第1550話「降りたる天使」
立ち上る灰色の煙を切り裂くように、高速ヘリが都市上空を駆け抜ける。開け放たれたドアにはマイクを握りしめたリポーター。大型の望遠カメラを構えたカメラマンが彼女の横顔を捉える。
「いつも貴方の側に這い寄り実況。どうも、実況専門バンド〈ネクストワイルドホース〉リポーターのミヒメです。――ご覧ください、この凄惨な様子を! 地上前衛拠点シード02-スサノオ、〈ウェイド〉が半壊しております!」
その言葉に応じて、カメラが眼下を見渡す。レンズに映し出されたのは瀟洒な煉瓦造りの街並みが薙ぎ倒し、放射状に広がる大通りの流れを無視して動く巨大な白い獣の姿だ。体高はおよそ15メートルほど。足元で警備NPCたちが重火砲を撃ち込んでいるにも関わらず、一心不乱に町の中央を目指している。
「この被害の元凶は、あの正体不明の獣です。突如として現れた巨大な獣です! 陸上で活動しているようですが、大きく発達した前ヒレや長い尾から、魚やセイウチのような印象も受けます。何より特徴的なのは、その背中に生えた翼と頭にある円環のようなもの。そして何より――一切の攻撃が通じないという理不尽さ!」
大型警備NPCが背中に搭載した巨砲の照準を合わせる。敵は15メートルの巨体で、俊敏に動くこともない。ケーブルを焼き切り、砲身を使い捨てることを前提にした最大火力投射。24基の大型ブルーブラストリアクターによる連鎖励起反応を用いた爆発的なエネルギーの圧縮実体が放たれる。
――ポンッ
ビンから栓を抜いたかのような気の抜ける音。それとは裏腹に大気を焼き暴風を纏いながら直進するエネルギー体。飛翔するそれは、1秒と経たず対象へと触れる。だが、その瞬間。
――キィィィィィィインッ!
白い半魚獣の体表に輝く障壁が現れる。それがエネルギー弾を中和し、打ち消し、拡散させる。都市リソースの0.01%を投入した莫大な熱量が、一瞬にした霧散した。感情を持たない機械であるはずの警備NPCたちが、たじろいだ。
「な、な、なんということでしょう!? あの警備NPCの強力な一撃すら耐え抜きました。全くの無傷、全くの平静です! まるで何もなかったかのように、視線すら向けず、ただ町の中央を目指しています!」
リポーターのミヒメが驚愕の声を上げる。彼女はTELを通じて実況チャンネルのディレクターから更なる接近を命じられた。突如現れた白い獣は、一切の攻撃を行っていない。ただ道や建物を無視して中央へと向かっているだけだ。だからこそ、より至近距離からの映像が求められたのだ。
指示を下されたヘリパイロットが操縦桿を傾ける。ローターがけたたましい音を響かせ、機体が斜めに倒れる。カメラマンの手にも汗が滲む。
「こちらで掴んでいる情報によりますと、あの獣が現れた当時、その場所では管理者ウェイド主催のスイーツコンペティションが開催されていたとのことです。審査員にはウェイドをはじめ、指揮官三人も連なり、更に会場には多くの調査開拓員が集まっていました。――そ、そして何より驚きの事実ではありますが、あの獣は指揮官T-3が審査員を務めていたレッジさんを襲った直後に現れたとのことです!」
スイーツコンペティション“新たなる水平線へ! 爆食い気絶の血糖値スパイクスイーツコンテスト”には、当然〈ネクストワイルドホース〉からも取材チームが派遣され、その模様が生配信されていた。チームからの報告だけでなく、当事者であった調査開拓員たちも、ミヒメの映像が配信されているチャンネルに次々と書き込んでいた。
「つまり、あの獣は指揮官T-3が調査開拓団に反旗を翻したということなのでしょうか? いったい、おっさ――じゃなくてレッジさんは無事なのでしょうか!?」
ヘリが高度を下げ、獣に近づく。よりその精細な姿が映し出され、ミヒメは思わず息を飲んだ。
