第1549話「真理たる愛」
「まず、NPWを1枠用意します。そうですね、総重量は1トンになります。まあ、NPWに関してはウェイドさんが用意してくれていたので、そちらを使いました。むしろ問題になるのは、NPWと同量のアーモンドプードルです。あっ、プードルって言っても犬じゃないですよ? ふふっ。アーモンドの粉末なんですが、こちらも1トン必要になります。ただ、十分な品質のものを1トン集めようと思ったらなかなか大変でしたね。いろんな農場を駆け回って、なんとか集めました。なので品種などはちょっとバラバラです。
とにかくこれで、1トンのNPWとアーモンドプードルが集まりました。合計2トンですね。これだけあるとさすがにかなりの重量と堆積になりますし、どちらも粉なのでまとまりがありません。そこに卵白を混ぜるんです。普通の卵だと100枠くらい必要そうだったので、〈花猿の大島〉にいるジャイアントコックの卵を使いました。こちらを大体、200個くらいですね。
NPWとアーモンドプードルをふるいに掛けたあと、そこに卵白を混ぜて練り込みます。この時にしっかりと想いを込めてぎゅっぎゅっと力を入れるのがコツなんですよ。そうしているとだんだんと生地がまとまってくるので、更に圧縮していきます。ハンマーで叩くと、良い感じに練り上げることができるんですよ。圧力鍋に入れて70気圧くらいにして、ぎゅぎゅっと。これで体積はかなり小さくなりますが、まだちょっと足りませんよね。
事前に調べたら、マジパンは大きくても一口大くらいがちょうどいいと書いてありました。なので、それくらいまで縮める必要があったんですね。ハンマーで叩き潰すと普通は平らになるんですけど、そこは上下左右前後からほぼ同時に叩くことで内側に折りたたむことができるんです。それを何度も何度も繰り返していくと、マジパンがだんだんと小さくなってきます。
とはいえこのままではただのマジパンでしかありませんから。その状態でさらに着色していきます。普通は食紅なんかを使うんですが、質量が質量ですからね。見合ったものを使わないと薄くすら色がつきません。そこでレティは〈剣魚の碧海〉深海のクリムゾンレッドシャークの血を使うことにしたんです。あれは鮮やかな赤色が出せますからね。
赤い血を練り込んでさらに圧縮を繰り返していきます。一打一打想いを込めながら丁寧に叩いていくとだんだんと小さくなって、気が付けばあの形になっていました」
レティがつらつらと語った『バーニングハート』の作り方は、驚くほどシンプルなものだ。量を考えなければ、砂糖とアーモンドプードルを卵白で練り、赤く着色しただけ。ただそれだけだ。
『ほ、他には……? 何か怪しげな薬品を混入させたりとか、レッジに三日預けたりとか』
「してませんよ! レティの真心以外は不添加のお菓子ですからね!」
なぜ薬品混入と俺が同列に語られているのか分からないが、ウェイドの言いたいことはある程度理解できる。レティの述べた作り方は、あまりにも
ウェイドたち管理者側が危惧しているのは、俺を街中で殺すことができた食品が一般に流通してしまうこと。これが、その食品が非常に調理工程の複雑なものだったり、『白いマフィン』のように再現不可能な代物であればまだよかった。
しかしレティの言葉を信じるならば、思いを込めて粉を練るだけで調査開拓団規則を突破できてしまう。
『唯一の手がかりは“オモイ”という不確定な要素じゃのう』
『疑念。非物質的な概念が成果物の成分に有意なほどの変化を与えるものでしょうか?』
レティに対する尋問を受けて、T-1たちも首を傾げる。俺だって、よく分からないのだ。
しかしこの世界において信念や思い、意思といったものはかなり重要なファクターとなる。むしろ最近になってその存在感はどんどん大きくなっていると言っていい。龍を殺す術は相手が龍であると知れば効力を発揮する。万物を破壊する術は壊せると信じることが肝要だ。それらの事例と、これは通底している可能性があった。
『うふふっ』
会場一帯が静まり返るなか、柔らかな笑声があがった。誰だ、と周囲を見渡すと――目が合った。
『うふふっ。ふふっ! あははっ! すごい、素晴らしい、とても素敵ですよ、レティさん! ――やはり愛、愛は全てを貫くほどの力を持っているのですね!』
堪えきれず、堰を切ったように勢いよく笑い出す少女。指揮官T-3が目を糸にして笑っていた。
『愛なのですよ! 愛が、愛こそが全てを解決する唯一にして至高の解法なのです。皆さんが愛することで! 私が皆さんを愛するように、他者を愛することで! 私たちは更なる愛へ近づくことができるのです! 愛が、愛を! 愛こそが!』
『T-3!? どうしたのじゃ突然、壊れたみたいに……』
あまりにも突然の早口に、T-1が困惑する。同一と言っていい指揮官たちだが、その行動原理や思考プロセスは完全に独立している。T-1であっても、T-3の全てを理解することなどできない。
『壊れたわけではありません。分かったのです。愛の真意を。いや、もっと正確に言いましょう。――私は至ったのです!』
高々と宣言するT-3。彼女が愛を語ることは、そう珍しいわけではない。むしろ初めて登場した時からずっとこの調子であったはずだ。けれど、今回ばかりは少し様子が違って見えた。まるで、悟りを開いた仏僧や、真理に気がついた哲学者のようだとさえ思えた。
『レッジさん』
T-3が急にこちらを見る。
思わず身構える俺に対して、彼女はにっこりと笑った。
『多くの調査開拓員たちから愛を向けられる貴方は特別です。貴方こそが、愛なのかもしれません。ぜひ、協力してください。真なる愛を私に教えてください』
「何を――」
答えるよりも早く、彼女が飛びかかってくる。驚くほど素早い動きに、咄嗟に反応ができなかった。しまったと思ったのは、倒れる視界のなかで。T-3が補助機体である俺の胸にある八尺瓊勾玉に手を突っ込んだその時のことだった。
『レッジ!?』
「レッジさん!」
ウェイド、レティの声。
倒れる。意識が暗転する。
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Tips
◇八尺瓊勾玉-仮装
機体回収用の補助機体に取り付けられる、簡易型の八尺瓊勾玉。量産性を重視しているため、LP生成能力および貯蓄能力が大幅に制限され、耐久性も低い。
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