第1541話「青い琥珀糖」
エントリーナンバーが50を超える頃には、おおよその傾向というか、類型のようなものが掴めてきた。一番多いのはNPWの甘さを最大限に活かす方向性で作られた菓子類だ。それはもう凄まじい甘さの砂糖を主成分にしながら、更にチョコレートやフルーツ、餡子といった甘味の加算が行われ、もはや“甘い”以外の評価ができないほどに甘い。
次に多いのは甘さを打ち消す方向性。つまりフゥの麻婆丼のような料理だ。こちらはスパイスが多用されており、甘味が中和されている代わりに味自体はかなり濃いものになっている。そして激辛系の味付けは管理者たちにはあまり受けが良くない印象があった。
さらに、カプセルなどにNPWを封入し、そもそも味わわせないという戦略を取る参加者もいた。これは〈調剤〉スキルなんかを取得したプレイヤーが多い気がする。要は薬剤として、レギュレーションを満たしつつ摂取できるようにしたわけだ。こちらが一番安全そうな気がするが、食べた直後に体内でカプセルが溶けると急激に“甘味”が襲ってくるのが逆に恐ろしい。
細やかな趣向の違いはあるものの、基本的にはこの三類型のどこかに分類されるものが多い。結局は、甘くてキツいか、濃くてキツいか、体内の反応が恐ろしいかである。
『さあ、エントリーNo.58の作品です!』
胃がもたれるのを必死にコーヒーで凌ぐ俺を尻目に、全く元気が衰えないどころかむしろ溌剌としているウェイドの進行。続いてやって来た料理を見て、俺は思わずおっと声を漏らした。
エントリーNo.58『甘さ控えめ青水晶の琥珀糖』
皿に載せられて現れたのは、一見すると食べ物とは思えないような美しい水晶だった。青みがかった透明の六角柱で、まさに鉱脈から掘り出してきたような。一口サイズに砕くこともできるようで、そうするとシーグラスのような美しさも見えてくる。
一欠片をつまみ、口に運ぶ。
「おお……甘く、ない?」
琥珀糖という名前とは裏腹に、あっさりとしていた。清涼感すら感じさせるようなほのかな甘味。爽やかなミントの風味が相乗効果をもたらしていることに遅れて気がつく。
甘味を強く打ち出すのではなく、打ち消すのでもなく、あるべき方向へと受け流すような。
口の中で舐めていると、徐々に甘味は増してゆく。どうやら、琥珀糖の表面にミントのコーティングが施されているような構造らしい。
『これはまた趣きの異なるお菓子ですね。舐めるほど甘さが増して、とても美味しいです!』
「グラデーションのように変化する甘味が面白くて、いつまででも楽しめますの」
甘党過激派二人からの反応も上々だ。
とはいえ、俺からすれば本格的に甘くなる前に飲み込めるという事実が何よりもありがたい。完全に甘さを封じているわけでもないという点も素晴らしい。
『見た目にも綺麗じゃのう。常温での長期保存も可能で、形もある程度変えられるとは』
『結晶構造が緻密に計算されているため、滑らかな舌触りが実現されているようですね。これは、実際のところ素晴らしい情報量です』
『愛を感じますね!』
指揮官三人も、このシンプルに見えて奥深い琥珀糖を気に入ったらしい。審査員たちは次々と高得点を弾き出す。もちろん俺もかなり高めの点数だ。
「これの作者は誰なんだ?」
『では、お呼びしましょうか』
審査が終わった後、作者がステージ上に呼ばれる。ウェイドの呼びかけでひょこりと舞台袖から顔を出したのは――。
「ど、どうだったかな? お口に合えばいいんだけど……」
「ラクト!?」
頬を掻きながら現れた青髪のフェアリー。我らが〈白鹿庵〉の固定砲台、ラクトだ。
「てっきり高尚な製菓職人が作ったものだと思ったんだけどな、違ったのか」
「ほ、褒めすぎだよ。琥珀糖って案外簡単なんだから……」
驚いて思ったことをそのまま伝えると、ラクトはあわあわと手を振る。
「でも、美味しく作れたなら嬉しいかな。その、完全手動操作で作ったわけだし……」
「そうか。ということはラクトはリアルでもこれが作れるってことか」
彼女は〈調理〉スキルを持っていない。つまりシステムによる支援を受けない完全手動操作でこの琥珀糖を作ったことになる。流石にNPWのようなぶっ飛んだ砂糖は現実には無いが、似たような清涼感のある琥珀糖はリアルでも作れるということだ。
