第1521話「シロップ漬け」

 3,000体のシュガーフィッシュを根絶させる。

 なかなか無茶な要求だ。それはウェイドもよく分かっているようで、やはりさっきからずっと元気がない。偵察を終えて一時帰港した俺は、彼女を引き連れて作戦会議へ赴くことにした。


「ナキサワメ、この辺に美味い喫茶店はあるか? スイーツが売りのところだと良いんだが」

『はぁ。そうですねぇ、それじゃ……』


 管理者直々に案内してくれるという贅沢な経験をしつつ、向かった先は和の雰囲気を醸す瀟洒なカフェだった。暖簾をくぐると薄暗がりの落ち着いた空間が広がり、半個室の客席が並んでいる。


『いらっしゃいましょわっ!?』

「四人で。プライベートモードが使える席を頼む」

『か、かしこまりましたぁ……』


 応対してくれたのは茶屋のように着物と前掛けを身につけた上級NPCだ。管理者が二人も現れると、NPCといえど驚くらしい。むしろ、驚くだけの感情を持つ上級NPCだからこそだろうか。

 ぎこちない動きの店員に案内されて席につき、ひとまずメニューを見る。すると、ナキサワメがこの店に案内してくれた理由がすぐに分かる。


『大豊漁鯛焼きパフェ……?』


 ウェイドがいち早くそれに気付き、名を読み上げる。はっとした様子でこちらの方を見て、その青い瞳には期待が見え隠れしていた。


「頼んでみるか?」

『いいんですか!? あ、いや、ですが……』


 はっと現状を思い出したのか俯くウェイド。俺は構わず大豊漁鯛焼きパフェを注文し、ついでに自分用のほうじ茶コーヒーも頼む。


「こういう時こそ、美味いもの食べて元気をつけるべきだろう。ナキサワメはどうする?」

『はわぁ!? そ、それじゃあ、抹茶白玉餡蜜コーヒーサイダーポンチをお願いします』

「……後悔しても知らないからな」


  FPOの喫茶店は一種類以上トンチキ商品を作らないといけない制約でもあるのだろうか。


「アンは?」

「は、わ、私ですか?」

「ここで一人だけ自腹っていうのもアレだろ。なんでもいいぞ」


 イソヲたちは漁具をシュガーフィッシュ用に改良したいといって港に残った。流れで着いてきたアンはうまく気配を消していたつもりなのか、話しかけると驚いた様子でこちらへ振り向いた。

 こう見えて俺は〈白鹿庵〉きっての常識人を自負している。そもそも、アンに飲み物を奢るくらいで破産するほどギリギリの生活をしているわけでもない。

 そんなことを伝えると、彼女は訝りながらも好きな飲み物を注文した。代金を支払うと、すぐに店員さんが巨大なすり鉢を持って現れる。


『お待たせしました、わっしょい! 大豊漁鯛焼きパフェでございます。わっしょい!』


 独特の掛け声と共にドンと天板に置かれたのは、高さ1メートルはあろうかという巨大な山。すり鉢にうず高く盛られたのは、こんがりと焼き目のついた鯛焼き。粒餡、漉し餡だけでなく、カスタードやチョコレート、たまごサラダなど様々な具材が詰まっている。更にその頂点に燦然と輝くのは黄金のシャチホコ型の鯛焼きだ。荒波を表現する大量のホイップクリームや飾り切りされたフルーツが隙間を埋めて、見るだけでブラックコーヒーが飲みたくなる逸品に仕上がっている。

 それが登場した途端、ウェイドは目を輝かせてテーブルに身を乗り出す。


『す、素晴らしい! これを考えた方は表彰しなければなりません!』

「食べる前から大袈裟だなぁ」

『食べずとも分かりますよ。無論、全部頂きますが!』


 ウェイドは巨大なスプーンを握り、うずうずとしている。他の料理が届く前に食べ始めていいものか悩んでいるらしい。気にせず食べろと言おうとしたその時、すぐに後続もやってくる。


『わっしょい! 抹茶白玉餡蜜コーヒーサイダーポンチでございます。わっしょい!』

『はわぁああっ!』


 どんぶりにこんもりと盛られた白玉餡蜜。抹茶アイスが中心に立ち、ふつふつと泡立つコーヒーサイダーに浸っている。ナキサワメは楽しそうに声をあげているが、俺とアンは微妙な顔だ。


「とりあえず、食べるか」

『いただきます!』

『いただきますぅ!』


 ほうじ茶コーヒーとアンの頼んだ抹茶黒蜜オーレも届き、まずは一息つくことに。

 ウェイドはスプーンで豪快に鯛焼きを削り取り、ぱくりと大きな口で頬張る。とろけそうな頬を抑えて、なんとも美味しそうな顔だ。


『生地がふんわりサクサクで、素晴らしい焼き加減ですね。餡子もじっくりと煮てあるのか、優しい甘さで……。これはピュアホワイトの二一世代でしょうか』


 鯛焼きの餡に使われている砂糖の品種を当てるという芸当をしながら舌鼓を打つウェイド。大量の鯛焼きたちが勢いよく駆逐されていく。しかしその下から現れたのは、濃厚なシロップに浸された別の鯛焼きだった。

 見ているだけで胸焼けしそうだ……。


『はわぁ! しゅわしゅわ〜!』


 ナキサワメも、こっちはこっちで楽しそうだ。炭酸が好きなのか、『しゅわしゅわ〜♪』と体を揺らして喜んでいる。

 やはり甘いものを食べるときは辛いことも忘れるのだろう。ウェイドは口にクリームをつけて笑っている。


「ほら、もうちょっと落ち着いて食べろよ」

『んむ。失礼ですね。私は管理者ですよ?』

「はいはい」


 ウェイドの口元を拭いてやりながら、これからのことについて考える。ウェイドたちがマズい状況にあることには変わりない。今こうしている間にも、海はどんどん甘みを増している。


「大豊漁鯛焼きパフェねぇ」

『ダメですよ。全部私のものですから! ……ど、どうしてもというなら、尻尾の先っぽくらいなら』

「そんな苦渋の決断みたいな顔されて取れるか。俺はコーヒーだけで十分だから」


 パクパクと生クリームをたっぷりディップしたシロップ漬けの鯛焼きを頬張るウェイドを眺める。シロップ漬けの鯛焼きねぇ。よくそんなものを、スナック感覚がたべられるもんだ。


「シロップ漬けの鯛焼き……?」


 その姿を見て、はっと良いアイディアが浮かんできた。


━━━━━

Tips

◇和カフェ〈大漁旗〉

 シード03-ワダツミに所在する喫茶店。和のテイストで統一された落ち着いた雰囲気の店内で、可愛い着物姿の店員さんに迎えられる。

 ほうじ茶コーヒーをはじめ、和を感じさせるような一風変わったメニューが多く揃っている。筆者のおすすめは抹茶ラテ。サービスで好きな魚の漢字をラテアートで書いてくれる。

 目玉となるのはやはり大食いメニューとして有名な大豊漁鯛焼きパフェだろう。108匹の焼き立て鯛焼きと、頂点に燦然と輝く金のシャチホコ焼きが豪快な海の幸を表現している。完食すると立派な大漁旗も貰えるので、自信がある方は挑戦してみるのもいいだろう。

 ――『ここにグルメ!』6月号より抜粋


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