第1509話「釣りしようぜ」
「レッジさん、どうして突然釣りなんか。もうスキル持ってませんよね?」
険悪な雰囲気になっていたところに思わず口を挟んでしまった後、俺たちは〈スサノオ〉にある釣具店へ向かっていた。その道すがら、戸惑いの表情を浮かべたレティがそっと囁いてくる。
俺も一時期は〈釣り〉スキルを持っていたが、今は他のスキルに圧迫されて泣く泣く手放してしまった。現状、〈白鹿庵〉に釣りができる者はいない。
「それがいいんだよ。アンはさっき降り立ったばっかりの初心者だ。今から一緒に狩りに行きましょうと言っても、レティは味気ない思いをするし、彼女は退屈だろう」
まだ町から出たことすらないアンは、〈猛獣の森〉などの〈オノコロ高地〉第二域までしか進めない。しかも、第三域まで行こうとすればガッツリと戦闘をして、ボスを倒して、装備を整えて、とやることも多い。その割に、レティたちは一線で活躍できるレベルまで戦闘力も極まっているから、アンに合わせていると無理が出てくる。
そもそも、レティたちの力でアンのプレイを助けても、いわゆるキャリーという行為になる。それは初心者にしか味わえない楽しみを奪うことに他ならない。
「なるほど。だから全員初心者の釣りをしようってことか」
「俺はスキルこそ手放したが経験者ではあるからな。多少のガイドくらいはできるし、ちょうどいいだろ」
ラクトも納得してくれたところで釣具店に辿り着く。専門店とはいえ〈スサノオ〉にあるだけあって、スキルレベル0の初心者から使える道具も豊富に揃えている。
「釣り竿は一番安いウッドロッドでいい。釣り餌はこのペーストだな。クーラーボックスがあれば、品質の低下が抑えられるぞ」
「釣り竿一本10ビットって、不安になる安さですね……」
「初期の頃の懐事情を考えれば妥当なところだろ」
最新鋭の化学繊維なんかを使った釣り竿だと数百kビットするようなものもあるが、そんなものは〈釣り〉スキルレベル0で手を出せるものでもない。
「アンも好きなの選んでいいぞ」
「好きなのと言われても……。釣り竿の良し悪しなどわかりませんよ」
「デザインでいいさ。どうせ内部の数値はおんなじだ」
ウッドロッドというだけあって、その辺の木の棒に糸を括り付けただけのような原始的な竿だ。多少の個体差はあるが、道具としての性能はさほど変わらない。レティたちが次々選ぶのを見て観念したのか、アンも適当に手についた一本を購入した。
釣り場として選んだのは、
「あんまり意識してませんでしたが、こうして見ると釣り人も多いんですね」
「ここは釣り初心者が最初に来るところだからな。wikiにも5から10程度までのレベル上げに最適と書かれているし」
龍を一刀両断できるような剣士でも、いざ釣りを始めようと思えば川魚から手を出さなければならないというのがスキル性の面白いところだ。何事も、新しいことを始めるなら簡単なところからステップアップしていく他ない。
鯨を釣るにも、まずはメダカからなのだ。
「おじちゃーん、このへんにいっぱいいるよ!」
「よし。じゃあやってみるか」
シフォンが川縁から水面を覗き、ぴこんと耳を立てる。さすが初心者向けの釣り場といったところか、多少騒いだ程度では魚も動じず、悠然と尾を揺らしている。30センチほどの鮎っぽい魚で、塩焼きにしたら美味そうだ。
「とりあえずテント立てるから、みんなは適当に始めていいぞ」
今日用意するのは、初対面のアンがいるということもあり、一般的なポールテント。4本の足で立ち上がり、天幕が日差しを遮ってくれる。チェアやテーブルも出して、ゆったりとした釣りが楽しめる場を整えていく。
「な、なんですかこれは……」
「テントだよ。俺は〈野営〉っていうスキルを持っていてな。こういう時に役立つんだ」
テントを建てて驚かれるというのも新鮮で、物珍しげなアンに向かって胸を張る。レティたちは早速川辺に並んで釣り竿を差し向けていた。
