第1544話「暴れる芋羊羹」
エイミーとヨモギが棄権前提で届けてくれたスムージーにより、俺の体は健康を取り戻した。むしろコンテスト開始前よりも更に調子がいいくらいだ。いったいどんな薬が入っているのか気になるが、ヨモギは笑ってはぐらかして教えてくれなかった。
『うぅ、砂糖が足りません……。砂糖欠乏症です……』
「依存症の間違いじゃないか?」
スムージーによる糖分リセットで、なぜかウェイドは顔色が悪い。早く新しい砂糖が欲しいと苦しげに呻いている。審査にかこつけて砂糖を大量に取ったぶん、その反動が誰よりもキツいらしい。
やはり一度何かしらの外来に診てもらった方がいいのでは?
エントリーNo.82『必殺暴れ芋ようかん』
血に飢えたゾンビの如く手を伸ばすウェイドに押されて次なる挑戦者が作品を繰り出した。ガラガラと運ばれてきたのは、手のひらよりも大きな芋羊羹だ。その見るだけで胸焼けしそうなビジュアルが目に留まった途端、ウェイドが起死回生の復活を遂げる。
『羊羹じゃないですか! いいですねぇ。満点!』
「まだ食べてすらないのに得点を付けるんじゃない」
審査委員長としての仕事すら放棄しようとするウェイドを抑え、羊羹を手にとる。黒い羊羹に黄金色の芋が埋め込まれた、食感も楽しそうなシンプルな羊羹だ。名前が少々気になるところもあるが、甘すぎて暴れたくなるといったことだろうか。
添えられた黒文字を使って一切れを取り、口に運ぶ。
――ぐにゅりょっ。
「うん?」
食べようとした直前、何やら羊羹が動いたような気がした。驚いてまじまじと見つめるも、そんな様子はない。羊羹が動くわけもない。スムージーを飲んだとはいえ、糖分の摂りすぎで頭が回っていないのかもしれない。
そう思って、再び羊羹を口へ――。
――ぐにゅりゅるっ!
「待て、やっぱりこの羊羹なんか変だぞ!」
『あーん』
「ウェイド、ストップ!」
思い違いや錯覚ではない。やはり羊羹がひとりでに動いている。
俺は慌てて周囲に呼びかけ、そのまま大きな口を開けて食べようとしていたウェイドを止める。
『あむっ!』
「痛ぇっ!? おま、俺の指を噛むなよ」
『んむ? なんですか邪魔しないでください。私はこの羊羹を審査する義務があるんです!』
半ギレのウェイドを押さえつけ、皿の上に転がった羊羹を見る。
俺たちの視線の先で、羊羹がぐにゅりと体を捩った。
『うわぁっ!?』
「この羊羹はあんまり食べない方が良さそうだ」
『なんなんですかこれ!? うひゃああっ!?』
食べられないと知った羊羹がぴょこんと飛び上がる。かと思えば、芋がぶくぶくと膨らみ、体積を爆発的に拡大していく。T-1たちが驚いて逃げ、光がインベントリから大盾を取り出すなか、人数分に切られていた羊羹が一つに合体する。
『ヨォオオオオオオオッ!』
羊羹が鳴いた。
どこからか柏木のカーーンッと乾いた音が聞こえる。
気が付けば、羊羹は元の堆積からはるかに増殖して巨大化していた。その野生味を感じさせる獣のような姿に、どこか既視感を抱く。だがその正体を精査する余裕はなく、四つ足の獣となった芋羊羹がこちらへ突進してきた。
『ヨォオオオッ!』
「うぉっと。ウェイド、大丈夫か!」
『は、はひ……』
流石のウェイドもこの急展開には理解が追いつかないのだろう。呆然と目を開き、芋羊羹の獣を見つめている。その体は恐怖に固く凍りつき――。
『レッジ、あれは無限に増殖するのでしょうか!? 芋羊羹が安定的に供給できるとすれば、なかなか素晴らしい発明ですよ!』
いや、全く怖がってはいない。むしろ羊羹の増殖能力に興味津々だ。あれを捕らえて生かさず殺さず糖分を搾り取ることだけを考えている。
「言ってる場合か! ウェイド、あれを作ったのは誰だ!」
『え? ええっと――』
ウェイドは調べればすぐにでもあの馬鹿みたいに暴れる芋羊羹の作製者を知ることができる。彼女が調べる間、芋羊羹の獣を相手取るのは特大の黄金盾を構えた光だ。
「さあ、こちらへ来なさい。私が相手になりますの!」
