第1517話「烈斬の角」

 調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ型十七番艦。一時は宇宙船として大規模な改修も経たものの、現在はごく普通の洋上艦として運用されており、基本的には〈ナキサワメ〉の港湾区画に停泊している。巨大な船を運用するため、通常なら数十から数百人規模の艦員を必要とするところだが、SCSという船体管理システムがその大部分を担うことで省人化に成功した最新鋭の船だ。


『ん、レッジ。今日は私を選んでくれたね』

「クチナシも準備万端そうでよかったよ」


 ナキサワメと共に波止場へ急行すると、すでに十七番艦がドックから出てきていた。甲板に繋がるタラップの側で待ち構えていたのは、大きな麦わら帽子を被った少女――SCSの補助機体であるクチナシだ。

 俺が以前、〈ワダツミ〉で別の船を借りようとしたことをいまだに根に持っているようで、チクチクとした言葉に思わず苦笑してしまう。ともかく、今回は勝手知ったる仲のクチナシが必要だった。


「すぐに出港だ。場所はナキサワメから情報を共有してくれ」

『ん、了解』


 クチナシが相手なら、この程度の曖昧な言い方でも十分に通じる。彼女は早速タラップを駆け上り、24基のブルーブラストエンジンを起動させる。船体に青い燐光が漏れ出し、機関が目覚める。

 ナキサワメがシュガーフィッシュの追跡のため放った深海探索NPCの現在地をクチナシに送る。現状、頼りになるのはこれだけだ。


『出港するよ!』

「ヨーソロー!」


 荒波を立たせて装甲巡洋艦が飛び出す。船首が持ち上がるほどの急速発進で、波止場にいた調査開拓員たちが悲鳴を上げていた。


「シュガーフィッシュが上がってきてるなら、そろそろその辺りの船から報告が上がっててもおかしくないが……」

『み、ミオツクシからは異常な波形が確認されてますぅ』

「それもデータは全部送ってくれ。こっちでも解析しよう」


 海上に浮かぶ巨大なフロート構造の都市である〈ナキサワメ〉の周囲には、航行支援標識〈ミオツクシ〉という設備が細やかに配置されている。クチナシのような船が洋上の交通標識として利用するほか、各種センサー類によって周辺の詳細な環境データを取得しているものだ。

 管理者であるナキサワメならば、そのデータも全てを取得できる。異常な数値が出たところを重点的に調べれば、シュガーフィッシュの行方も追える。


『うぅぅ。か、環境負荷が凄いことに……。ひえええ』


 ただし、〈ミオツクシ〉に頼り切りと言うわけにもいかない。

 3,000体の巨大で強力な遺伝子改造生物が解き放たれ、周囲の環境負荷は鰻登りに高まっている。それそのものがノイズとなって、正確な測定がやりにくくなっている。


『広域魚群探知レーダーに反応あり。大きい魚だけど、詳細は不明』

「ドローン投下だ。とりあえず様子を見るか」


 出港から10分とたたず、まだ都市の姿も鮮明に映る海域でクチナシが何かを見つけた。俺はすぐさま船倉に積み込んでいた水中ドローンを起動させ投げ込む。仮にシュガーフィッシュでなかったら、わざわざ無用の戦いを挑む理由もない。


「うお、なんだこれは。随分濁ってるな」

『た、多分シュガーフィッシュが食い荒らした跡だと思います……』


 ドローンから送られてきた映像は、真緑に濁ったものだ。魚らしい影がたまに見えるものの、鮮明な光景とは言い難い。まるで真夏のため池のような惨状に頭を抱える。

 シュガーフィッシュ3,000体は早速無制限のビュッフェを楽しんでいるらしい。高性能な浄化設備もない水槽の外では、あっという間に食べカスと排泄物で水が濁る。それもまた、環境負荷を高める要因になっているのだろう。

 何よりも問題なのは、この環境では潜水装備をまとった戦闘職を投入するのも難しいという点だ。トーカならばともかく、普通は視界がある程度クリアでなければまともに戦えない。特に水中ともなれば。


「見えたぞ。あれか」


 ドローンの投光機を最大出力にして進めると、やがてレーダーに映っていたものが見つかる。

 すらりとしたシルエット。優雅に舞うドレスのようなヒレ。小さな頭部、その額には滑らかに湾曲した刀のようなツノ――。


「シュガーフィッシュじゃない!」

『ひぇえええっ!? あ、あれは――“八裂のレヴィア”!?』

「知ってるのか、ナキサワメ!」


 海の底から現れたのはシュガーフィッシュではなかった。少し細身の金魚といったような外見だが、その体長は5メートルとシュガーフィッシュに比肩する。明らかに大型と断じて良い原生生物だった。

 その姿を認めた途端、ナキサワメが悲鳴をあげる。彼女の口から飛び出したのは、二つ名付き。つまりレアエネミーの名前だった。


『か、環境負荷が高まった時に出てくる、〈猛獣侵攻スタンピード〉の予兆のような原生生物ですぅ! 近づくと重装甲船もあのツノで木っ端微塵にされちゃいますよ!』


 どうやらシュガーフィッシュの流出で汚れた環境に反応し、目を覚ましたらしい。レヴィアは何かを探すように泳ぎ、そしてこちらに気が付いた。


「やばっ」


 一瞬だった。

 わずかに画面が揺れたと思った直後、ドローンからの反応が途絶する。あれだけの巨体にも関わらず、凄まじい機動力だ。

 などと感心している余裕もない。


「クチナシ、防御体勢!」

『了解!』


 斥力フィールドが展開され、船体の表面をバリアが覆う。短時間だが、高い防御力を誇る鉄壁の盾だ。それが瞬時に広がった直後。


『ひぃええええええっ!?』

「くっ。近くのものに掴まっとけ」


 凄まじい衝撃。突き上げられる。全長200メートルのクチナシ級が、その船体をわずかに浮かせた。艦橋では次々とアラートが鳴り響き、クチナシは即座に被害状況の確認と対応を始める。

 ナキサワメは涙目になりながら、俺の足にひしとしがみついていた。確かに近くのものに掴まれとは言ったけども。


「クチナシ、無事か?」

『被害は軽微。ただ、斥力フィールドの再展開は最速で2分後』

「次が来たらヤバいってことだな」


 クチナシ級は船体が大きく、また分厚い装甲を積んでいるぶん、機動力は落ちている。そこに何でもスパスパと切り付けるレヴィアは相性が悪いと言わざるを得ない。

 向こうは完全にこちらを捕捉しており、くるりと身を翻しこちらへ突進を敢行している。フィールドの再展開は間に合いそうにない。

 クチナシが砲塔を旋回させる。

 その時だった。


「――『キャッチターゲット』ッ!」


 突如、釣り糸がレヴィアの体に絡みつく。


━━━━━

Tips

◇八裂のレヴィア

 〈怪魚の海溝〉に生息する大型の海棲原生生物。美しい鰭を広げ優雅に泳ぐ魚だが、平時においてその姿を見つけるのは非常に困難。澄んだ水を好み、周囲が濁り始めると怒りを覚えて活動的となる。その状態では額から伸びる刀のようなツノを無差別に振り回し、周囲の敵を切り刻む。


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