第1547話「燃え上がれ」
メルたち〈
ところで次はいよいよエントリーナンバー100の作品となる。ついに三桁の大台というわけで、客席からの期待も大きいし、俺も注目せざるを得ない。――のだが。
ギギギギギギギッ!
ズドドドドドッ!
ビィーーーッ! ビィーーーッ! ビィーーーッ!
カンコンカンコンカンコン……
リリリリリリリリリッ!
なぜかステージ裏のキッチンからは、けたたましい工業的な音が聞こえてくるのだ。とても料理をしているとは思えないような異音に、つい直したばかりの壁を取り払いたい気持ちに駆られる。
好奇心をぐっと抑えて待つことしばし。ようやく音が収まり、ワゴンに載せられたエントリーNo.100の作品が現れる。
エントリーNo.100『バーニングハート』
審査員席に届けられたものは、当初食べ物とは認識できなかった。なぜならそれは、皿の上で激しくゆらめく炎に包まれていたからだ。
『な、なんじゃぁ? これは』
まるで想像上の人魂をそのまま持ってきたかのような奇異な姿に、さしものT-1も驚きを隠せない。事前のレギュレーションの確認のため行われた鑑定は問題なく通過した以上、これも食べ物には違いないのだろうが、それにしても食べ方が分からない。
『なるほど。触れてもほのかに温かい程度ですね』
「ウェイドはたまに思い切りがいいな……」
困惑する俺の隣で、ウェイドは躊躇なく炎に手を伸ばして平然と声をあげる。彼女に続いてゆらめく炎に手をかざすと、確かに火傷しそうなほど熱いわけではなかった。むしろ、体温の高い小動物に触れているような気持ちよさもある。
『見たところ、これは極度に圧縮されたエネルギー体から放出される余波が歪みとなって可視化されているようです。本体となるのは、この揺らぎの中心にあるものでしょう』
T-2の分析により、少しずつ正体が分かってくる。この炎自体は本質ではない。中心にある本体の特異性が生み出した陽炎のようなものか。
炎の中に手を伸ばし、そこにあるものを掴む。炎そのものよりも少し熱い、丸い形状の何か。
「これはいったい、何なんだ?」
「炎が邪魔でよく分かりませんの」
指揮官による鑑定でも、その正体は分からない。ただ、ひとつ衝撃的な事実が明らかになる。
『これひとつで5,000,000Kcalもあるんじゃが』
「嘘だろ!?」
500万Kcal。レギュレーション基準で100倍の熱量がこの『バーニングハート』に詰め込まれている。そりゃあ炎も生まれるだろう、と妙な納得感さえある。
いったいどうやってこんな代物を生み出したのか疑問は尽きないが、とにかく食べてみないことには進まない。
「それじゃ、食べてみるか」
炎の中にある丸い物体は、一口サイズだ。それを口に運び――。
『ぬぅ!? ちょ、ちょっと待つのじゃ、レッジ!』
「えっ? ――もぐっ」
何かに気が付いたらしいT-1が血相を変えてこちらへ手を伸ばす。だが、時すでに遅し。俺は勢いのまま『バーニングハート』を口の中に放り込んでしまった。
熱い。いや、冷たい。凍るような冷たさが口腔を灼く。続いて、体内が泡立つような奇妙な感触。理解する間もなく、何かが襲いかかってくる。体の内側から崩壊――。
「ミ゜ッ!?」
声にならない声で叫び、俺の意識は暗転した。
━━━━━
◇名無しの調査開拓員
うおわあああああっ!?
◇名無しの調査開拓員
なんだ!? なんだあの炎!?
てか何が起こった!?
◇名無しの調査開拓員
おっさんが一口食べた瞬間に爆散したんだが
◇名無しの調査開拓員
ホラー映像かな?
◇名無しの調査開拓員
いやーきついっすよ
◇名無しの調査開拓員
えっ、あれ食べ物じゃないの?
