第1531話「正座する三人」
濡れた鉄板は冷たい。そこに膝を並べて座ると自重がぐっとのし掛かる。頭上から感じるプレッシャーはそれ以上の重みがあった。まるで太ももの上に鉛の鉄板でも載せられているかのような、凄まじい圧力である。
ちらりと俯きながら隣を見れば、同じくびしょ濡れのまま地面に正座しているウェイドとナキサワメの姿。
周囲には騒ぎを聞きつけてやって来た調査開拓員たち。俺の首に掛けられたプレートを、まじまじと見つめている。
『で? なんじゃ? 反省はしたかの?』
凄まじいプレッシャーの正体。目に炎を激らせ、腕を組んで仁王立ちするT-1が、冷え冷えとした声を放った。ナキサワメは『はわわぁぁ』と涙を浮かべ、ウェイドも小さく呻くことしかできない。そんな二人に代わり、頭を上げる。
「反省はしている。後悔はしていない」
途端、T-1の眉尻がぐっと引き上がった。
『ぬぁーーーにが『後悔はしてない(キリッ』じゃ! お主のせいでどんだけの被害が出たと思っとるのか! ええ? そこに書かれた文字をもう一度読み返すのじゃ!』
「えっと、“俺たちは都市を回転させて多くの皆様に多大な迷惑をかけました”」
『その言葉を心に! き・ざ・めーーーーーーっ!』
〈ナキサワメ〉港湾区画。無茶な稼働でエンジンを焼き付かせた船の屍がせっせと回収されているなか、俺たちはクチナシから下船したところで待ち構えていたT-1によって拘束された。あれよあれよという間に正座で並べられ、首にプレートまで掛けられて見せしめになっている。
俺の作戦でシュガーフィッシュを殲滅した上でハギラの群れも一掃し、無事に〈
『そもそも、管理者が二人もおってレッジの暴走を止められぬとはどういうことなのじゃ。お主ら、あそこで何をやっておった?』
『ええっと、それは……』
話の矛先が俺から変わり、ナキサワメなどは分かりやすく狼狽える。
幸か不幸か、いまだに水族館の件はバレていない。とはいえ、ここで追及されれば時間の問題ではある。
『……私が悪いのです。ナキサワメは、管理者の出生順による権力差から私に従っていただけにすぎません』
『ウェイド!?』
観念して口を開いたのは、ウェイドだった。正座のままぎゅっと手を握りしめ、意を決して訥々と語りだす。
砂糖の増産に傾倒していたこと。その過程でシュガーフィッシュという実験動物を生み出したこと。それを増殖させる過程で脱走を許してしまったこと。その対処のため、俺を呼んだこと。
ウェイドは全ての責任は自分にあるとした上で、事態の始終を詳らかにした。T-1もそれを黙して聞き続ける。
『――そうしてハギラが〈ナキサワメ〉へと接近し、レッジがそれに対処しました』
『なるほどのう』
全てを聞き終え、T-1は深いため息を吐き出す。彼女としても処遇を決めかねているのか、なかなか次の言葉は出てこない。俺はその隙を利用して、T-1に一つ疑問を投げかけた。
「なあ、T-1。ウェイドが砂糖の増産を続けていたことは知ってたんだろ。むしろ推奨してたはずだ。この結果は予測できなかったのか?」
『ぬぅ。――そうじゃな。良い機会じゃし、話すとするか』
T-1は指揮官だ。今回はウェイドとナキサワメによる情報隠蔽工作があったから把握が遅れたとはいえ、元々ウェイドは砂糖の増産に熱を上げていた。その情熱がやがてこのような事態へと発展することは、〈タカマガハラ〉ならば容易に予測できたことだろう。
実際、T-1もそこには驚いていない。
『砂糖の増産は、妾らがウェイドに頼んでおったことじゃ。今後の調査開拓活動には、大量のリソース――特にカロリーが必要となるからのう』
「カロリー?」
やはり、砂糖の増産はただウェイドの私欲によるものではなかった。彼女もまた管理者として、領域拡張プロトコルの進捗に寄与しようと動いていただけに過ぎない。
そしてT-1たち指揮官連中は今後の調査開拓活動にカロリーが必要だと説いた。つまり〈塩蜥蜴の干潟〉の先に向かうために。
「それじゃあ、情状酌量の余地があるってことでいいのか?」
『……そうじゃな。今回ばかりは、妾の監督不行き届きでもある』
その言葉にナキサワメは大きく胸を撫でおろす。ウェイドもまた驚いた顔でT-1を見ていた。
『愛じゃよ、愛。どこかの誰かのよく言っておるヤツじゃ』
T-1はげっそりと疲れた様子でそう言い放つ。グルグルと回る都市の中にいたらしいから、かなり疲れたのだろう。
『それはそれとして、レッジは色々と余罪があるからの。ペナルティは後々通達するぞ』
「ええっ!? 俺も無罪放免じゃないのか?」
『そんなわけがなかろう! 都市防衛設備のクラッキングに、都市そのものの安全性を著しく脅かす危険行為、ついでに被害金額がどんなもんか言ってやろうか!』
「そ、そんな……」
俺は頼まれてやっただけなのに……。ちょっと調子に乗ったところも否めないとはいえ、あまりにも無情だ。
『あー、えっと……。わ、私も借金返済は手伝いますから』
『あわわ……』
口から魂が抜けかけた俺を見て、ウェイドたちが可哀想な目を向ける。どうして借金が増えるのか。これが全く分からない。
━━━━━
『ふん〜〜♪ ふふ〜〜んふ〜〜ん♪』
嵐もおさまり、穏やかな凪を取り戻した海。その滑らかな水面を滑るようにして進む、一隻の小舟。船縁に腰掛けて潮風に髪を揺らしながら、一人の少女が鼻歌をうたっている。
背後を海洋資源採集拠点シード03-ワダツミに向けながら、茫洋たる海の真ん中へと向かっている。目的地に辿り着いたのか徐々に速度を落とし、停止したのは何もない海原だった。
『うふふっ♡ これもまた愛ですね。愛は全て、かけがえのない愛なのですよ♡』
少女――T-3は海面を漂うものを掬い取る。この星の持つ強い恒常性によって異物と判断され、漂白されかけていた歪な肉塊。歪んだ遺伝子によって生まれた生命の破片。
T-3が手のひらに乗せた白い肉片が、ぴくりと動いた。
『見放されるべきものはありません。愛は全てに与えられます。――愛で世界を満たしましょう♡』
━━━━━
Tips
◇第四次砂糖増産計画
指揮官T-1によって発令された、新たなる砂糖増産計画。次なる調査開拓領域進出に向けて必要とされる大量のカロリーリソースを砂糖にて補うため、調査開拓団全体としての砂糖供給を現状の1.3倍へ増大させることを目標とする。計画実行責任者として管理者ウェイドが就任した。
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