第1520話「途方もない海で」
海に荒波を立てながらシュガーフィッシュの群れが押し寄せる。ミオツクシを次々と蹴散らし、爆破の衝撃も何するものぞと勢いは衰えない。目指す先は俺たちの方向。散発的に挑発の射撃を繰り返しているクチナシだ。
怪音が響き、白い体が浮き上がる。高純度の砂糖結晶が飛び散り、陽光に輝く。
「今だ!」
だが、一気呵成に突撃を敢行するシュガーフィッシュたちがクチナシに辿り着くことはなかった。
『プルグァアアアアアアッ!』
ワイヤーで編み上げられた頑丈な網が、彼らを阻む。先頭のシュガーフィッシュが悲鳴を上げるが、勢いのまま動く巨大な群れはそう簡単には止まれない。後ろから次々と仲間が押し寄せ、先頭が押し潰される。それだけでも、数十のシュガーフィッシュが圧死する。
しかし、それだけでは終わらない。網に取り付けられたセンサーが獲物がかかったことを検知した瞬間、仕込まれていた機構が動き出す。網に取り付けられたバッテリーから高圧の電流が流され、周辺へと広がっていく。
「必殺、電流網だ。全員まとめて塩釜焼きにしてやる」
バシャバシャと凄まじい音と共に飛沫があがり、海面がかき混ぜられる。巨大魚が感電し悶え暴れる。
久々にちゃんとした罠の利用だ。〈釣り〉スキルは手放してしまったが、うまく網型の罠を使えば、こうして漁を行うこともできる。
シュガーフィッシュは頑強だ。流れの先頭で圧死したものはともかく、感電したものはしばらく痺れるだけで死には至らない。しかし、動けない間に槍でトドメを刺していくことは容易だった。
「ウェイド、どんどん出してくれ」
『はいっ! はいっ!』
ナキサワメが武器庫から運び出し、ウェイドがコンテナを開封して取り出した投げ槍を、船縁から次々と投げていく。〈投擲〉スキルは持っていないが、〈槍術〉スキルの補正だけでもそれなりには戦えるのだ。
「野郎ども! レッジに負けてるんじゃねぇぞ。どんどん釣り上げろぃ!」
「おうっ!」
イソヲたちも加勢し、長い釣り竿が次々と振り下ろされる。マグロの一本釣りでもするかのように、シュガーフィッシュの巨体が宙を飛ぶ。
「とはいえ、俺たちだけで3,000体を釣り上げるっていうのも無理があるよなぁ」
電流網はそれなりの効果を発揮したが、トドメを刺すには至らない。漁協連が来てくれなければここまでの釣果はあがっていない。麻痺から復活するまでに吊り上げられるのは、よくて100体程度と考えて良いだろう。もともと様子見のつもりで海に出てきたものの、途方もない現実に思わず唸る。
「ナキサワメ、これを殲滅まで繰り返すとしたらミオツクシはいくつ必要だ?」
『か、考えたくもないですぅ。普通に機雷でもばら撒いたほうがマシですよ』
管理者とは思えないような発言だが、さもありなん。今の一連の流れだけで50億ビット近い大金が海の藻屑と化した。
せめてレティたちが来てくれればやりようもあるんだが、リアルだと平日の昼間だからな……。
「そういえば、アンはなんでログインしてたんだ? レティの付き人だろ」
「つ、付き人じゃなくて側仕えです! ――お嬢様は授業中ですので、私は自由時間と言いますか」
「なるほどな。自主的にログインしてくれるくらいには楽しんでくれてて何よりだ」
「これも敵情視察の一環です!」
勘違いしないでください、とアン。その割には漁協連の海釣り講習にも参加していたようで、なかなかエンジョイしている。
「イソヲ。シュガーフィッシュはどれくらいのレベル帯か分かるか?」
「そうだな……。だいたい〈釣り〉スキルレベル50が最低ライン、安定させるなら70は必要だろう」
原生生物の討伐に際して目安となる武器スキルのレベルがあるように、魚に対しても必要〈釣り〉スキルの目安がある。海の男イソヲほどになれば、何度か釣り上げることでおおよその感覚を肌で感じとることができる。
〈釣り〉スキルレベル70が適正となれば、〈怪魚の海溝〉の全般的な傾向よりも少し高い。
「ウェイド、やっぱりこれは人海戦術を使ったほうがいいだろうな」
『ぬぅ……。致し方ありませんか』
3,000体をこの人数で釣るのは現実味がない。せっかく海上都市〈ナキサワメ〉には多くの釣り人もいるのだから、彼らに手伝ってもらわない手はないだろう。
そんなことを提案すると、ウェイドも渋々ながら頷く。彼女の最良としては俺だけで対処させたいのだろうが。
「毒やら原始原生生物やらが使えたら、俺だけでも鎮圧できると思うが」
『だ、ダメですよ! ただでさえ環境負荷がレッドゾーンに迫っているんですから』
冗談混じりに提案してみると、ナキサワメがすかさず止めに入ってくる。フィールドの現状は危ういものだ。均衡が崩壊しかけている。もし天秤が傾き続ければ、発生するのはシュガーフィッシュの暴乱と猛獣侵攻の二重苦だ。そうなればいよいよ、T-1たちも感知する。
「まあ任せろ。親にバレないように遊ぶのは昔から得意でな。大船に乗った気でいてくれ」
『その自信のあるところが逆に不安なんですが……。今は貴方にしか頼れませんからね。よろしくお願いします』
ウェイドからも信頼を寄せられているし、なかなか楽しくなってきた。俺は彼女の手を握り、次なる一手のため動き始める。
━━━━━
Tips
◇環境負荷急上昇検知報告
〈怪魚の海溝〉にて急激な環境負荷の上昇が確認されました。管理者および指揮官は詳細な調査を行い、状況を確認してください。
[管理者ナキサワメにより調査中]
[指揮官T-2による調査支援の要請]
“T-2はブラックダーク述懐録の翻訳をお願いします”――管理者ナキサワメ
“素晴らしい情報量です。任せてください。”――指揮官T-2
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます