第1527話「予期せぬ事態」※


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◇名無しの調査開拓員

鯛焼きを頭から食べるとかマジで意味わからん

人の心とかないんか?


◇名無しの調査開拓員

尻尾から食べる方が残虐だろうが

じわじわと嬲るとか野蛮すぎる


◇名無しの調査開拓員

(どうしよう、死ぬほどどうでもいい・・・)


◇名無しの調査開拓員

腹から派オレ、高みの見物


◇名無しの調査開拓員

きも・・・それはないわ


◇名無しの調査開拓員

頭からより信じられない

何食ったらそんな発想になるの?


◇名無しの調査開拓員

;;


◇名無しの調査開拓員

鯛焼きといえば少し前にウェイドちゃんがおっさんと大漁旗にいってたよ


◇名無しの調査開拓員

クソデカバカ甘IQゼロパフェが出る店か


◇名無しの調査開拓員

まあ、ウェイドちゃんはああ言うの好きそうだよなぁ


◇名無しの調査開拓員

おっさんまたなんかやらかそうとしてる?

ナキサワメちゃんとも一緒にいたよな


◇名無しの調査開拓員

なんならもうやらかしてるというか、やってるというか

クチナシ17も動き出してるみたいだし


◇名無しの調査開拓員

こわ、とづまりすとこ


◇名無しの調査開拓員

おっさんの動きが不穏な時は閉じこもるに限る


◇名無しの調査開拓員

珍しく漁協連の船がこっち来てたんだよな。やっぱなんかやるの?


◇名無しの調査開拓員

珍しいといえば、T-1ちゃんが一人で〈ナキサワメ〉歩いてたよ


◇名無しの調査開拓員

どうせ稲荷寿司探してるだけだろ


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『ふぅむ。この辺りも知らぬ間においなりさんを出す店が増えたんじゃのう』


 ぴょこんと黒い狐耳を揺らしながら、雑踏の中を歩く少女がひとり。目元をサングラスで隠して本人は完全に往来の中に溶け込んでいるつもりだが、そのふんわりとした尻尾が揺れるたび周囲の調査開拓員たちがぎょっとしてわずかに距離を取っていることには気付かない。

 本来の職務から離れ、とあるルートから手に入れた〈ナキサワメ〉のおいなりさんマップに集中しながらの散策である。普段は惑星イザナミの静止軌道上に停泊している開拓司令船アマテラスの中枢演算装置でしている彼女は、実のところ〈ナキサワメ〉を訪れるのも久々だった。

 そもそも指揮官というのはより大局的な視点から調査開拓団全体を統括するのが役目であり、都市や地上で行われている様々な作戦については管理者にほぼ一任されている。一応、指揮官のチェックフローも存在しているが、全てを入念に検討できているというわけでもないのが実情であった。


『やはり実地調査も必要じゃのう。ぬふふっ』


 大義名分を錦の御旗の如く掲げ、彼女は発展著しい町を征く。巨大な洋上フロート都市プラットフォームである海洋資源採集拠点シード03-ワダツミは、現状2番目に若い都市でもある。1番の若手が出自の特殊なエミシであることもあり、まだまだ発展途上と言って良い都市だろう。

 実際、訪れる調査開拓員の多くは都市開発に寄与する任務をこなしており、町の規模や様相は日進月歩の勢いで急変拡大を続けている。

 そんなわけで、指揮官が管理者の仕事ぶりを確かめるという意味でも、こうして実際に足を運んで確かめるのは重要なのである。


『やはり海鮮いなり系統が多いのう。寿司という基本を考えれば妥当なアレンジかもしれぬが、競合が多くなると突飛なアイディアを考えることばかりに系統して、おいなりさんとしての本領を忘れがちになる。守破離とは言うものの、やはりブレてはならぬ軸というものは自覚せねばな』


 調査開拓団の築いた各地の都市には、異常なほどに稲荷寿司をメニューに掲げる店が多い。その理由は神のみぞ知るものではあるが、単に稲荷寿司を置いておけばT-1の寵愛を得られるというほど甘い世界でもなかった。

 彼女のおいなりさん品評が真に信頼されているのは、ひとえに彼女が確固たる信念を持った上で贔屓や偏見のないある種冷淡とも思えるほどの鋭い眼差しでおいなりさんを見ているからだ。

