第1548話「熱い想い」

 〈ウェイド〉のバックアップセンターで予備機体にバックアップが復元され、目を覚ます。状況に混乱しつつもコンペ会場へと戻ると、ステージ上ではウェイドが警備NPCを呼び寄せ、レティを拘束しているところだった。


「ちょっと待った!」

『レッジ!? 危険ですから、近づかないで下さい!』

「落ち着けウェイド。俺は無事だよ」


 慌てて二人の間に割り込むと、ウェイドは目を大きく開いてこちらに警告する。まるでレティが俺に危害を与えるかのような、そんな動きが衝撃的だった。

 おそらく、『バーニングハート』を作ったのはレティなのだろう。だからこそウェイドは彼女を危険視し、拘束した。

 レティのバーニングハートは俺を殺したのだ。調査開拓団規則によって禁じられているはずの味方の同士討ち。それも、非戦闘区域である街中で、指揮官や管理者たちが見ている前での出来事である。


「すみません、レッジさん。私……」

「レティも冷静になれ。俺はここにいるから、な?」


 普段のキャラ作りも忘れて狼狽えるレティ。もはやコンペどころの騒ぎではない。

 俺はウェイドとレティの双方を制止しつつ、この状況を打破する方法を考える。

 ウェイドは管理者としての行動原理に従っている。つまり、俺やレティとの個人的な関わりではなく、管理者と調査開拓員という上下関係の中での動きだ。レティはまさか俺が死ぬとは思わなかったのだろう。予期せぬ展開にパニックに陥っている。


「ウェイド、落ち着け。今重要なのはレティの身柄を拘束することじゃない。調査開拓団規則を突破して、非戦闘区域で調査開拓員に危害を加える方法の解明と対策が緊急の課題だろう」

『ええ、そうですよ。ですからレティを尋問するのです』

「それなら――ここで今すぐやるべきだ」


 ウェイドが困惑の色を浮かべる。レティが驚いた顔をしていた。

 ここは衆人環視のど真ん中、いまだコンペを見物していた他の調査開拓員たちが大勢残っている。それどころか、騒ぎを聞きつけて人数は増えるばかりだ。

 俺はむしろ、この状況が利すると考えた。

 ウェイドが今すぐしなければならないのは、レティが行った規則の回避が他者によって流用されないように対応策を立てることだ。そうしなければ最悪、悪意のある人物による故意の暴力的行動が発生する。レティのものは偶然の事故だったとしても、抜け道があると知られれば、その条件を調べたいという解析班、検証班のプレイヤーは多いはず。すでに多くの検証が始まっている可能性もある。

 だからこそ、この公衆の面前でレティが俺を殺した方法を明らかにし、ウェイドがその穴を塞ぐ。不具合は修正されたと知らしめなければならない。


『そうじゃな。ウェイドよ、少し落ち着くのじゃ』


 俺の思考を理解したのはT-1たち指揮官だった。彼女たちの、指揮官よりも上位の権限によって警備NPCの動きが止まる。レティは手枷こそ着けたままだが、連行はされずに留まることを許された。

 そのままレティにも椅子が用意され、『バーニングハート』に関する詳細な調査が始まる。


『質問。まず、バーニングハートとは何ですか?』

「えっと、その……お菓子です。レッジさんの心臓を撃ち抜く、的な?」


 T-2の問いかけに、レティはモニョモニョと身をくねらせながら答える。その瞬間、ウェイドが湯沸器のように沸騰した。


『レッジの心臓を撃ち抜くって言いましたよ! これは故意の暴力と判断してよいのでは!?』

「待て待て、落ち着けウェイド」


 あまりにも早計な結論に、どうどうとウェイドを落ち着かせる。レティもあまり誤解を深めるようなことを言わないで欲しいんだが……。


「レティ、あのお菓子はどうやって作りましたの?」

「ええっと……」


 光からも疑問が投げかけられる。『バーニングハート』は明らかに既知の物理法則を超越した存在だった。そういった意味ではシフォンの『白いマフィン』と似通うことろもある。

 あれの作り方が分かれば、誤解も解けるかもしれない。


「まずNPWを1枠用意して」

「待ってくれ。いきなり飛ばしすぎだろ」


 1枠というのは調査開拓員同士で通じる基準のことで、インベントリの1スロットを占有する数量のこと。大抵の消耗品は1,000個で1枠となる。NPWの場合は1kgで1個なので、1枠は1,000kg――つまり1tとなる。


