第1522話「甘いはなし」

 途方もない質量と、はるかなる高みを見せていた大豊漁パフェが、あっという間に消滅した。後に残るのはニコニコと満面の笑みを浮かべて最後の尻尾を食べるウェイドだけである。


「管理者って燃費悪いのか?」

『はい? 〈クシナダ〉のおかげでかなりエネルギー収支は改善しましたけど』

「そっかぁ」


 まあ、美味しく食べてくれるなら奢った甲斐もあるというものだ。

 ウェイドの小腹も落ち着いたところで早速本題に入る。わざわざプライベートモードの使える席を選んだのは、彼女たちの暴飲暴食っぷりを露呈させないためではない。


「ウェイド、俺はシュガーフィッシュをしばらく放置しようかと思う」

『は?』


 単刀直入に切り出すと、満足げに熱い吐息を漏らしていたウェイドがぱちくりと目を動かす。俺がもう一度繰り返すと、彼女は柳眉を寄せて睨んでいた。


『それはつまり、私を見捨てるということですか? せっかく、貴方の力を見込んで頼み込んだというのに……』

「そういうわけじゃない。まあ、俺一人じゃ手に余るって話でもあるが、本題はそこじゃない」


 今にも飛びかかってきそうなウェイドをどうどうと宥めつつ、


「放置するっていうと誤解を生むな。正確に言うなら、まずは俺たち以外の手を借りるんだ」

『それはつまり、どういうことです……?』


 せっかく現地まで視察に行ったと言うのに、ウェイドはまだピンと来ていない。俺は人差し指を立てて続ける。


「自然にも自浄作用ってものがある。多少の汚染は許容されるし、閾値を超えればそれを打ち消すような力も働く。俺たちが何かするよりも、そっちに頼ったほうがいい事もあるだろう」

『それは、つまり』


 ウェイドも気が付いたようだ。


『人為的に〈猛獣侵攻〉を起こすのですか』

「オペレーション“アラガミ”のノウハウが使えるだろう。理屈はあれと一緒だろ?」

『それはそうですが……」


 無尽蔵の食欲を持つマシラたちを抑えるために編み出されたオペレーション“アラガミ”は、原始原生生物によって人為的に〈猛獣侵攻〉を発生させる。それと同じようなことをシュガーフィッシュに対しても行わせればいい。

 一つだけ相違点として挙げるならば、俺たちは猛獣侵攻の側を応援する必要がある。


『む、無茶ですよぅ。〈怪魚の海溝〉への影響が大きすぎて、制御が取れない可能性が大きいです』


 涙目で訴えるのはナキサワメだ。

 オペレーション“アラガミ”は事前に綿密な計画を立て、最も影響が小さくなるように猛獣侵攻を発生させる。しかし、今回はその制御は取れないと考えられる。フィールドの中でも特に広大な面積を誇る〈怪魚の海溝〉で大規模な〈猛獣侵攻〉が発生した場合、最悪〈ナキサワメ〉が沈む可能性すらある。


「まあ、そこはやり方次第だな。わざわざ町のすぐ近くで暴れさせる理由もない」

『それじゃあ、どこかに誘導すると?』

「理想としては、呑鯨竜の中にでも入れてくれたらいいんだが……」

『ポセイドンが許さないでしょうね』


 ポセイドンは海底都市〈アトランティス〉の管理者であり、人魚たちの庇護者である。彼女に助力を求めるのは可能だろうが、人魚たちの町にシュガーフィッシュを押し付けるわけにもいかない。

 とはいえ、候補地については既に頭の中にある。ミオツクシの使用権限を受け取った際に、この海の詳細な地形や環境についても把握することができた。

 そこからある程度、穏便に事を進めやすい場所についても当たりを付けている。


『人為的に〈猛獣侵攻〉を発生させる……。一応、その有効性は認めましょう』


 しばらく考え込んでいたウェイドが頷く。彼女の本体である〈クサナギ〉が入念にシミュレーションを行ったのだ。結果として、俺の案は認められた。ただし、困難な点が多々あることも事実である。


『〈猛獣侵攻〉を発生させる場所、そこへシュガーフィッシュを誘導する方法、シュガーフィッシュに当てる相手。まだまだ不確定要素が多いですよ』

「シュガーフィッシュはより糖度の高いところへ向かうだろう。それを利用すれば、ある程度動きを誘導できる」

『なるほど! ――って、ちょっと待ってください』


 ウェイドが何かに気づいた。彼女は天板に両手をつき、こちらへ身を乗り出す。


『まさか、そんな……まさかとは思いますが……』

「ウェイド。砂糖を使うぞ」

『ま、待ってください! そんな、せっかく育てた砂糖を海に投げ込むと!? そんなことが許されるんですか!』

「しかたないだろう。事態は一刻を争うんだろ」


 シュガーフィッシュの誘導のため、砂糖を使う。

 その結論に辿り着いたウェイドは取り乱す。頭を抱え、『そんな、まさか』と理解を拒絶している。だが、聡明な管理者であるからこそ、それが有効であることが理解できてしまう。


「ナキサワメ、都市に備蓄されている砂糖は?」

『だ、だめです! ナキサワメ、それは――』

『ええと、すぐに出せるだけで70,000トンくらいですねぇ』

『ひぎゃあーーーーっ!』


 一都市だけで70,000トン。どれだけ溜め込んでいたんだ、まったく。

 ウェイドが悲鳴をあげるが、プライベートモードによって外部には一切漏れ出さない。彼女はどうにか阻止しようと動くが、ことこの都市において管理者として君臨するのはナキサワメである。彼女がそうと決めてしまえば、ウェイドはそれを覆すことはできない。


『ナキサワメ、考え直してください。それを生産するためにどれほどのリソースが費やされたか』

『でも、シュガーフィッシュをどうにかしなければそれ以上の損失も考えられますし』

『くっ、賢くなってしまいましたね!』

『褒めてるんですか? 貶してるんですか?』


 3,000体の大移動だ。砂糖はいくらあっても足りないくらいだろう。ナキサワメには他の都市への砂糖の買い付けも依頼しておく。ウェイドは価格を釣り上げて売らないようにしていたが、他の都市は特に問題なく応じてくれたようだ。


『ダメですダメです! 砂糖を海に溶かすなんて!』

「諦めろ、ウェイド。シュガーフィッシュの騒動が落ち着いたら、また作れるだろ」

『それは……そうですけどっ!』


 悔しげに歯を噛み締めるウェイドの頭を撫でつつ、ナキサワメに砂糖の投下場所を指定する。


━━━━━

Tips

◇物品取引量の異常増加事件報告

 シード03-ワダツミが突発的に大量の砂糖を他都市より買い付けています。これにより経済システムおよびリソース管理システムに一定の影響が波及すると考えられます。

 管理者ナキサワメは事態の調査を行い、指揮官に報告を行なってください。


“お祝いをするためのケーキ作りに使用しますぅ”――管理者ナキサワメ

“それは素晴らしい愛ですね。愛は多ければ多いほど良いものです。”――指揮官T-3


[指揮官により取引が承認されました]


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