「アン、このあたりにたくさん居ますよ。ちょっとやってみませんか」
「お嬢様……。ちょ、ちょっとだけですからね」
まだ頑なな態度は崩れていないが、アンも釣り竿を担いでレティの下へと向かう。
「むっふっふ。おそらくこの辺りが狙い目ですね。では……せぇええいっ!」
「お嬢様!?」
微笑ましい光景だと思って見ていると、突然凄まじい水飛沫があがる。アンの悲鳴が聞こえ、ラクトたちがわらわらと集まってくる。
「ちょっ、お嬢様!? そんな勢いよく竿を叩きつけてどうするんですか!」
「す、すみません……。ちょっと勢い余りました」
「勢い!?」
あれだけいた魚も蜘蛛の子を散らすように逃げてしまい、びしょびしょのレティとアンだけが残される。
レティの突然の所業に、アンは目を丸くして驚いていた。
「釣りというのは、正直全然わからなくて……」
「それは私もそうですけど。とりあえず糸だけ垂らせばいいんですよ」
「そうなんですか!?」
アンが手本を見せるように、釣り餌をつけた針を水面に投げる。ぽちゃんと小さな波紋を広げて落ちたそれに、すぐさま魚が寄ってくる。
「すごいじゃないですか! 釣りマスターですか?」
「そ、そういうわけでは……。ゲームですから、釣りやすくなってるんだと思いますよ」
「釣りって、こう、勢いよく重たいものを叩きつけて魚を浮かせるんじゃないんですね」
「ガチンコ漁は違法ですよ……」
さすがに嘘だろ、とレティの様子を窺うも、彼女はしごく真面目な顔をしている。一応、彼女と一緒に釣りに行ったこともあるはずなんだが。
アンの方も普段の彼女とは違うレティの姿に困惑を隠せていない。
「あ、ほら。魚がかかりましたよ」
「もうちょっと待って、完全に針を飲まないと……。あわわっ!?」
FPOにおける釣りは、魚が食いつくとゲージが出る。ランダムに動くポイントに合わせて竿を引くことで、糸が千切れたり針を離したりさせないように吊り上げるのだ。
急にゲームらしい要素が出てきたことでアンが慌てる。咄嗟にレティが彼女の竿を握り、体を支える。
「落ち着いてください。な、慣れたらいけるはずですから!」
「はひっ」
二人がかりで竿を動かす。景気良く経験値も入ってきているようで、魚と格闘している間に0.1刻みでスキルのレベルが上がっていっている。レベルが上がれば、激しく動いていたポインタも落ち着いてきて、やりやすくなってくる。
「せぇええいっ!」
ブチッ。
だが、あと少しで釣れそうだと思ったその時、レティが竿を無理に立てたことで糸がちぎれる。魚は慌てて逃げ出し、その場にレティとアンだけが残された。
「す、すみません……。あともう少しだと思ったら焦ってしまって」
「いえ、お嬢様は悪くありませんよ。ほら、も、もう一度できますよ」
しょんぼりと肩を落とすレティをアンが励ます。FPOは都合がいいところもあるので、糸が千切れても餌を付ければ自動的に針もついている。現実の釣りの楽しいところだけを抽出しているのだ。
「レッジー、見てみて、釣れたよ!」
「おお、第一号だな。早速焼いてみるか?」
仲睦まじい二人を見ていると、ラクトが大きな魚を持ってやってくる。ここにいる魚を塩焼きにするくらいなら、〈調理〉スキルもさほど求められない。料理用の設備はテントのアセットにある。
ラクトは早速焚き火の前に座り込み、魚を焼き始めた。
「お嬢様、お願いします!」
「行きますよ!」
アンとレティは二人で二投目を始めている。
ひとまず危機は去ったと感じて、俺は密かに胸を撫でおろすのだった。
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Tips
◇ウッドロッド
そのへんの木の棒に糸を付けた釣り竿。……釣り竿? 釣れるので釣り竿である。リールなどという高尚なものはない。己の力を信じ、力一杯振り下ろすのだ。
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