第1528話「露呈した嘘」

「そうそう、俺俺。んん? 今どこで何をって、ちょっと海に出て船に揺られてるんだが。そうそう、釣りだよ。ちょっとな。え? 町が大変なことに?」


 掛かってきたのは焦燥したT-1の声。今どこで何をしているのか、何が起こっているのかとけたたましく捲し立ててくる。一応この作戦は管理者たちには内密に、とのことだったのではぐらかしているが、どうやら都市の方が慌ただしくなっているらしい。

 俺の足にしがみ付いて泣いているナキサワメの方を見れば、彼女もはっとする。


『す、すみません! 猛獣侵攻発生時の防御態勢移行だけは自動的なものなので……』

『なんてことを……。これでは私の完璧な秘匿計画も崩れてしまうじゃないですか!』


 ナキサワメとしては非常時のシステムが正常に動いただけなので何ら謝ることもでないのだが、ウェイドは目を剥いて狼狽えている。今更だが、本当に管理者連中の目を欺いて、内々に処理するつもりでいたのか。


「ま、大人しく腹を括れって話だな」

『そんなぁ……ッ!』


 ウェイドが悲痛な声を漏らす。彼女の謀略ももはやここまでである。

 そもそも、ハギラたちが海面上に姿を現し、猛獣侵攻が発生した時点でこの展開も分かっていたことだろう。


『何やら声が聞こえるのう。ウェイドとナキサワメもそこにおるんじゃな!』

『ひぃぃ。い、いません! 私はここにいませんん!!』


 ウェイドもナキサワメも現在地の座標を改竄して偽のアリバイを作っていたが、電話口から漏れる声によってT-1は察知してしまう。もはや、言い逃れはできない。


『――成功。偽装ビーコンの暗号解読が完了しました。管理者ナキサワメ、管理者ウェイド両名が調査開拓員レッジと共にワダツミ級十七番艦に乗船しています』

『ひえええっ!? T-2まで!』


 回線に割り込んでくる別の声。冷静かつ淡々と管理者たちに言葉を突きつけるのは情報解析能力に特化したT-2である。ナキサワメによる欺瞞工作で視線を逸らされていた彼女も、T-1との同期によって異常を発見し、データ的な隠れ蓑を無慈悲に剥ぎ取ってみせた。

 T-2は次々と、ナキサワメとウェイドが行った情報改竄の僅かな痕跡を見つけ、剥がし、真実を明らかにしていく。それはノータイムでT-1にも共有され、彼女の怒りも怒髪天を衝くがごとく高まっていく。


『ち、違うんですぅ。私、悪くないんですぅ』

『なっ、ナキサワメ、なに自分だけ逃げようとしているんですか!』

『ええい、そもそもウェイドの話に乗った時点で同罪じゃ! とにかく猛獣侵攻に対処せい!』


 ほとんど最悪の形で指揮官たちに見つかってしまったウェイドの行いだったが、すぐさまそのペナルティを取らされるわけではない。そもそも、今も絶賛クチナシは回避航行に専念しており、あちこちからハギラが襲いかかってくる四面楚歌の状況にあるのだ。

 とにかくこの状況を打破しないことには、T-1たちもウェイドの処遇を決めることができない。

 まずは猛獣侵攻。お説教は後。というわけである。


「ウェイドも悪いことしたらちゃんと謝るってことを覚えるんだな」

『あ、あなたに言われたくないですよ!』

「何を。俺ほど謝り慣れてる大人はいないぞ?」


 ウェイドも、元々はここまで大事にするつもりはなかったはずだ。そも、彼女も調査開拓団の領域拡張プロトコルに寄与することを第一の行動指針とする管理者には違いない。ただ、管理者といえど失敗はするということ。それだけの話だ。

 彼女の頭を撫でると、観念したのかしゅんと肩を落とす。


「謝るためにも、こっちを片付けないとな。――ナキサワメ、緊急事態宣言が発令されたってことは、リソースの無制限使用も解禁されてるんだよな?」

『はひっ!? は、はいぃ』


 〈猛獣侵攻スタンピード〉が都市の間近に迫るなどして、調査開拓団に多大な危機が迫った際、都市はリソースの調整弁を全て解放する。脅威排除のため、調査開拓員が憂いなく動けるように。

 つまり、ここから先はボーナスタイムということである。


「――というわけでイソヲ、やってくれ!」

『おうよ!』


 俺は事前に連絡をしていたイソヲに最後の合図を送る。

 いったい何が始まるのか。そういえばウェイドたちにも言っていないな。彼女たちの怪訝な顔がどのように変わるのか少し楽しみだ。


『ちょ、ちょっとレッジ。あなた一体何を企んでいるんですか?』

「なに。ここは俺に任せてくれよ」


 そもそもシュガーフィッシュの掃討も俺に一任されていた。その後片付けまでするのが大人というものだろう。

 グイグイと服の裾を引っ張ってくるウェイドをあしらいながら、俺は前方に現れた海上都市〈ナキサワメ〉を見やる。よくよく目を凝らせば分かるはずだ。巨大な都市の側面に沿うようにして、無数の船が係留されていることに。


『ちょっとレッジ!? レッジ! 何、何をやるんですか! 言いなさい!』

「百聞は一見にしかずって言うだろ?」

『説明しなくていいって意味じゃないんですよ! 強引に砂糖増産に踏み切ったのは謝りますから。お願いだから説明を!』


 ウェイドの眼前で、船が動き出す。ブルーブラストエンジンのいななきをあげて、プロペラを全速で回転させる。だが――その船は全て、港湾区画のボラードと頑強に繋がったままだ。


『ぬぉおおおっ!?』


 T-1の驚く声が伝わる。

 どうやら、現地では早速変化が現れているらしい。


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Tips

◇偽装ビーコン情報

 管理者ナキサワメによって偽装工作が施されたビーコン情報。通常、指揮官によって把握される各調査開拓員の座標情報などに対し巧妙な改竄が行われている。

 管理者本人は「私はただ言われたことを実行しただけ。改竄に必要なツールは全て提供された」と供述し、事件への関与を一部否認している。


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