滑らかな白い結晶を身にまとい、微笑を浮かべたような顔つきをしていた。翼は精緻な氷細工のようで、頭上の円環が光り輝いている。まるで、天使のようだ。そんな感想が喉をついて出そうになる。だが、その大きなヒレが煉瓦造りの建物を脆く破壊していた。
「あっ!」
一瞬、リポーターにあるまじき沈黙を許してしまったミヒメ。彼女ははっと目を見開き、カメラマンの腕を叩く。
「あれ、あそこ! 胸のあたり!」
指させば、カメラマンもはっと気がつく。映像の倍率が上がり、白い獣の胸のあたりに注目が向けられた。
女性的な膨らみにも見えるゆるやかな凹凸が浮かぶ胸元。そこは白くも薄く透き通っており、内部の様子が見えた。そこに、黄色い補助機体と瞳を閉じた黒髪の少女の姿があったのだ。
「あれ! レッジさんとT-3じゃない? ――みなさま、あちらをご覧ください! あそこ、獣の体内に二人が取り込まれている様子が見えます! 中は水で満たされているのでしょうか、二人とも意識は無いようですが、身を丸めて浮かんでおります!」
ミヒメの発見により、配信上でのコメントも加速する。レッジがレティのお菓子によって爆散したことはすでに周知の事実だ。そして、補助機体で復帰しかけたその矢先にT-3に八尺瓊勾玉を砕かれたことも。
今回ばかりは、少しレッジに対して同情的なコメントも見られるが――。
『そこのバカアザラシ! 止まりなさい!』
直進を続ける巨獣の進路上から、猛々しい憤怒の声が突き上がった。カメラマンが照準を獣から声の主へと切り替える。そこには集結した無数の警備NPCたち。臨戦態勢で武器を構え、中には管理者の護衛を務める精鋭〈護剣衆〉の姿すらある。
だが、何よりも人の目を集めるのは、その先頭に立つ銀髪の少女だ。身の丈ほどもある大弓を背負い、手に銀の太刀を握り、目を釣り上げて睨んでいる。管理者専用兵装を全て解放し、瞳に炎を燃え上がらせた、武者のような立ち姿。
「あれは、管理者ウェイド! コンペの主催者であり、巨獣の被害で行動不能も危惧されていましたが、なんと万全の体勢で迎撃に移るようです!」
髪をたなびかせ、威風堂々とした佇まいにミヒメも歓喜する。
この都市において最強が誰かと問われれば、それは間違いなく管理者である。全ての管理者専用兵装を持ち出したウェイドに、負ける道理はない。
獣はウェイドの激声にも関わらず、止まる様子はない。ただ一定の速度で瓦礫を踏みつけながら中央を目指している。だからこそ、ウェイドも腹を括り、生太刀を正眼に構える。
『たとえ指揮官とて許せません。止まらないというのなら――力づくで止めますっ!』
リミッターを解除した管理者機体は、通常の調査開拓用機械人形をはるかに超える出力を有する。石畳の大通りを抉るほどの脚力で飛び出した彼女は、一発の弾丸のようですらあった。
風を切り、一瞬にして肉薄する。
『せぁああああああっ!』
必要〈剣術〉スキルレベル500。その冴わたる一撃が――。
――キィィィンッ!
『くぁっ!?』
無慈悲に跳ね除けられる。
━━━━━
Tips
◇インシデント“降臨”
地上前衛拠点シード02-スサノオにて発生した重大インシデント。指揮官T-3による独断専行により、調査開拓員一名が巻き込まれた。当インシデントにより発生した正体不明存在は“バカアザラシ”と設定された。
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[本文書が更新されました]
地上前衛拠点シード02-スサノオにて発生した重大インシデント。指揮官T-3による独断専行により、調査開拓員一名が巻き込まれた。当インシデントにより発生した正体不明存在は“エンジェル”と設定された。
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