第1523話「砂糖の道」

 〈怪魚の海溝〉、海洋資源採集拠点シード03-ワダツミ近郊。クチナシ十七番艦甲板上。


『ソレジャ、上ゲマスヨー』


 ナナミの声に合わせ、ミヤコがウィンチを巻き上げていく。ワイヤーが張るピシピシという音と共に、その先端に繋がれた木箱がゆっくりと持ち上がる。安全のため黄色と黒のバーが置かれて立ち入りが制限された場所でクレーンが動き、ウェイドがその様子を苦渋の面持ちで見守っていた。


『ああ……、砂糖が……。一箱で1800kgの砂糖が……』


 警備NPCのナナミとミヤコだが、重機NPC用のアタッチメントなども取り付けて、こういった重量物を持ち上げる作業にはもってこいの逸材だ。わざわざ遠地から呼び寄せて、こうして作業を手伝ってもらっている。

 クチナシの広い甲板には同様の木箱が無数に積み上げられている。ロープで固定されているその中身は、ギッチリと砂糖の詰まった袋だ。〈ナキサワメ〉中からかき集めたそれは甲板に収まらず、船倉にも満杯で積み込まれている。

 ミヤコが八脚をゆっくりと動かし、クレーンの先を洋上へと突き出す。


『や、やっぱりやめ――』

「投下だ」


 ウェイドが俺の腰に掴みかかろうとしたちょうどその瞬間、俺が最後の合図を出す。


『あああああああああああああああっ!』


 木箱の底が開き、砂糖の詰まった袋がドサドサと落ちていく。ウェイドの悲鳴を受けながら、それは水飛沫をあげて海へ。袋は水に溶け、すぐに砂糖が海水に溶け出すだろう。

 ウェイドは船縁へ駆け寄り、身を乗り出して砂糖の広がる水面を見つめる。だが、計画はすでに動き出している。周囲には漁協連の船が、クチナシの姉妹艦が、俺たちの計画を手伝うため待ち構えてくれているのだ。


「さあ、どんどん落としていくぞ!」

『アイアイサー!』

『ハー、マッタク。モッタイナイ事スルワネェ』


 ナナミとミヤコの手によって、木箱が次々と持ち上げられ、膨大な砂糖が海に落とされる。そのたびにウェイドの悲痛な声があがり、心苦しいことこの上ない。とはいえ、こうしなければならないのである。


『レッジ、ミオツクシに反応があったよ』

『早速嗅ぎつけてきたか』


 周辺の警戒を行っていたクチナシから報告が上がる。濃い砂糖の気配を機敏に感じて、シュガーフィッシュたちが集まってきたのだ。


『ふぎぎぎっ! あれは私の砂糖ですよ! 魚ごときに渡すものですか!』

『いや、アレは〈ナキサワメウチ〉の備蓄ですけどぉ……』


 ガルガルと子供を守る獣のように殺気立つウェイド。ナキサワメの声も届いていないようで、ガンガンと手摺りを叩くなどして威嚇している。

 ウェイドがそんな様子になっている間にも、周囲の船が動き出す。漁協連が連れてきた歴戦の海漁師たちが、一斉に釣り竿を取り出した。


「ここからが正念場だ! 気合い入れろっ!」

「「「おうっ!」」」


 イソヲの号令で、極太の竿が振り上げられる。木の幹のようなそれには、太い金属製のケーブルがつながり、先端のゴツい針には砂糖が取り付けられている。イソヲたち漁協連がシュガーフィッシュとの交戦を省みて開発した、専用の漁具である。

 シュガーフィッシュは砂糖があれば問答無用で喰らいついてくる。針や糸が見えていようと、関係はない。

 海面が泡立ち、荒波が押し寄せる。巨大な魚群の接近を肌で感じる。


「アン、大丈夫か?」

「っ!」


 ナナミたちが次々と砂糖を海に落としていく横で、緊張に体を硬くしている少女がいた。他ならぬアンである。彼女も愛用の細い釣り竿を抱えてはいるものの、シュガーフィッシュに対してあまりに心許ない。

 それでも、彼女は怯えながらも毅然とこちらに目を向ける。


「舐めないでください。私はお嬢様の側仕えですよ。この程度のこと、完璧にこなして見せます」

「そうか。なら安心だな」

「っ! あなたは、本当に……!」


 突然巻き込んでしまったのは申し訳ないが、彼女にも手伝ってもらう。むしろ、彼女に重要な役目を任せていた。

 次々と砂糖が投下され、ウェイドが血の涙を出しそうな勢いで嘆いている。


「来たぞ! 釣り上げろ!」

「うぉおおおおおっ!」


 周囲に展開した漁船。その甲板から突き出した釣り竿が次々と糸を張る。シュガーフィッシュが食らいつき、暴れ回る。


「くっ、このっ!」

「引きが強すぎる! フォローしてくれ!」

「ぐわああああっ!?」


 漁具を整えたとはいえ、シュガーフィッシュは強力な相手だ。漁協連の手練でも戸惑い、中には逆に海へ引き摺り込まれる者も出てくる。


「ナナミ、あと何箱だ!」

『残リ3箱デスヨ!』

「できるだけ急いでくれ! こっちはアンカーを準備する!」


 砂糖が投げ落とされる。海はもはや、甘いシロップのようだ。

 俺とアンは黒いウェットスーツに身を包み、潜水装備と酸素ボンベで身を固めている。その上で、俺はさらにテント“驟雨”を組み上げ、そこに錘を取り付けていく。


「そう緊張しなくていい。できるだけ俺が守る」

「できるだけって……。死んじゃったら恨みますからね」


 そう言ってアンがテントの中へ。

 俺もまた、最終確認の後で彼女に続く。


「狭いテントですね。なんとかならなかったんですか?」

「これでもちょっとは大きくなった方なんだよ」


 驟雨は俺の持つテントの中でも特に小型だ。それでもタイプ-ヒューマノイドが二人入れるようになったのだから、多少の改善はされている。

 水密扉をしっかりと閉じ、すべての設備が正常であることを確認し、


「ウェイド、ナキサワメ、クチナシ。それじゃあちょっと行ってくる」


 船上に残す三人に声を掛け、


「ナナミ、よろしく頼む」

『アイアイサー!』


 俺とアンはテント諸共海に突き落とされた。


━━━━━

Tips

◇フィッシャーマンズロッド

 釣りを愛し、釣りに愛された者のための釣り竿。普段使いがしやすいシンプルな構成で、どんな手にもよく馴染む。

 〈釣り〉スキルレベル40以上で使用可能。

 〈釣り人〉系ロールのみ装備可能。


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