第1545話「コーヒーのお供」
完全手動操作によって作られた作品の特徴は、手作りらしい素朴な趣きのものが多いという点にあるようだった。例えばクッキーであったり、チョコレート菓子であったり、店に並んでいる商品というよりは、仲間内で配るような、そんなイメージのものが目立つ。無論、完全手動だからこそ品質もまちまちではあるのだが、今回のコンペにおいて重要視されるのはアイディアの方だ。たとえ完成度が低くても、その思想に光るものがあれば、管理者側でブラッシュアップもかけられる。
「なるほど、こちらのマカロンもサクサクとしていて美味しいですの」
『見た目も可愛くて、甘くていいですね』
一つで10,000Kcalあるマカロンをパクパクと食べながら、光とウェイドは頷きあう。まるで箸休めのような気軽さだが、あれも凄まじい甘さでコーヒーを奪って行った凶悪な代物だ。
トーカの出番の後に続いたのは、当たり前だが普通のお菓子ばかりだった。クッキー系の焼き菓子は完全手動操作でも作りやすいのか、わりと出てくる頻度も多い。おかげでコーヒーがそろそろ1ケース吹き飛びそうだ。
エントリーNo.92『音符のチョコレートカップケーキ』
「コーヒーのケース、ここに置いとくよ」
「ありがとう。助かった、Letty」
慢性的にインベントリ容量に余裕がない俺は、審査員席のすぐ側にコーヒーをケースごと用意していた。20本ほどの缶が一瞬で消え去るので補充をしなければならないのだが、俺はそう頻繁に離席するわけにもいかない。
俺の生命線とも言える缶コーヒーの補充を手伝ってくれているのは、〈白鹿庵〉の女性陣では唯一コンペに興味を示していないLettyだった。彼女はレティと同じステータスをしているので、細身な見た目に似合わず力持ちでインベントリ容量も大きい。ケースが軽くなってくると、ちょこちょこと差し入れを持ってきてくれるのがとても助かっていた。
「まったく、甘いもの苦手ならなんで審査員なんて引き受けたんだか」
「ウェイドとの付き合いってやつだよ」
「よく分からないけど、レティさんにいい点付けてよね」
「それは分からん」
そもそも製作者自身は三項目の採点が終わった後に出てくるのだから、忖度などできるはずもない。無論、Lettyもそれは知った上での言葉だろうが。
『レッジ、次の作品が届きましたよ』
「了解。――さて、食べるか」
ウェイドの声でLettyは舞台袖へと退散し、代わりに皿が運ばれてくる。そこに載っていたのは、小ぶりなチョコレートチップを混ぜ込んだカップケーキだった。チョコレートで作った音符が飾られ、可愛らしい印象を受ける。これで10,000Kcalもあるのだから、お菓子というものは恐ろしいな。
「名前も特に変わった感じはしないし、真っ当なカップケーキみたいだな」
90品以上も砂糖菓子を食べ続けてくると、名前と見た目だけでもある程度の危険予測ができるようになってきた。その勘を信じるならば、このカップケーキはただの10,000Kcalのカップケーキでしかない。
『あーん。もぐもぐ……。あまーーーい! 美味しいです!』
「よし、食べるか」
ウェイドが食べて目を輝かせたのを見て、俺も食べ始める。
ふんわりとしたスポンジに、チョコチップが混ぜ込まれている。少し歪な形が完全手動操作らしくて、むしろ好感が持てる。スキルによる量産をすると、完成品は全てが全く均一になってしまうのだ。それはそれで利点も多いのだが。
一口齧ってみると、途端に口の中が爆発するような甘さが広がる。とはいえ、これはNPWを使った全ての料理に言えることだ。すかさずコーヒーを流し込めば耐えられる。
「ん……?」
慣れた手つきで缶を開け、コーヒーを飲んだところで気がつく。
「このカップケーキ、コーヒーとの相性がいいな」
口の中の甘さを全て洗い流すわけではない。むしろコーヒーの香ばしさをきわ立てるように、チョコレートの風味が立ち上がる。これは、隠し味になにか使っているのかもしれない。
注意深く二口目を食べてみると、奥の方でふわりと薫香が見えた。これがコーヒーとの橋渡しをしているものの正体だろう。
俺は料理やお菓子に鋭い分析を発揮できるほどの知見はないが、このカップケーキがコーヒーのお供として考えて作られていることは分かった。
「ウェイド、コーヒーと一緒に食べると美味しいぞ」
『ええ……。コーヒーは苦いのであまり好みじゃないんですが』
思わず隣ですでにほとんど完食しかけているウェイドにも教える。彼女はあまり気乗りしない様子だったが、俺が妙に熱心に呼びかけるのがひっかかったのか、ブラックダーク監修のブラックコーヒー缶を手に取った。
『これを飲めばいいんですか?』
「ああ。食べた後のぐいっといってくれ」
半信半疑、といった様子のウェイド。彼女はカップケーキの最後の一口を食べてから、コーヒーに口をつけ。
『ぶえええっ!? げほっ、えぽっ! に、苦――いや、なんですかこの苦汁は!』
「に、苦汁とまで言わなくてもいいだろ」
