第1540話「甘さの無限連鎖」

エントリーNo.1『しらたま』


 審査員席のすぐ隣に特設のキッチンスタジオが用意され、そこでコンテスト参加者たちが腕によりをかけて作品を作り始めた。審査自体は完成後に持ち込まれた順であり、作業効率の観点から〈調理〉スキル持ちの専門家の方が有利に働く。

 第一弾が運ばれてきたのは調理開始から5分後という、凄まじい速度だった。


『ふぅむ。これは……』

「大福のようにも見えますの」


 各審査員席に運ばれた『しらたま』を、審査員たちもまじまじと見つめる。外見は審査項目にこそ挙がっていないものの、重要な要素であることは否定できない。とにかく作成速度に重きを置いたせいか、『しらたま』はその名前の通り純白の、拳大の球形だった。

 恐る恐るフォークを向けると、やはり大福のようなフニフニとした感触が伝わってくる。意を決して半分に割れば、中まで白一色だった。まるで黄身のないゆで卵のようで、少し違和感が胸の内でざわつく。


「とにかく、いただこうか」


 食べないことには審査もできない。俺は覚悟を決めて、一欠片を口に運ぶ。


「ん゛っ!?」


 熱い。喉が焼ける。目の奥が激しく明滅する。

 甘さというには、あまりにも強烈だった。味というには、あまりにも鮮烈だった。まるで原色の絵の具を乱暴に塗り付けるがごとく、味蕾がすさまじい刺激に震える。


『おお、これは素晴らしい甘さですね!』

「プニプニした食感が面白いですの」


 審査員ふたりが呑気なことを言っているのが信じられない。一口で血管がカチコチに収縮しそうなほどの甘さだ。

 慌てて用意していたコーヒーを流し込み、甘味を中和させる。


『見た目はおいなりさんに似ていると言えなくもないが、少しシンプルすぎるのう』

『一見すると情報量も豊富に思えますが、実際には安直なパターンの繰り返しですね』

『素晴らしい愛を感じます!』


 あまりにも甘い。ただド直球にその事実だけが突き抜ける。

 思い切ったストレートな表現に、審査員たちもどう評価を付けるべきかと悩んでいる。

 見た目も相まって、良くも悪くも基準となるような品だった。


「この甘さがこの後も続くのか……」


 三つの観点に基づいて点数を付けながら、俺は憂鬱な気持ちでキッチンを見やる。レティたちが張り切っている気配も感じられるが、出来上がるのは基本的にこの『しらたま』のような甘いものだろう。最近見つけたブラックの缶コーヒーが結構美味いおかげでなんとかなっているが、この調子で何十と続くと体が耐え切れるか分からない。

 FPOを始めて、初めてと言っていいほどの危機感を抱いていた。


エントリーNo.2『甘そうで甘くなくない、めっちゃ甘いチョコバー』


 もう名前の時点で嫌な予感がするが、次に出てきたのはNPWを成形したバーをチョコレートと砕いたナッツでコーティングしたチョコバーだ。鬼の金棒のようにゴツゴツとした厳つい風貌ながら、長方形で運搬時の空間的ロスが低く設計されているのが小技として光っている。


『おおっ! これはただ甘いだけかと思いましたが、高品質なカカオを使ったチョコレートですね。ナッツも丹念に炒られているようですし、細部までこだわりが感じられます!』


 ウェイドは絶賛しているが、俺には甘いことしか分からない。

 甘さというのは閾値を超えると全てが同じに感じられるのではないか。


『とはいえ、これだけの品質となると手間もコストも掛かるでしょう。大量生産は難しいのでは?』

『製造工程は機械化するのも容易じゃろうが、材料費はかかるじゃろうなぁ』


 指揮官からは現実的な視点での問題にも言及される。

 チョコバーは大量生産の容易な構造をしているとはいえ、それぞれの材料にコストがかかり過ぎているように受け止められたらしい。

 結局、可食性は高めの得点を得られたものの、総合的な得点は伸び悩んだ。


エントリーNo.3『シュガーファウンテン』


 続いて運び込まれてきたのは、巨大な砂糖水の噴水だった。キラキラと輝く砂糖水にフルーツなんかをくぐらせて食べると美味しいのだ、と力説される。ウェイドたちも一通り楽しんだようだが、携帯性が劣悪すぎて総合得点はいきなり一桁を記録することとなる。