「あの火の玉、1トンぶんのNPWが使われてるのか?」

「そうですけど……」

「何を当たり前のことを、みたいな顔しないでくれ」


 そりゃあレギュレーションの100倍の熱量を含んで、周囲の空間が歪むだろう。NPW1トンともなればその質量は凄まじいものになる。しかし、火の玉の中心にあった丸いものは信じられないほどに小さい。


「1枠分のNPWを圧縮するんです。圧力鍋とかプレス機を使えばちょっと楽です」

「圧力鍋?」


 だからステージ裏のキッチンから工業的な音が響いてきてたのか。あれはレティが1トンの砂糖を押し固めている時の音だったらしい。いや、理屈は分かっても理解はできないが。

 あの火の玉の中心にあった核は直径が精々5センチ程度の歪な球形だった。1トン分の質量が、あそこに……?


「圧力鍋でどうにかなるものなのか?」

「今あるお鍋だと70気圧くらいはかけられるので」

「どんな圧力鍋だよ」


 レティが平然と言ってのけているせいで、俺の方が常識がないのかと思ってしまう。なぜか光も異論はないようで、完全に70気圧の圧力鍋がスルーされている。


「それでも足りないんじゃないのか?」

「ですから、あとはハンマーで叩きまくりました」

「あー……」


 なるほどな。そっちはレティの得意技だからな。

 と納得していいものなのだろうか。しかしレティの曇りなき瞳は嘘をついているようにも思えない。彼女がやったと言って、実際に奇妙な火の玉で現れたのだから、できたのだろう。


「あの、レッジさん……あのマジパンの人形、どうでしたか? 結構うまくできたと思うんですが」

「マジパン? 人形?」


 頬を赤くして上目遣いにこちらを見るレティ。彼女の言葉に心当たりがなく、首を傾げる。マジパンというのは、砂糖を使ったお菓子でケーキの上にもよく載っているアレのことだろう。人形と言われてもちょっと意味を図りかねるが……。


「もしかして、あの火の玉の中心にあったやつのことか?」


 俺が核と呼んでいたそれかと思って尋ねると、レティはこくんと頷いた。

 なるほど……。


「歪な球にしか見えなかったんだが……。どうしようか」


 レティに聞き取られない程度の音量で呟く。あれは、彼女的には何かしらの意味が込められた形だったらしい。そもそもあれを食べた瞬間に即死したから、ほとんど覚えていないのだが。


「えへへ……。レティの想いは伝わったでしょうか」

「えーっと……」


 想い? なんだろう。美味しいと言えばいいのだろうか。いや、でも味は正直よく分からないしな。しかし、ここでレティに追い打ちをかけるのも良くないだろうし……。


「――ああ。もちろん! レティの熱い思いはしっかり受け取ったぞ!」

「ほ、本当ですか!?」


 熱い思いというか、熱い温度なんだが。まあ、彼女の熱意みたいなものは伝わったはずだ。そう思って頷くと、レティはぱぁっと表情を明るくする。


「レティ、リアルでもいっぱい練習したんですよ! その甲斐がありました! ちょ、ちょっとやりすぎたかもしれないですけど。レッジさんに伝わったのならOKです!」

「お、おう」


 さっきまでしゅんとしていたのに、随分と元気になった。おかげでウェイドがまたガルガルと唸り始めた。


「レッジさんに直接伝わるように、想いを込めて作ったんです。レシピというほど難しいものではないんですが……」


 そう言って、レティは『バーニングハート』の詳しい作り方を話し始める。その表情はこれまでと打って変わって明るくなって、声も明瞭だ。しかし、飛び出す言葉の数々に、周囲が逆に表情を落としていくのだった。


━━━━━

Tips

◇バーニングハート

 ネオピュアホワイト1トンを詰め込み、圧縮に圧縮を重ねて作り上げたマジパン。厳選したアーモンドと新鮮な卵白も混ぜ合わせ、優しい甘さに仕立て上げようとした。あまりにも強すぎる質量と熱量と想いによって、周囲の空間が歪んで見える。


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