第1519話「爆破の誘う声」

 シュガーフィッシュの群れが見つかったのは、水中水族館の破られた壁からさほど離れていない地点だった。予想よりも近場に留まっていたことに驚くが、そもそも彼らにとっても外の海は急激な環境の変化である。飽和するほどの濃い砂糖水に慣れた体では、活発に動き回れない。


「とはいえ、ボケッとしてると向こうも動き出すか。さっさと纏めて捕まえた方がいい」

「レッジ、こっちは準備できたぜ!」


 イソヲたち漁協連の男たちが、一斉に網を投げ込む。綺麗に広がって着水した大網が、縁に取り付けられた錘によって沈んでいく。

 相手は体長5メートルの巨大魚だ。その網で全てを一網打尽というわけにはいかない。だがそれでも漁師たちは次々と網を放っていく。


「ウェイド、ナキサワメ。本当にミオツクシも使っていいんだな?」


 振り返り、管理者二人に最後の確認を取る。

 ミオツクシはフィールド上のオブジェクトではあるが、管理者の所有する公共財だ。それを一介の調査開拓員が私的に用いることは、本来ではればあり得ない。


『緊急事態ですので、特例です』

『使用制限を解除しますので、自由に使ってくださいぃ』


 管理者2名による許可が下った。

 俺は頷き、クチナシに合図を出して船を移動させる。それと同時に、船尾から次々と浮きの付いた網が降ろされていく。イソヲたちの投網はあくまで牽制であり、誘導だ。周囲へ無差別に広がろうとするシュガーフィッシュを一方向へと誘導するための猟犬の役目を持つ。


「そういえば、罠をそのまま使うのは久しぶりだなぁ」

『いっつも変な使い方してますもんね』

「調子が戻って来たじゃないか、ウェイド」


 本命は、俺が展開する大規模な罠だ。クチナシの船倉には、こんなこともあろうかとそういった道具も一式積み込まれている。そのうちの一つ、巨大な囲い網を海中に下ろしていく。

 水中水族館、つまり〈ナキサワメ〉の周辺は深い海が広がるエリアだ。海底は数千メートル下にあり、現在のところ調査開拓員がそこに到達したという話は聞かない。そんなわけで、網も一定の水深で止まるように調整をしている。ちょうど、シュガーフィッシュの活動しやすい水圧を参考に。


『ミオツクシに反応あり。シュガーフィッシュが上がってきたよ』

「よしきた。イソヲたちの投網に驚いて飛び出したな」


 クチナシの報告に思わず拳を握りしめる。

 ミオツクシによって海中の様子は手に取るように分かる。突然頭上から降ってきた網に驚いたシュガーフィッシュが、次々と浮上してくるのだ。そして――。


「ナキサワメ、25番だ」

『了解。25番爆破』


――ドゴンッ


 遠くの方で鈍い音がし、海面が丸く盛り上がる。それを見たナキサワメが泣きそうな顔になる。

 海中で起きた爆発と、凄まじい過放電。衝撃は広範囲へと拡大し、近辺にいたシュガーフィッシュの脳を揺らす。飛沫の奥から白い体がぷかりと浮かぶ。


「よし、5体くらい巻き込めたか」

『ひぃ、ひぃぃ……。5億ビットがぁ』


 ナキサワメとウェイドから、ミオツクシの全面的な使用権限を移譲されている。

 それはつまり、俺の判断であの精密機械の緊急自爆装置を起動させられるということだ。ミオツクシには機能を維持するため内部に小型のブルーブラストリアクターや発電機が搭載されている。それらを恣意的に過剰稼働させ、爆発させる。その衝撃は生半可な爆弾を凌ぐほどだ。

 シュガーフィッシュといえど至近距離で巻き込まれたら気絶するし、そうでなくとも恐れを抱いて進路を変える。


「次、16番」

『了解』


 マップを睨み、レーダーと見比べ、シュガーフィッシュの群れを誘導しながらミオツクシを爆破していく。立て続けに海面で水飛沫が上がり、そのたびにシュガーフィッシュが浮かび上がる。それにトドメを刺していくのは、小型艇に乗り込んだ漁協連の銛師たちだ。


「オラァッ!」

「白い腹出しやがって、誘ってんのか? アァン?」

「一丁あがりぃっ!」


 威勢が良いというか、治安が悪いというか。

 言葉はともかく彼らの働きも心強い。爆発に巻き込まれたシュガーフィッシュも、多くは気絶しただけで絶命には至っていない。放っておけばまた覚醒して、こちらに敵意を向けてくるだろう。


「11番、39番」

『了解』


 シュガーフィッシュの始末は彼らに任せ、俺はミオツクシを次々と爆破していく。


『ほぎゃっ、ひぃっ、ふひぃんっ』

『耐えてください、ナキサワメ。後でエクレアを奢ってあげますから』

『そういう問題じゃないんですよぉ!』


 ミオツクシが爆炎をあげるたび、ナキサワメが悲鳴をあげる。ウェイドがなんとか宥めようとしているが、効果の程には疑問が残る。君の砂糖狂いのせいで、大変なことになってるんですよ。


「さあ、そろそろ突っ込んでくるぞ」


 ミオツクシの爆破はこのあたりで一旦終わり。シュガーフィッシュの大群が、張り巡らせた大網へと飛び込んでくる。ここから先が正念場だ。


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Tips

◇防水小型高級ブルーブラストリアクター

 海洋設備専門技術系バンド〈マリンレンチ〉によって、海上などの過酷な環境での運用を想定し設計された小型ブルーブラストリアクター。2,000kb/sという高出力と、海水や嵐に耐える堅牢性を両立している。結果として非常に高価なものとなったが、相応の性能を誇ると断言できる。

“防水リアクターの最高傑作と言っていいでしょう。海洋設備においては〈マリンレンチ〉の技術力は高い信頼性が置けます。”――管理者ナキサワメ


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