『コーヒーですらないですよ。苦味が強すぎて風味とかぶっ飛んでるじゃないですか。何が焙煎ですか。味音痴にも程がありますよ!』
ウェイドに言われるのは納得がいかないが。ともかく彼女はあまりお気に召さなかったらしい。せっかくの最後の一口が台無しにされたと強く抗議してくる。
俺としてはコーヒーとの相性が素晴らしくよかったから、この感動を共有したかっただけなのだが。
お詫びとしてまだ半分ほど残っていたカップケーキはウェイドに接収されてしまい、残ったコーヒーをチビチビと飲む。甘いカップケーキには違いなかったが、やはりこれまでのものとは一味違う。コーヒーとの併用を前提にした設計は斬新だった。
『ふぅむ。カップケーキはサイズはともかく、運搬するとなると少々手間かの?』
『ケースなどに入れれば問題ないかと。それよりも音符ではなくハートの飾りもいいと思います』
『微量だけどブランデーが混入している。これは、隠し味?』
コーヒーを飲んでいない指揮官たちの反応も、悪くはないが特別高得点が出てくる気配もない。光にしても、美味しそうではあるが彼女は大抵美味しそうに食べている。
「俺の点数は決まったぞ」
『ぬお? ずいぶんと高得点ではないか』
珍しく俺が先んじて得点を出すと、T-1たちは驚いた顔でこちらを見る。三つの項目のうち、可食性を特に重視して高めの得点をつけた。そこを意外に思われたらしい。コーヒーとの相性を力説するも、結局理解が得られない。
「普通のコーヒーでも合うと思うから、ぜひ試して欲しいんだが……」
『このカップケーキだけコーヒーを持ってくるのは、正当な審査ではないと判断します』
「そうか……」
T-2の言葉も正論ではある。俺は最初からずっとコーヒー片手に審査を続けてきたが、他の審査員はそうではない。ここでだけ条件を変えるのもよくない。
結局、他三名の審査員が提示した得点は平凡といった印象の拭えないものだった。
『では、作製者をお呼びしましょうか』
ウェイドの声で、舞台袖からカップケーキの作者が現れる。
「こ、こんにちは……」
「アイ!? これを作ったのは、アイだったのか」
出てきたのはローズピンクの髪の少女。いつもは銀のドレスメイルに身を包んで凛々しい印象を与える〈大鷲の騎士団〉の副団長が、可愛らしいエプロン姿で現れた。
意外な人物の登場に、俺は思わず腰を浮かせる。そういえば、レティたちだけでなく彼女も参加するという噂を聞いたような気もする。
「流石にベテランの人ほど点数は高くないみたいですね」
「そ、そんなことないぞ。俺にとっては素晴らしく美味しかったからな」
「そうでしたか? えへへ、それなら嬉しいです」
点数を確認したアイが少し肩を落とすのを見て、慌ててフォローする。
「このカップケーキ、コーヒーに合わせて作ってるんだろ」
「っ! 気付いてくれたんですか?」
驚くアイ。
あまり俺を舐めてもらっては困る。これでもコーヒー好きを名乗っているのだ。当然、コーヒーに合う付け合わせにも気を払っている。察しの良さにかけては右に出る者がいないと自負しているのだ。
「あ、あのっ! えっと、コーヒーに合わせて作ったのは事実ですが、その……」
「皆まで言わなくてもいい。ちゃんとアイの気持ちは伝わってるぞ」
「えっ!?」
彼女の心意気はカップケーキを通じて十分に受け取った。
俺はアイの肩に手を置き、深く頷く。
「やっぱりチョコレートに一番合うのはコーヒーだよな。紅茶もいいが、あの強い味に合わせるならコーヒーのストロングな味がないと」
「えっ」
やはり彼女も俺の同志、コーヒー党だったのだ。
チョコレートにはコーヒー。コーヒーにはチョコレート。相思相愛とはまさにこのこと。比翼連理の相性なのだ。隠し味にブランデーを少し混ぜるというのも素晴らしい。そのアクセントが、ブラックコーヒーの苦味の中にある香りを更に引き立てるのだから。
「今度、おすすめの豆を持っていくよ。色々テイスティングもしてみるか?」
「えと、あっ、はい。ぜひ……?」
まだ緊張の残る様子ながら、アイも頷く。
レティたちもコーヒーはあんまり飲まないから、ちょっと寂しかったのだ。コンペティションの結果はともかく、アイの新たな一面が知れたのは大きな収穫だった。
身近なところに居た同志の存在に気づけたことに喜びつつ、俺はコーヒーをぐいっと飲み干した。
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Tips
◇音符のチョコレートカップケーキ
チョコレートを練り込んだ生地に、更にチョコチップを混ぜて焼き上げたカップケーキ。音符型のチョコレートを飾り、強い甘さの中に香り高いブランデーを少量、隠し味として。単体で食べるよりも、コーヒーと合わせることで真価を発揮する。
“確かな愛を感じるカップケーキです”――指揮官T-3
“コーヒー請けというのはよく分かりませんね……”――管理者ウェイド
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