たされたような空間だが、不思議と呼吸はできる。だが、体が動かない。なんとか目だけが動く程度だ。できる範囲で周囲を見てみるとすぐ近くにT-3が浮かんでいた。この騒動を引き起こした張本人であるはずだが、ずいぶんと幸せそうな表情で眠っているようだった。声を掛けてみても起きる様子はない。
ここから脱出しようにも、今の俺は黄色いカラーリングの補助機体だ。ステータスも初期値で固定されているし、装備やアクセサリー、アイテムなんかも使えない。
「どうしたもんか……。この宿主は直進してるみたいだが」
巨大な生物の胸元あたりに取り込まれている俺だが、宿主の体表は半透明で、周囲の様子もある程度見晴らせる。ズシ……ズシ……と身を引きずるようにして歩く宿主は、〈ウェイド〉の街並みを破壊しながら中心を目指しているようだった。
宿主の周囲を取り囲んでいるのは、臨戦体勢の警備NPCたちだ。おそらく街中での戦闘行為も解禁されているのだろう。とはいえ、俺やT-3が体内にいる状態ではおいそれと攻撃も――。
『撃てーーーーっ!』
――ダダダダダダダダダダッ!!
「うぉわあああっ!? う、ウェイドのやつ躊躇なく撃ちやがった!」
外部の声はくぐもってほとんど聞こえない。それでも、この警備NPCの軍勢を指揮する者は見当がついていた。この都市の管理者の号令を受けて、警備NPCたちが一斉に引き金をひく。撃ち出された大量のエネルギー弾が次々と迫り、俺は思わず青い顔をする。頑丈な管理者機体のT-3はともかく、俺はか弱い補助機体なのだ。
少しでも衝撃を和らげようと目を瞑りながら、来るべき破壊に備える。
だが、待てど暮らせど着弾の手応えはなかった。
「あれ?」
恐る恐る瞼をあげると、至近距離で花火が咲いていた。いや、違う。無数のエネルギー弾が宿主に命中する直前に、体表よりわずかに離れたところに展開された障壁によって阻まれているのだ。障壁は次々と展開しては消えていく。その様子がまるで花火のようだった。
見ている分には綺麗だが、警備NPCたちからすればたまったものではない。どれだけ大きな砲弾を撃ち込んでも、この宿主は傷付くどころか身じろぎ一つしない。そもそも攻撃が届いていないのだ。
『くっ、この、このバカアザラシ! 止まりなさい!』
「おお! ウェイドが管理者専用兵装を持って出てきたか! これで勝てる!」
警備NPCの攻撃力では障壁を破れないと知ったからか、宿主の進路上にウェイドが現れる。大弓を背負い、大太刀を鞘から引き抜き、顔を真っ赤にして憤怒の形相だ。〈クシナダ〉をインストールしたことで大幅にエネルギー効率が改善された彼女たちの専用兵装は、その威力をさらに底上げしている。これならばあるいは――。
『うおおおおおおおおっ! ――ふぎゃっ』
猛々しい声と共に飛び込んできたウェイド。生太刀の銀刃がきらめく。
だが、しっかりと力の入った一撃にも関わらず、それは呆気なく弾かれる。展開した大きな障壁が、毅然として立ち塞がった。ウェイドは反動を受けて吹っ飛び、石畳の上に転がる。すかさず〈護剣衆〉たちが取り囲むが、立ち上がった彼女は鋭い視線でこちらを――宿主を睨みつけていた。
「マジか……。管理者専用兵装でも傷一つ付かないとなると、これはなかなか大変なんじゃないか?」
管理者専用兵装は、調査開拓団の保有する武器の中でも最強に近い。これ以上の威力を求めようとするならば都市防衛設備を持ってくるしかないが、流石に街中に向けてぶっ放すわけにもいかないはずだ。
俺も体を動かせず、悶々とした気持ちのまま。しかし関係なく宿主は進む。やがて町の中央にある制御塔に手をつけ、いやヒレのようだ。ヒレをつけて立ち上がる。かなりの大きさだったようで、立ち上がるとちょっとしたビルくらいの目線になった。
ここからどうなるのかと不安に思うも、それっきり宿主は動かなくなる。周囲を警備NPCが取り囲むが、全く反応すらしない。沈黙の時間が流れ始めた、その時だった。