「実は住んでるマンションで、和菓子の世界チャンピオンだった人のお菓子教室があったんだよ。そこで琥珀糖の作り方を習って、自分なりにアレンジしたんだ」
「なるほどなぁ」
プロ中のプロから手ほどきを受けたからか、琥珀糖も基本がしっかりとしているような印象を受ける。シンプルなお菓子だからこそ、よりその部分が強調されるのだろう。
『妾から一つ質問しても良いかの?』
ラクトと話し込んでいると、T-1が手を挙げる。もともと製作者を壇上に呼ぶのは、そこでレシピの意図などを聞き込んで最終的な総合得点を出すためだ。ラクトもぴっと背筋を伸ばし、緊張気味に頷く。
『この琥珀糖は砂糖とミントの二層構造になっておるようじゃが、これがよくよく見れば複雑な結合をしておる。スキルシステムのアシストなしに、どうやって実現したのじゃ?』
「えっと、NPWはマイナス72℃にすると結晶化するんだけど、その前に2,200℃に加熱してから15秒以内に瞬間凍結させることで――」
つらつらと語り出すラクト。そこには想像を超えた試行錯誤の歴史が詰め込まれていた。そもそも彼女は今回のコンペに出品するにあたってNPWの性質を精緻に解き明かしていったらしい。その過程で、複雑な条件下でNPWを凍結させるとさまざまな結晶体を構成することが判明したという。
その研究量は凄まじく、軽い気持ちで聞いたT-1は圧倒され、T-2が目を輝かせている。ウェイドと光はあまり理論面には興味がないようで、琥珀糖を頬張っていた。
「というわけで、17種類を適当な比率で混合させたミント溶液を3℃で維持させながら内部層のNPW77.6592%水溶液を一定のペースでかき混ぜつつ、3秒以内に2回の瞬間加熱を行った直後にマイナス72℃に凍結させて――」
『な、なんちゅうことを……。お主、よくアシストなしでそれを達成したのう』
ラクトは企業秘密とも言えるようなレシピの詳細を語ってくれるが、正直それを理解できる者は少ないだろう。T-1も慄きの表情で目を見張っている。
「わたしはレッジみたいに自分を分身させることはできないけど、同時操作はちょっと得意だから。腕が7本くらいあればできるから、機械化は簡単じゃない?」
『簡単に言うでないわ!』
ね、簡単でしょ? と平気な顔をして言ってのけるラクト。並列詠唱ができるラクトなら、確かにやってやれないことはないのだろうが……。
『T-1、これは量産化は……』
『ぬぅ。ライン設計で手こずりそうじゃ』
T-3の指摘に、T-1も呻く。
琥珀糖のシンプルな見た目とは裏腹に、その製造工程は凄まじく複雑で入り組んでいる。そもそも、必要なミント溶液や砂糖水の比率がかなりの正確性を求められる。正式採用して量産しようとすると、かなり大きな壁が立ちはだかることだろう。
『すまぬが、総合得点は低くなるのじゃ』
「そっか……」
工程が複雑なこと以外は素晴らしいだけに、T-1も苦渋の表情だ。しかし、そこも三つの観点にこそ含まれていないものの、重要な項目には違いない。ラクトも薄々予想していたようで、しょんぼりとしつつも頷いた。
「まあ、そう気を落とすなよ。俺は好きだったぞ」
「そ、そう? へへ、それならまあ、いいかな」
慰めるわけではないが、俺はこの琥珀糖がすっかり気に入っていた。
このコンテストが終わった後も、どうにか作ってくれると嬉しい。
ラクトは口元を綻ばせると、スタスタと客席へ戻っていった。
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Tips
◇甘さ控えめ青水晶の琥珀糖
ネオピュアホワイトの熱量を効率的に摂取するために開発された琥珀糖。表面をミントの結晶層で覆うことで強すぎる甘さを緩和することに成功した。
青い透明な水晶のような見た目も美しい、清涼感のある一品。しかしそのシンプルなイメージとは裏腹に製造には凄まじい技術が詰め込まれている。
詳しい製造方法は『ネオピュアホワイトを用いた砂糖結晶凝固作用と諸々の外部環境条件の相互的相関の検証』を参照のこと。
“甘くてさわやかで美味しいです”――管理者ウェイド
“添付されている論文の情報量は大変素晴らしいものです。一読することをお勧めします”――指揮官T-2
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