 今もまた、T-1は分厚いメモ帳においなりさんの評価を書き込んでいる。情け容赦のない筆致で、新鮮な海の幸の豪勢さを謳う稲荷寿司を品評しているところだった。


『ふぅむ。星二つといったところじゃろうなぁ』


 5段階評価においてはシビアな判決である。T-1をただのいなり狂いと侮れば無慈悲に星一つすら付けられるということは稲荷寿司職人の間でもよく知られるところにあり、気まぐれに訪れる彼女の注文は、一種の抜き打ち検査ともされていた。

 管理者機体の味覚は凄まじく鋭敏であり、わずかな品質の差異も繊細に感じ取る。だからといって、T-1にだけ張り切って特別なものを用意することもまた、マイナス評価に繋がる。

 今では多くの料理人がT-1に認められたいという意志をもって稲荷寿司作りに邁進していた。


『もっと妾を驚かせるようなおいなりさんはないかのう?』


 あらゆる稲荷寿司が泡沫のように浮かんでは消え、消えては浮かぶ。無数の稲荷寿司を食べてきたT-1は、飽きこそしないものの漫然とした不満と行き詰まりを覚えていた。このゆるやかな停滞を強制的に打破してくれるような稲荷寿司はないものかと、懊悩さえしていた。

 驚きを知りたい。

 T-1がそう思ったその時だった。まるで彼女のそんな思いに応えるかのように、世界に激震が走る。


『緊急事態宣言、緊急事態宣言。シード03-ワダツミ近郊にて複数の脅威的原生生物の出現が検知されました。都市は防御態勢へと移行します。調査開拓員各位は直ちに行動を開始してください。繰り返します――』

『なんじゃぁああっ!?』


 鳴り響くサイレン。物々しい機械音声。

 中央制御区域が隔壁によって閉じられ、各区画もまた分離される。都市防衛設備が次々と動き出し、エネルギー供給が全てそちらへ優先された。

 騒然となる街中でT-1も目を丸くして混乱していた。いったい何が起こっているのか、指揮官であるはずの彼女でさえ把握できていないのだ。現地の管理者であるナキサワメにコンタクトを取ろうにも、取り込み中と自動返答が返ってくるのみ。

 T-1ははっとして、ある調査開拓員にTELを送る。


『ん? おお、T-1じゃないか。どうしたんだ?』

『どうしたもこうしたもあるか! 早く事情を説明するのじゃ!』


 〈ナキサワメ〉近郊の洋上にて位置情報が記録されている要注意調査開拓員。――レッジは驚くほど呑気な様子でT-1の問いかけに応答した。


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Tips

◇新鮮!海鮮満艦飾いなり軍艦丼

 シード03-ワダツミ商業区画に所在する和食料亭〈いろどりや〉の特別な稲荷寿司。その日の朝に獲れたばかりの新鮮な海鮮を具材としてふんだんに用い、さらに稲荷の上からもこぼれるほどに盛り付けた。見た目にも豪勢なおいなりさん。

“ちょっとやりすぎじゃのう。新鮮な刺身を載せておけば良いという安直な発想が見え隠れするのじゃ。価格設定もひとつ5万ビットと、おいなりさんにしては高すぎるのじゃ。これならば、300ビットのおいなり弁当を食べる方がよいと思う者も少なくないじゃろう。そもそもおいなりさんとは素朴な味わいを楽しむものであって、このように無数の魚をおなりさんが隠れるほどに盛り付けるともはやどちらが主役かも分からぬ。主従の逆転ほど面白くないこともない。しかも、魚にはこだわる割には米の選別、研ぎ方、炊き方、鮨酢などにはあまり気を払っておらぬような印象も拭えぬ。総評としては頭でっかちになり本懐を忘れ、更にはおいなりさんとしては本末転倒なほどに右往左往しておるような、そんな印象を受けたのじゃ。魚の目利きは大変素晴らしいものがあるのじゃろうが、それならば寿司を出すべきじゃろう。それでもおいなりさんを作りたいというのであれば、“おいなりさん”とは何か、という一点を改めて振り返るべきではないか。まずはシンプルなおいなりさんを食べる。五感で味わう。忘れていた憧憬を思い出す。そんな第一歩からやり直してみることも良いじゃろう。星は2つとするのじゃ”――管理者T-1


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