第1518話「望外の助け」

 極太の強靭な糸がレヴィアの体に巻き付く。優雅に水中へ広がっていたヒレが破れ、艶美な装いが裂ける。レヴィアが怒りに身をくねらせ、強引に糸を引きちぎろうとする。だがその巨体が動くほど糸は強く絡みつき、白い魚鱗に食い込んでいく。

 『キャッチターゲット』は〈釣り〉スキルのテクニックだ。釣り竿を用いることで、水棲生物に限定されるが凄まじい拘束能力を発揮する。それはたとえ〈猛獣侵攻スタンピード〉の先駆けとなる希少な原生生物であっても、一時は完封できるほど。


――ギ、ギギギギギッ!


「ダメだ。糸がちぎれる!」


 だが、その拘束もあくまで一瞬。レヴィアの膂力に引っ張られ、精巧に編み上げられた糸が悲鳴をあげて断裂し始める。レヴィアはそこに光明を見出し、更に暴れ回る。その時だった。


「野郎ども、やっちまえ!」

「オオオオオオォオオオッ!」


 野太い癇声に続き、幾重にも重なる男たちの勇壮な叫び。それに時を同じくし、レヴィアの躯体に次々と太い銛が突き刺さる。

 鋭く尖った鈍色の金属が魚鱗を散らす。濁った海に美しい花弁のようなそれが広がった。


「電流!」

「『点火イグニッション』ッ!」


 銛はその石突にケーブルを繋げていた。それは投げ手の元にある電力バッテリーに接続されている。号令と共に電流が放たれる。


『キィアアアアアアッ!』


 ゼロ距離から流し込まれた高圧電流に、レヴィアが吠える。だが返しのついた銛はどれほど身を揺らそうと深く食い込んで離れない。見る間に剣魚は衰弱していき、戦意を消失し始める。


「よぅし、釣り上げろ!」

「えいやぁっ!」


 もはや反抗の意思さえ潰されたレヴィアの身が引き上げられる。濁った海から、白日の下へ。ウィンチが力強くケーブルを巻き上げ、数十トンはありそうな巨体を甲板へ持ち上げる。

 気が付けば、クチナシの甲板には厳つい海の男たちがずらりと並んでいた。


「イソヲ! 早速助かったよ」


 艦橋から飛び出し、その中心に立つ顔馴染みに声をかける。頭に捻り鉢巻きをつけた海の男、イソヲだ。彼は〈ワダツミ漁業協働組合〉というバンドを結成し、〈剣魚の碧海〉を中心に漁業を行っている生粋の釣り人だ。

 しかし――。


「どうしてイソヲがここに?」


 疑問なのはそこだった。彼ら漁協連は〈ワダツミ〉を拠点とし、その近海を主な活動領域に設定している。なぜ、どうやってここにやって来たのか。


「おう、レッジか。いや、随分面白そうな事をしてるって聞いてな。無理を言って乗っけてもらったんだ」

「乗っけて……」


 にこやかに笑うイソヲが指差すままに頭上を見上げる。そこにホバリングしていたのは管理者専用機。開け放たれたドアから、勢いよく何かが落ちてくる。


『レーーーーッジ! 受け止めなさい!』

「うぉおわああっ!?」


 銀の髪を広げて落下してきたウェイドを慌てて受け止める。しかし見た目はタイプ-フェアリーでも特別頑丈で重たい管理者機体だ。腰が悲鳴をあげるほどの衝撃で顔が真っ青になる。


「おま、と、突然な……」

『梯子を出す時間もなかったので。あと、ちゃんと攫っ――連れて来ましたよ』


 ウェイドは俺の言葉を受け流し、頭上に合図を送る。


「え、えーーーいっ!」

「ぐべらっ!?」


 ウェイドに続いて勢いよく落ちてきて俺の後頭部に飛び蹴りをかましたのは、我らが〈白鹿庵〉の新人、レティの側近のアンである。

 俺がウェイドに頼んで呼び寄せたのは、イソヲたちではなくアンの方だったのだ。


『迎えに行ったらちょうどアンさんがイソヲさんたちと一緒に居たので。纏めて連れて来ました』

「無茶苦茶するな……。まったく」

「レッジさんが言う事ですか!?」


 右も左も分からないうちに連れてこられたアンが高い声で叫ぶ。彼女はレティとのワールドツアーで〈ナキサワメ〉までの通行権は解放しているものの、今はまだ〈ワダツミ〉のあたりをメインの釣り場にしている。

 今回、イソヲたちと一緒に居たのは、彼らから海釣りのノウハウを教えてもらっていたからだろう。


「突然ウェイドさんが来て、『何も言わず来てください!』って飛行機に乗せられて。めちゃくちゃ怖かったんですよ!」

「すまんすまん。ちょっと事態が緊急を要するもんでな」


 ぐいぐいと迫るアンに陳謝しつつ、事情を話す。巨大なシュガーフィッシュが解き放たれたと知ったアンは、唖然として猛烈な勢いで首を左右に振った。


「む、無理ですよ! 私の〈釣り〉スキル、まだレベル40くらいですよ!?」

「大丈夫。それだけあればイカも釣れるから」

「一般人をあなたの尺度で語らないでください!」


 俺が考えた作戦は、アンによるシュガーフィッシュの一本釣りだ。当然それだけで3,000体を根絶できるとは考えていないが、彼女のレベル上げにもなるかと思った。レベルが上がればより効率的な漁法も使えるようになるしな。

 しかし、アンは無理だと協力を断固として拒否する。


「イソヲさんたちならともかく、私のような若輩者では……」

「なに、こういうのも経験のうちだ。別に失敗しても構わないから、竿を投げるだけ投げてくれないか」

「うううう……」


 こうしている間にも、刻一刻と海は荒れ始めている。シュガーフィッシュは海中に存在するだけで周囲が甘い砂糖溶液になってしまうのだ。


「というか、なんですか砂糖を纏う魚って。頭おかしいんですか?」

「俺に言わないでくれよ……」


 隣にいるウェイドが複雑な顔をしているから、ちょっと勘弁してやってくれ。


『レッジ、シュガーフィッシュの痕跡を見つけた。すぐ近くにいると思う』


 クチナシから報告が上がり、いよいよ仕事を始めなければならなくなった。

 アンの〈釣り〉スキルを上げるいい機会だと思ったのだが……。


「イソヲ、定置網は使えるか?」

「道具一式持ってきた。銛でも網でも使い放題って聞いたんでね」

「よし。じゃあシュガーフィッシュの追い込みをしかけよう」


 アンはともかく、イソヲたちがついて来てくれたのは僥倖だった。彼らは海漁の専門家で、大型原生生物の討伐もできる。彼らの協力があれば、なんとか事態は収束に向かえるかもしれない。


「すまんな、アン。突然呼び付けたのは申し訳なかった」

「うぐ。それは……」

「ウェイドも忙しくなるから送り返すわけにもいかないんだが、とりあえず艦橋でゆっくりしててくれ」


 俺は真新しい釣り竿を握るアンを船内に促し、シュガーフィッシュ漁に向けて動き出した。


━━━━━

Tips

◇『キャッチターゲット』

 〈釣り〉スキルレベル50のテクニック。水中に存在する原生生物を釣り糸で絡め取り、動きを拘束する。強引にその体を引き寄せ、釣り上げやすい状態へと持っていくこともできる。

“狙った獲物は逃さねぇ! それがフィッシャーマンの矜持ってもんサ!”――渓流の釣り人ジギー


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