第1530話「港の大独楽」

『は、はわぁああっ!? 私の町が!』


 おもむろに回転を始めた〈ナキサワメ〉の姿は、現地よりも少し離れた海上からのほうがよく見える。船首から身を乗り出したナキサワメは悲鳴をあげ、目の前の現実も受け入れがたい様子だった。

 俺はといえば、町が回転し始めたところでウェイドに胸倉を掴まれて――というか胸元にぶら下がられて――尋問されていた。


『何をやってるんですか、あなたは! というか、どうやってあんなことを!』

「そこはほら、イソヲたちに手伝ってもらってだな」

『船が横付けした程度で動くほど柔な構造してませんよ!』


 ウェイドの指摘は的を射ている。実際、〈ナキサワメ〉はかなり巨大で、たとえイソヲたちの船が倍になっても動かすことはできない。しかし都市が不安定な洋上にも関わらず強固に姿勢を保っているのは、その底部に取り付けられた無数の姿勢制御ユニットによるところが大きい。

 俺は緊急事態宣言下の特例措置を活用して、それら制御ユニットの制御権を奪取した。無数の竿を都市の莫大なリソースを用いて動かしたのだ。


『いえ。いいえ、それだけじゃないでしょう。たとえ姿勢制御ユニットの制御権を奪ったとしても、やはりあの速度はおかしいです』


 やはりウェイドは聡明だ。俺の弁明にも即座に違和感を見つけ、舌鋒鋭く指摘する。

 イソヲたちの船。姿勢制御ユニット。それらが揃ったとしても、〈ナキサワメ〉の加速し続ける回転運動は説明できない。だから俺は、残された最後の1ピースを埋める。


「ウェイド、ちょっと海水舐めてみてくれ」

『は?』


 怒気混じりの低い声。少し背中がぞわりとするほどの殺気に硬直しかけるが、ここで狼狽えてはいけない。俺は濡れた船縁に指をそわせ、海水を拭いとる。綺麗なものでもないが、腹を壊すほどガブ飲みするわけではない。


「ほら」


 自分が率先して舐めてみる。それをみて、ウェイドも訝りながらもペロリと一口。そして、直後にカッと目を見開いた。


『ペロッ。なっ!? これは――甘い砂糖水!?』

「そういうことだ」


 大量の砂糖を海に投げ込んだ。それはシュガーフィッシュを呼び寄せるためだったが、それだけが目的ではない。それ以外にも二つ、一つは環境負荷を与えてハギラを呼び覚ますこと。そして残る一つが海水に溶かすことで糖度を上げ、を出すことだ。


「このあたり一帯は砂糖水の海だ。その粘性も相応に高まってる。それを姿勢制御ユニットや船のプロペラで捉えれば……」

『都市を動かすほどのエネルギーを得られる!』


 ウェイドが納得してくれた。

 正直、俺自身はいまだにこれで本当にこうなるのかと疑問に思わないでもないのだが、実際になっているのだからしかたない。


『ぬぬぬ、そんなことが……。本当に砂糖水になっていますか? ペロッ』

「こらこら。あんまり舐めると腹を下すぞ」

『こ、これは現場検証ですよ!』


 海が甘いことに気付いたウェイドが無限に海水を舐め続けそうになったので、慌てて止める。


『で、でもぉ。都市をグルグル回転させてどうするんですかぁ?』


 不安げに聞いてくるのは、絶賛自分の町を回されているナキサワメ。彼女の疑問も当然だ。だからこそ、俺は彼女に見せつけるようにそれを動かす。


「クチナシ、艦橋をちょっと下げとけ」

『ん、了解』


 クチナシの船体に仕込まれた変形機構が動き出し、背の高い艦橋が船内へと格納されていく。身長を縮めていくような動きにウェイドたちが再び怪訝な顔をした、その時だった。


「発射!」


――ヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!


『はわーーーーっ!?』



 青白い極太の光線が縮んだ艦橋の頭上スレスレを掠める。水平に薙ぎ払う高出力のビームが海を泡立て、飛沫を立てる。そして何より、


『ギィィイアアアアアアッ!』


 悠々と頭を持ち上げてこちらを睥睨していたハギラの首が吹き飛ぶ。滑らかに焼き切れた切断面だけを残し、禍々しい頭が飛んだ。さしものレアエネミーも、頭を斬られては生命を維持できない。

 最前線のトッププレイヤーでも手こずるほどの強大なウナギが、あっけなく海中へと沈んでいく。

 それは一体だけの話ではない。〈ナキサワメ〉から放たれたビームはぐるりと周囲を見渡すように旋回し、接近し始めていたハギラたちを一層。素晴らしい戦果を上げていた。


『な、なな、なぁああっ!?』


 あまりにも勇壮でダイナミックな光景に、ナキサワメは声も出ないらしい。

 だが本番はまだこれからだ。


「さあ、ドンドンいくぞ!」


 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミ。その各地には外部からの脅威を排除するための協力な武器――都市防衛設備が置かれている。その中でも主力級の威力を秘めているのが、このビームを放つ巨大な固定式BB極光線砲だった。

 しかし、一撃でレアエネミーさえ粉砕するほどのエネルギーを発する光線砲にもいくつかの弱点がある。第一には設備自体の重量が凄まじく、砲身を動かして照準を定めることができない。第二に砲撃が途切れた後は再度のエネルギー充填に時間がかかること。

 これらの弱点を補うため、俺はこの計画を編み出した。題して――。


「砲台が打ち放題大作戦だ!」

『なぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?』


 砲台だけに。

 つまるところ、動かすのが大変で、途切れさせたら面倒な兵器は動かさず途切れさせずに運用すればいい。地上に置かれる〈スサノオ〉などとは違い、〈ナキサワメ〉ならばそれができる。町そのものを動かせばいいじゃない、ということだ。

 町の外縁に築かれた複数の砲台から、次々と青白いビームが放たれる。それはバチバチと空気も焼いて直進し、中には運よくハギラを貫くものもある。だが大半は狙いも定まらずに空を切る。だが問題はない。ビームは都市の回転によって水平に移動し、ハギラたちを薙ぎ払うのだから。

 グルグルと回転を加速させる〈ナキサワメ〉。その動きに合わせて破壊力は高まっていく。ビームが大気中で減衰し、威力がハギラの皮膚を貫けなくなるほど弱まることはあるが、それでもなお驚くほど広範囲を一掃していた。


「はーはっはっはっ! 見ろ! ハギラが案山子みたいじゃないか!」


 グルグルと都市は回る。回りながらビームを放つ。都市に近づくハギラは、首を落とされて沈む。素晴らしい成果、戦果、武勲だ。これぞ調査開拓団らしい冴えたやり方というものだ。

 荒波の立ち上がる大海原の真ん中で、次々と襲いかかってくる巨大魚を薙ぎ払う様子はさながら大独楽の如く。グルグルと回転は加速し、周囲の海さえ渦巻いていく。青い光を輝かせ、海の中心で快哉を叫ぶ。


━━━━━

Tips

◇高速航行形態

 クチナシ級調査開拓用装甲巡洋艦に搭載されている変形機構。背の高い艦橋部分を船体内部へと格納することで空力的に高速航行性能を向上させる。

“これで最大30%の最高速度上昇が見込めるっちゃよぉ〜”――クチナシ3番艦SCS


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