『ヨオオオオヨオオオッ! ヨォオオオオオッ!』
芋羊羹の獣が光の大盾に激突する。体を構成するものは芋羊羹でしかないようで、その衝撃で芋羊羹の欠片がステージ中に散らばった。だが芋羊羹の獣は全く意に介した様子もなく、荒い呼吸を繰り返している。
『……トーカですね』
「えっ?」
腕の中のウェイドが、製作者の名を挙げる。俺は耳を疑った。
「えっと、ウチのトーカか?」
『はい』
言われた途端、既視感の正体に気付く。
あの羊羹に使われている芋、うちの農園で育ててるやつだ。
「あー、そうだな。ちょっと待ってくれ」
客席を見れば、突然のエネミー出現に蜂の巣をつついたような騒ぎになっているなか、犬耳の少女を見つける。彼女に向かって手を振ると、声も届かないのにすぐに意図を察してくれた。
「レッジさん! これ使ってください!」
「助かるよ、ヨモギ!」
ヨモギがすかさず投げてくれたものを、そのまま空中で叩いて砕く。薄いガラス管の中に封入されていた薬液が飛び散り、芋羊羹の獣にも降りかかる。その瞬間、薬液が付着したところから芋羊羹がシュウシュウと音を立てて煙を上げ始め、獣は目に見えて狼狽えた。
「特製の除草剤だ。まさかこんなところで使うことになるとはな」
ヨモギが投げてくれたのは普段種瓶に使っている栄養液の逆の働きをするもの。植物の生命力を削ぎ、枯死させる毒物だ。普段は農園の治安維持のために使っている代物だが、まさかこんなところで出番があるとは。
ヨモギ印の除草剤は効果覿面で、芋羊羹の獣はみるみる体積を減らしていく。その様子をウェイドは悲しそうに見ていたが、ともかく騒ぎは早い段階で収まった。
「さて、トーカ」
「……うぅ」
舞台袖に目を向ければ、物陰からこちらを伺うサムライ娘の姿があった。流石にバツの悪そうな顔をしていて、多少反省しているようだ。
「農園の種芋、勝手に使っただろ」
「……できるだけフレッシュな素材を使いたかったので。すみませんでした」
「フレッシュすぎるわ」
どこに増殖して暴れる芋羊羹があるのか。
農園に置いている芋は栄養を取れないように処置していたはずだが、NPW製の餡子が悪い方向に作用してしまったのだろう。
「滋養強壮のため、荒野人参や千年ニンニクも突っ込んだんですが……。あとは“赤脚のカリヤ”の黒干しとか……」
「滋養強壮に効きそうなものを片っ端から突っ込んだんだな。そりゃあ羊羹も暴れまわるか」
50,000Kcalという凄まじい熱量は、種芋さえも蘇らせる。更にトーカは行動食を作るため、元気が出る素材を手当たり次第に突っ込んだらしい。その結果があの芋羊羹の獣である。
『トーカ、ぜひレシピを共有してください。これは上手くやれば芋羊羹を無限に供給できるようになるやも……』
「ウェイドもちょっとは反省しろって。シュガーフィッシュの件を忘れるなよ」
『ぬぅぅ』
無限芋羊羹の夢に目が眩んでいるウェイドを抑え、思わずため息をつく。
とりあえず食べようとすると暴れ出す芋羊羹はレギュレーション以前の問題だろう。トーカはしょぼしょぼとしながらステージから降りていく。
「はぁ。次は素直な作品が出てきてくれると嬉しいんだが」
補助NPCたちがステージ上を片付けていいくのを見ながら、俺は波乱の完全手動操作勢に憂鬱な気持ちを隠せないでいた。
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Tips
◇必殺!暴れ芋ようかん
[情報抹消済み]を用いた芋羊羹。ネオピュアホワイトを主原料に、荒野人参、千年ニンニク、“赤脚のカリヤ”の黒干しなど、滋養強壮に非常に強力な効果を発揮する素材を混ぜ込んで作り上げた、素晴らしく活力の漲る羊羹。活力が漲りすぎて羊羹が動き出すのが唯一の欠点。
“食べたら美味しかったのでしょうか……”――指揮官T-2
“愛による奇跡ですね”――指揮官T-3
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