第1551話「沈黙の白い巨獣」

 突発的インシデント“降臨”によって指揮官T-3と調査開拓員レッジが、正体不明存在“エンジェル”に取り込まれた。更に“エンジェル”は発生地点から〈ウェイド〉の中央、制御塔へと進行を開始。ウェイド麾下の警備NPC部隊および調査開拓員たちによる迎撃作戦が展開されるも、全ての攻撃が一切対象に通用せず。シード02-スサノオ中央制御塔は緊急時の自己閉鎖形態へと移行。直後に“エンジェル”が塔地上部構造体に取り付き、移動を停止した。


『このバカアザラシ! 何をしようとしているのかは知りませんが、塔を破壊することは不可能です。あなたは既に完全な包囲状態にあります。諦めてレッジとT-3を解放し、投降しなさい! ええ!? 黙ってないで、何か喋りなさい!』


 拡声機を通じてウェイドの怒号が飛ぶ。

 中央制御区域には黒い警備NPCの群れがずらりと並び、“エンジェル”の外周をすっかり取り囲んでいる。エネルギーは充填され、照準も固定されている。塔に抱きつくようにヒレを回して立ち上がる“エンジェル”だが、もはや逃げ道などない。


『その翼と自重を考えれば、飛翔能力が皆無であることも分かってるんですよ! 痛い目見たくなかったら、さっさと降参しなさい!』


 ウェイドが叫ぶ。だが“エンジェル”は静かに、ガラスの彫刻のような顔で彼女たちを見下ろすだけだ。


『くっ、この……舐めてますね! いいでしょう、第一弾一斉射撃、用意!』


 撃ての合図で警備NPCたちが担いだ巨砲が火を噴く。充填されたエネルギーが解き放たれ、“エンジェル”へと殺到する。総エネルギー量は頑強な都市防壁でさえ抉るほどの莫大なものだ。精密に撃ち込まれたそれは互いに干渉しあい、着弾点に強力な磁気嵐にも似たエネルギーの奔流を作り上げる。その衝撃を受けて耐えうる生物など皆無だ。

 しかし――。


『ぬ、ぬぅぅっ!』


 青い閃光と爆炎。轟音が町の隅々にも響き渡る。

 だが、ウェイドは眉間に皺を寄せる。

 一陣の風が吹き、煙が晴れる。そこから現れたのは燦然と輝く円環を頭上に戴き、微笑を湛えた“エンジェル”の無傷な姿だった。

 幾度となく行われた迎撃。ウェイド直々に出陣した管理者兵装による突撃さえも、“エンジェル”が瞬間的に展開する障壁を破るには至らなかったのだ。


『まったく、厄介なことになったのう』


 〈ウェイド〉商業区画の広場に特設された、急拵えの作戦本部にて。テーブルに突っ伏したT-1が弱々しくこぼす。モニターに映し出された光景は絶望的なものだ。指揮官と調査開拓員が取り込まれ、こちらの攻撃は全く通用しない。向こうが攻撃的な行動を見せていないのが唯一の救いだが、今後のことは何一つ分からない。

 現在は調査開拓員による解析作業が行われているが、その進捗も芳しいものではない。


「うぅ、レッジさん……」


 作戦本部にはコンペに参加していた調査開拓員たちも避難してきている。その中には当然、レティたちの姿も。彼女たちもレッジ奪還のため“エンジェル”に攻撃を繰り出していたが、その結果は現在の状況がよく表していた。

 ウェイド率いる警備NPC部隊も、実際のところは“エンジェル”の動きを監視するという役割が強い。時折一斉攻撃が行われているのは、ひとえにウェイドの機嫌が非常に悪いからだ。


「T-1、やっぱりあれはT-3が反逆したってことなの?」


 画面を食い入るように見つめていたラクトがT-1に尋ねる。“エンジェル”がなぜ発生したのか、その原因は不明のままだ。しかし発生した当時の状況は作戦本部の全員が共有していた。

 T-3が補助機体で戻ってきたレッジの八尺瓊勾玉を破壊した。その直後にあれが現れたのだ。普通に考えれば、T-3が“エンジェル”発生の原因である可能性は高い。だが、T-1の反応は渋いものだ。


『T-3も、腐っても指揮官じゃ。そもそもの行動原理として調査開拓団に反旗を翻すことはありえん』

「本当に? 性格を手に入れたから、その辺りの厳格さがなくなったりは……」


 指揮官も管理者も、もともとは中数演算装置〈タカマガハラ〉や〈クサナギ〉の一機能、一端末に過ぎない。しかし、レッジによって個性と外見を与えられた彼女たちは“個”としての振る舞いをし始めた。

 その不安定さは以前からたびたび指摘されていたことだ。


『管理者はともかく、指揮官は考えにくいのじゃ。そもそも、なぜ妾らが三者に分かれた上での合議制を取っているかという話にもなる』


 ラクトの追及を、T-1はなおも否定する。

 同じ中数演算装置〈タカマガハラ〉に根本を共有しながらも、わざわざ情報的な隔壁と権限の隔離を行った上で、T-1、T-2、T-3は存在している。調査開拓団の最高意思決定機関として厳密な振る舞いが求められるが故の措置だ。彼女たちに独断専行は許されず、常に三者の視点から認められたもののみが許可される。

 T-1の行動原理は“領域拡張プロトコルの積極的な実施”であり、T-2の行動原理は“情報の統括と行動指針決定事由の提供”であり、T-3の行動原理は“調査開拓団員全ての安全と幸福の追求”なのだ。それら全ての条件を満たさなければ、計画は実行されない。


「でも、事実としてT-3の暴走で“エンジェル”が出現しました。あれの目的はなんなのです?」

『ぬぅ……』


 トーカの鋭い言葉にもT-1は呻く以外には返すことができない。なぜ“エンジェル”が生まれたのか、“エンジェル”は何がしたいのか。全てが分からないのだ。


「せめて、何か要求でも言ってくれたらいいんだけど」

「はええ……。おじちゃんに連絡してみる?」


 憂うエイミーにシフォンが首を傾げる。緊張した空気を和ませるような言葉に、つい周囲の面々が口元を緩めるなか、シフォンは本当にフレンドリストからレッジを選択してコールし始める。


「ちょ、ちょっとシフォン。レッジは今動けない状況で――」

「あ、もしもしおじちゃん? 今大丈夫?」


 ラクトが戸惑い声をかけようとしたその時、シフォンのコールが繋がった。


━━━━━

Tips

◇特別殲滅作戦“バカアザラシ撃殺滅却とっちめ案”

 インシデント“降臨”に伴い、管理者ウェイドにより提出された作戦素案。地上前衛拠点シード02-スサノオの都市リソースに限らず、他都市からも応援を呼び、都市防衛設備の制約撤廃を含めた超法規的措置を実施した上での大規模な破壊殲滅攻撃を実施するもの。

“自分の町が壊れるじゃろうが! ちょっとは冷静になるのじゃ!”――指揮官T-1

“どうせもう半壊してるんですよ!!!”――管理者ウェイド


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