エントリーNo.4『甘辛麻婆(レトルト)』


 続いての四品目にして、これまでとは趣向の異なる料理が出てきた。

 運ばれてきたのは銀色のパックに封入されたレトルト食品のようだった。


「これは……フゥの作品か」

「どうもどうも。甘いものばっかりで辛いんじゃないかと思って、別方向から攻めてみました」


 出品者はなんと〈紅楓楼〉の料理人こと虎柄少女のフゥである。レティたちが参加している点からして、審査員と同じバンドのメンバーが参加することに問題はないが、顔見知りの登場に少し驚く。

 いつもの中華鍋を持って現れたフゥは、ウェイドたちの目の前でレトルトパウチを湯煎し始める。


「携帯性と保存性としては、レトルトの長所だからね。常温で保管できるし、長期保管も問題なし。大量生産も可能で、一単位が一食分に小分けされてるよ」

「素晴らしいじゃないか。あとは白ごはんがあれば完璧だな」


 ちなみにパックごはんは割と調査開拓団に広く普及している。やはり調査開拓用機械人形といえど白飯の誘惑には抗いがたい。フゥもそのあたりは心得ており、パックごはんを温めて、その上にレトルトパウチの中身を開けた。

 とろりと流れ出したのは、真っ赤な料理。賽の目に切られた豆腐とネギが彩りを加える、美味しそうな麻婆豆腐だ。スパイシーな香りも漂ってきて、会場も思わずざわつく。


「砂糖の甘さには辛さを合わせることで中和しつつ、食べやすくしたんだよ。ほら、召し上がれ!」

「おお……素晴らしい!」


 甘いもの続きで心が折れかかっていた中で、まるで一条の光明のようだった。

 さっそく麻婆丼をかき込むと、痺れるような辛さが口の中に広がる。それでいて、NPWのしっかりとした甘味もコクとなって存在しているのを感じられる。さすがは本職の料理人だと驚嘆してしまうほど、完成度の高い麻婆豆腐だ。


「素晴らしい! すごいな、フゥ!」

「えへへー。中華料理はちょっと得意なんだよ」


 可食性、携帯性、保存性。どれを取っても欠点がない。もうこれで良いんじゃないかと思えるほどの完成度だ。


『うーん、甘味が足りない気がしますね……』

『確かに美味しいですが、ごはんを別途用意する手間は大きい気がしますの』

『この麻婆をおいなりさんにしなかった理由はなんじゃ?』

『情報量を高めるため、白米ではなく七十七穀米を使うのはどうでしょう?』

『愛が感じられますね!』


 しかし、何故か他の審査員たちの反応は鈍い。ウェイドは甘さが足りないとか言っているが、これまで散々甘いものを食べているはずだろうに。ただ、光の指摘は割と的を射ている気もする。


「ごはんと合わせてお弁当形式も考えたんだけど、それだと保存がちょっと……」


 痛いところを突かれたと、フゥは耳を倒してしまう。


「いや、白米と別々に作ることで柔軟な需要に応えられるようになるし、これはこれで良いんじゃないか?」


 雲行きの怪しい審査陣に、俺は慌てて評価点を提示する。

 というか、指揮官はまともに審査してるのか?


『とにかく、他の作品も吟味しましょう。変わり種を判断するには、まだ序盤すぎますね』

「そんな……」


 麻婆丼は変わり種でしかないのか。

 ウェイドの言葉に愕然とする。そうしている間に総合評価が下され、フゥは客席に戻っていく。俺はその背中を目で追いながら、次なる料理が“変わり種”であることを強く祈った。


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Tips

◇しらたま

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 おいしいよ。


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