――Ri Ri Ri Ri Ri Ri Ri Ri Ri
「っとと。TELは通じるんだな。シフォンからか」
突然コール音が響いたかと思うと、目の前にウィンドウが現れる。発信者名はシフォン。どうやら宿主に取り込まれた俺を心配して連絡してきてくれたらしい。しかし、俺は手が動かせない。どうやって応答しようかと考え、思念操作が有効になっていたことを思い出す。
ラクトほど巧みに使えるわけでもないが、簡単な操作くらいなら。
「もしもし、シフォンか?」
『あ、もしもしおじちゃん? 今大丈夫?』
頭の中に直接響く、シフォンの声。悲しくて泣いているかと思ったが、案外普通の声色だ。スピーカー設定にしているのか、周囲の雑音、というかどよめく声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ。やることなくて暇してたくらいだ」
ひとまず、シフォンから現状を聞く。
どうやら俺がT-3に襲われた直後にこの宿主、もといバカアザラシ、もといエンジェルが突如出現したらしい。エンジェルは周囲の攻撃をものともせず街並みを薙ぎ倒しながら直進し、制御塔へ到達。それに寄りかかるようにして立ち上がり、静止した。
俺もそう長く気を失っていたわけではないらしく、大方の流れは認識と合っていた。
『おじちゃんは今どんな状況なの? T-3は?』
こちらからも情報の共有をする。俺はT-3と共にエンジェルの体内にいること。体は動かせないが、意識はあること。T-3は応答しないこと。ウェイドの怒り顔の迫力があったことなどなど。
『ちょ、ちょっとレッジさん!? 無事なんですか? 無事なんですね! 良かったです……。す、すみませんでした。レティが試食をしていればあんなことにはならなかったのに』
「もうそんなに気にしてないから安心してくれ。それよりも今は、ここから出してくれると嬉しいんだが」
レティのしょんぼりとした顔が浮かぶほどの萎れた声に苦笑しつつ、彼女の助けを求める。
『任せてください! 何があっても必ずレッジさんのことを助け出します! うふっ、うひひっ!』
『レティ、何考えてるのか大体分かるけどさぁ』
レティたちもなんとか方策を考えてくれている。とはいえ、俺が何もしないわけにもいかない。障壁の方はともかく、T-3をどうにか起こすことができればいいんだが。この体がほとんど動かせない状況でどうすればいいのだろうか。
「そういえば、ウェイドは何やってるんだ?」
外を見てみると、見える範囲にはウェイドらしい姿がない。指揮を執っているものと思っていたが、休憩でも取りに行ったのだろうか。そう思って、ほとんど独り言のように呟いた言葉がシフォンの回線を通じて向こうに伝わる。
『ぬお!? ウェイドのやつ、何をやろうとしておるんじゃ!』
『都市防衛設備の安全制限設備に異常な接続が確認されています。実行者は――管理者ウェイドです』
「うわーーーっ!? ちょっとおじちゃん、ウェイドがおかしくなっちゃった!」
蜂の巣をつついたような騒ぎになる向こう。俺が困惑しながら外を見ると、都市をぐるりと取り囲む防護壁の背に動くものが見えた。それは巨大な砲台だ。都市を守ため、都市の外側に向けられているはずの砲口がゆっくりと旋回し、ストッパーを破壊しながらこちらへ向けられる。
「お、おい……。あれってまさか……」
『ウェイドが自分で都市内部へ向けて攻撃しようとしておる! レッジ、なんとか説得するのじゃ!』
切羽詰まったT-1の声。直後、彼女の権限によって俺はウェイドとの通話を繋げられた。
━━━━━
Tips
◇安全制限設備
都市防衛設備に標準装備されるリミッター。強力な兵器群が万が一にも制御権を奪取された場合に備え、物理的にその照準が都市内部の方向へ向けられないように制限するもの。管理者権限であっても解除は不可能である。
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