第1529話「回る都市」

「うおおおおっ!? 地震か!? 結構でかいぞ!」

「海上都市だぞ、揺れるわけないだろ! うわわわっ!?」


 突如として町に、人々は騒然とする。巨大な海上フロートである〈ナキサワメ〉だが、平時にはその事実を認識する者は少ない。その巨大さ故に多少の波では動じることのないのだ。

 しかし、それが今、激震していた。


「おい! 港の方で何かやってる奴らがいるぞ!」


 悲鳴と怒声、混乱と狂乱が混ざり合うなか、誰かが叫んだ。この異変の原因を一目見ようと、調査開拓員たちは都市の辺縁部へと殺到する。押し合いへし合い向かった先、無数の船が係留する港湾区画に広がっていたのは異様な光景だった。


「エンジン吹かせ! 押し込め!」

「気合い入れろよ! ここが正念場だぁ!」


 無数の船が〈ナキサワメ〉の埠頭に横付けしている。それだけを取り出せば、さほど珍しいことというわけではない。海上都市である〈ナキサワメ〉は大規模な港湾設備を所有しており、そこには常に大小様々に数千隻という船が係留されている。

 だが、異様なのはその係留の仕方だ。


「なんで、どの船も同じ方向向いてるんだ?」

「そもそも繋がったままエンジン動かして、何やってるのよ?」


 ポカンとする群衆。彼らの眼前にあるのは、揃いも揃って左舷側を都市に擦り付け、がっちりと太い係留索によってボラードと固定しながら、水面下でプロペラを回転させている船の姿だった。

 数百人を纏めて乗せられる大型のクルーザー、特大コンテナを積み込める貨物船、小さなボートに至るまで。ありとあらゆる船種が全て同じ方向を向き、力を振り絞っている。

 その列は前にも後ろにも延々と続いており、果ては見えない。――否、果てなどないのだ。


「こいつら、町全体に取り付いているぞ!」

「まさか――ッ!」


 船団は〈ナキサワメ〉の外周を取り囲むように、隙間なく張り付いている。突き出した埠頭にも船種を突き当てるもの、船尾から綱を伸ばして牽くものがいる。それらは総じて一方向を、より正確に言うならば都市の中心に背を向けて立った時における左側に向かって進もうとしている。

 その全容を理解した誰かが、彼らが何を成し遂げようと奮闘しているのかを察する。


「この地震、いや、この振動はお前らのせいか。お前ら――〈ナキサワメ〉を回転させようとしてるんだな!」


 ずらりと連なる船団。それは一方向を向き、動いている。動かしている。この巨大な、発展著しい洋上都市を。


「そ、そうはならんやろ」


 誰かが愕然として言った。

 当然である。

 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミは比較的若い都市とはいえ、その直径は数十kmという単位だ。厳密に言えば浮遊しているとはいえ、それは海底に固定されていないというだけの話である。下手な島よりも巨大な構造物が回転しようとなると、凄まじい外力を投じる必要がある。

 また、規模だけでなく都市の構造にも理由がある。巨大な洋上都市は、実際には海上浮動プレートと呼ばれる無数の部品によって基盤が構成されている。これは一辺が5mの正六角形をしていて、厚さは4.5mという、都市全体の規模を考えればかなり小さなパーツである。そして、このプレートには必ず底部に波動緩衝姿勢制御ユニットが搭載されている。これによって海流や波といった水の動きを打ち消し、不安定な水上における均衡を維持しているのである。

 都市自体の巨大さと、底部から姿勢を支える制御ユニット。それらが正常に動作していれば、たとえ数百数千の船が牽引したとしても、都市は頑として動かないはずだった。


「なっとるやろがい!」


 ――だが、事実として〈ナキサワメ〉は激震している。大きく揺れ、人々を惑わし、何より都市が傾いている。突然の緊急事態宣言に騒然としていた街中は、さらに蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。


「まさかと思って見てみたら、制御ユニットの動きが変だぞ!」


 路傍のマンホールから顔を出した整備士然とした姿の調査開拓員が叫ぶ。海上浮動プレートにはメンテナンス用の通路があり、〈解錠〉スキルがあればマンホールを通じて内部に入ることもできる。そこでは、巨大な竿状の制御ユニットの様子も直に見ることができるのだ。

 その男は元々趣味として都市設備の記録をしており、特に海洋資源採集拠点の地下見学ツアーにはよく参加していた。だからこそ、制御ユニットの異常な動きにもいち早く察知できた。


「ユニットが全部、一定の方向に動いてる。確実に外の船と連携してるぞ。これは、都市自体も動こうとしてるんだ!」


 本来、動きを止めるために使用されるはずの制御ユニットが都市を動かしている。その意味を理解できた者は少ないが、異常であることは即座に拡散された。


「ナキサワメちゃんが何か考えてるのか?」

「でも姿は見えないぞ」

「さっきT-1が探してたが」

「T-1ならそこで絶叫してたよ。あれ、いないな?」


 混乱が広まり、情報が錯綜する。

 その最中にも船は外力を与え続け、竿は波を掻く。やがて調査開拓員たちも揺れが小さくなり、代わりに景色が左から右へと流れていくことに気がついた。


「お、おい。なんか町が回転してないか?」

「やっぱり回転してるよな? 錯覚じゃないよな?」

「そんなわけないだろ!」


 都市が回転を始めている。

 徐々に回転は速度をあげ、それに従い姿勢自体は安定していく。だが同時に、その上に立つ調査開拓員たちは遠心力さえも感じ始めた。


「建物の中に入れ! どこかにつかまれ!」

「嘘だろ。これだけじゃ、説明がつかない。こんな簡単に都市が動くわけ……」


 困惑しながらも、調査開拓員たちは動き出す。〈ナキサワメ〉にいるようなレベルの調査開拓員は、大なり小なり波乱の調査開拓活動を経験してきた者たちばかりだ。面構えが違う。即座に動きを起こし、対策を取る。彼らの脳裏にはすでにある男の顔がうっすらと浮かんでいた。


「早く逃げろ! どうなっても知らんぞ!」


 誰かが叫ぶ。まだ都市に辿り着いたばかりの経験の浅い調査開拓員たちを追い立てる。狼狽える羊のようだった彼らも、牧羊犬の一声で一斉に走り出す。向かう先は円運動の中心、都市の制御塔の方角だ。


「ぎゃああっ!」


 ざぶん、と大きな飛沫があがる。制御ユニットがその役目を放棄した結果、中和されていた波がさらに大きくなり容赦なく降り注いできた。冷たく痛いほどの飛沫を頭から被った調査開拓員の一人が、悲鳴ののちに怪訝な顔をした。

 彼は濡れた頬を指で拭い、それを口に持っていく。ぺろりと舐めて、一言。


「なんか、この海水……甘くね?」


 その言葉は、騒乱の重奏の中へと消えてしまった。


━━━━━

Tips

◇波動緩衝姿勢制御ユニット

 海洋資源採集拠点ワダツミの基礎的な基盤パーツのひとつである海上浮動プレートを構成する設備。プレート水面下より垂直下方へ伸びた巨大な竿状のパーツを駆動させることにより、波や海流の動きに対する逆位相の振動を発生させ、相殺させることによってプレート自身を安定化させる。無数の制御ユニットはそれぞれ個別に動き、複雑な流体の動きを精密に制御する。非常に高度な情報処理能力を前提とした装置である。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る