第1539話「コンペの幕開け」
ウェイド主催のスイーツコンペティション、“新たなる水平線へ! 爆食い気絶の血糖値スパイクスイーツコンテスト”は、洋菓子店が集中する〈ウェイド〉の商業区画に築かれた特設会場で幕が開けた。煉瓦造りの建物が並ぶ町の広場に多くの調査開拓員が集まり、すでに会場にはほのかに甘い香りが漂い始めていた。
『みなさん、お待たせしました! 只今より“新たなる水平線へ! 爆食い気絶の血糖値スパイクスイーツコンテスト”を開催します!』
「うおおおおおおっ!」
「スウィーーーティー!」
「今日のために三日間断食してきたぜ!」
壇上のウェイドがマイク片手に勢いのある口上で発破をかけると、スイーツ好きの甘党たちが機敏に応じる。やる気十分。熱気は肌を焦がすほど。天気晴朗、人波高し。
機は熟したとばかりに華々しくコントストが始まる。
『それでは、まずはコンペの概要についておさらいしましょう』
この日のために衣装を新調したウェイドは、パティシエが着るような白いコックシャツに青いスカーフで首元を飾っている。腰に巻いたショート丈のエプロンが風になびく。
スイーツコンペティション“新たなる水平線へ! 爆食い気絶の血糖値スパイクスイーツコンテスト”は、第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉第三域を目指すための前段階だ。広大で先が見えず、更に進むほど強烈な飢餓感に襲われる謎のフィールドを探索するため、高カロリーの食事が必要となった。そのため開発されたのが凄まじい甘さとカロリーを含有する砂糖品種ネオピュアホワイトである。
このコンテストの目的は、ネオピュアホワイトを用いた携行食の開発だ。
『なお、主原材料となるネオピュアホワイトは十分な量を主催側で用意しています。その他の材料については持参方式となっていますので、ご注意くださいね』
ステージの後ろにはNPWがミチミチに詰め込まれた特大コンテナが山のように積み上がっている。一時はコンテストに向けて需要が噴き上がり、価格が高騰したNPWだが、ウェイドはすでに大量の現物を確保していたのでさほど問題はなかったらしい。
『と言ったところで、審査委員のご紹介へ移りましょう』
ひらりとスカートを翻し、ウェイドがこちらへ振り返る。すなわち、壇上に設けられた席に座る俺たちへ。
『審査員No.2は調査開拓員レッジが務めます。甘いものが苦手という彼を満足させなければ、携行食として十分な可食性は認められないと思っていいでしょう』
「どうもどうも。そんなに気負わなくていいから、自由な発想を楽しみにしてます」
マイクを差し向けられたので、軽い挨拶を放つ。
まったく、色々あって引き受けたとはいえやはり場違い感が凄まじい。そもそも俺は甘味が得意ではないのだが、ウェイドは『むしろそういう味覚の者がいたほうがいい』と言っていた。実際のところウェイドひとりで審査するなら、NPWの角砂糖を出せば優勝だろうからな。
「レッジさーーんっ! 期待しててくださいね!」
騒がしくなるステージ前の黒山から、聞き馴染みのある声が飛び出した。見るとレティがブンブンとハンマーを振り回して存在を表していた。街中でフレンドリーファイアはないとはいえ、周囲の迷惑になりそうだ……。
今回は完全手動操作が解禁されるということで、レティのような〈調理〉スキルを持たないプレイヤーも参加を表明している。というか、〈白鹿庵〉の女性陣は全員だ。〈大鷲の騎士団〉のアイや〈
無論、スキル的に〈調理〉スキルレベルが高いプレイヤーの方が、中でも製菓関係のテクニックに習熟している者の方が有利なことには変わりない。実際、開催地が洋菓子激戦区の〈ウェイド〉ど真ん中ということもあり、有名なスイーツ系バンドの職人たちも参加している。
『続いて、審査員No.3はこの人! 指揮官ズ!』
『なんじゃその雑多な纏めは』
『苦言。我々は独立することで安定した意思決定プロセスを確立した総合統率システムであり――』
『うふふ。仲が良いことは愛に溢れることですよ。二人ともお互いを愛しましょう♡』
ざっくばらんにまとまった紹介と共にスポットライトを浴びたのは、T-1率いる指揮官三人組だ。元々は彼女たちがそれぞれに審査員として席を受け持つ案もあったらしいが、あまりにもそれぞれの判断基準が明け透けすぎるという意見から、三人で一つの意見を出すように改変された。妥当な意見である。
『更に、審査員No.4は〈紅楓楼〉の不動盾、光さん!』
「ごきげんようですの、皆様!」
「うわーーーっ!? おかっ、光さん!?」
一般プレイヤーでありながら審査員に抜擢されたのは俺だけではない。どういう理由か、〈紅楓楼〉の光もウェイドに誘われていたようだ。普段の特大盾を持っていない姿はなかなか新鮮で、タイプ-フェアリーの小柄さが余計に強調される。
審査員に光がいることは事前に知らされていたはずだが、会場からは驚きの声も聞こえてくる。と思ったらレティだった。
『光さんは私と同じくらいスイーツを愛する、甘友なのですよ! 今回は彼女の甘味好きの勘を信頼して審査員を依頼しました。光さん、よろしくお願いします』
「みなさんの珠玉の一品、楽しみにしていますの!」
どういう関係性が、と疑問だったが元々ウェイドと光は面識があったらしい。そういえば彼女はウェイドと比肩するほどのスイーツ好きだった。レティと競うほどの無尽蔵の胃も持ち合わせているのだから、今回のコンテストではこれ以上ないほどの適役だろう。
『そして審査委員No.1こと審査委員長はこの私、不祥ウェイドが務めさせていただきます! ぜひともよろしくお願いいたします!』
最後にウェイドがぺこりと一礼し、拍手喝采が吹き上がる。
ウェイド、俺、指揮官たち、光。この四者で持ち寄られたスイーツを吟味し、可食性、携帯性、保存性の三項目を観点にして評価することになる。参加人数は現時点のエントリー数で50を超えている。レギュレーションとして個々の作品は最低でも50,000Kcalという凄まじい熱量だ。
「俺、生きて帰れるのかな……」
『楽しみですね、レッジ!』
すでに不安を覚えつつある俺とは対照的に、ウェイドはワクワクと浮き足立っている。
走り出した列車は止まらない。俺はお守りのようにコーヒーを握りしめ、コンテストが進行するのに身を委ねるほかなかった。
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Tips
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