食べ物なのにあれなの?
◇名無しの調査開拓員
おっさんでも耐えきれないレベルとかやばすぎるだろ!
◇名無しの調査開拓員
劇物すぎる
管理者は何やってんだよ
◇名無しの調査開拓員
てかおっさんでも苦手なものとかあったんだなぁ
◇名無しの調査開拓員
苦手とかそういう次元じゃなくない?
◇名無しの調査開拓員
ウェイドちゃんマジ泣きしてない?
指揮官ズもすごい慌ててるし
◇名無しの調査開拓員
何があったんだよあの毒物?
◇名無しの調査開拓員
毒物っていうか爆発物というか
にしても500万Kcalとか聞こえてきた気がするんだが
◇名無しの調査開拓員
もうKcalじゃなくて5Gcalって書けばいいじゃん
◇名無しの調査開拓員
もういろんな物理法則吹っ飛ばしてるだろ
50,000Kcalでも現実離れしてんのに
◇名無しの調査開拓員
常温常圧だと自然発火してるってことなのかなぁ
T-2ちゃん的にはあれは炎ではなくて歪みって話だが
◇名無しの調査開拓員
おっさん大丈夫?
死んでない?
◇名無しの調査開拓員
でぇじょうぶだ。バックアップで生き返ぇれる
◇名無しの調査開拓員
取っててよかったバックアップ
◇名無しの調査開拓員
うぉおおおおっ! おっさん、戻ってくれ!
なんかウェイドちゃんの顔色がどんどん悪くなってる!
◇名無しの調査開拓員
客席から〈白鹿庵〉のメンバー飛び出してきてて草
◇名無しの調査開拓員
ていうか結局あの火の玉作ったのだれなんだ?
◇名無しの調査開拓員
あ、出てきた
◇名無しの調査開拓員
えっ
◇名無しの調査開拓員
は?
◇名無しの調査開拓員
嘘だろ
◇名無しの調査開拓員
赤兎ちゃん!?
━━━━━
『レッジ!? レッジ、大丈夫ですか!?』
『ウェイド、離れてください。機体からの延焼が危惧されます』
『しかし、レッジが!』
光によって羽交締めにされたウェイドは、T-2の言葉に首を振る。彼女の眼前では盛大に火柱をあげて燃え盛るレッジ――その機体があった。ステージ上に倒れて鮮やかな火焔を翻す光景は、神秘的でありながら痛々しい。ウェイドはなんとかレッジに手を伸ばそうとするが、それはステージ上から飛び出してきたエイミーたちにも制止される。
「とりあえず、機体はもう行動不能よ。レッジはこの街のアップデートセンターに戻ってるはずだから」
「は、はえええ……。落ち着いて深呼吸して、大丈夫だから」
『ふぅ、ふぅ……』
涙目のウェイドが荒く呼吸を繰り返すなか、T-1が舞台袖へと目を向ける。彼女は視線を鋭くし、そこにいる調査開拓員を呼び寄せる。
『まったく、なんという物を作ったのじゃ。とりあえず出てくるがよい』
その声に応じて、暗がりからすらりとした足が、ぎこちなく力のこもった腕が、――長い赤髪の上でぺしょりと倒れるウサ耳が現れる。
舞台袖から出てきた姿を目の当たりにした客席が大きくどよめいた。
「レティ!? こ、これは一体……」
ラクトが目を見張る。
観衆の前に姿を現したのは、酷く狼狽えた様子の〈白鹿庵〉No.2。赤兎ことレティ、その人だった。
━━━━━
Tips
◇容疑者-レティ
調査開拓員レティに調査開拓員に対する著しい暴力的行為の疑いあり。当人に対して管理者ウェイドは緊急逮捕を実施。調査開拓団規則による同士討ちの禁止事項へ抵触した理由、および拘束制限を回避した手法についての尋問が行われる。
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