第1510話「同じ釜の飯」
〈始まりの草原〉で釣れる獲物は、ピスカーフィッシュという。ほとんど鮎と変わらない魚で、小川の側を歩いていれば、点々と三匹ほど固まって陰に潜んでいるのがすぐに分かる。警戒心も薄く、餌への食いつきもいいとあって、まさに初心者に打ってつけの魚だ。
「レッジ、そろそろいい具合じゃない?」
「まあ待て。あんまり急ぐと生焼けになるぞ」
そしてピスカーフィッシュは簡単に食べられるのも長所のひとつだ。専門的な調理設備や高い〈調理〉スキルを必要とせず、テントの設備と一時的に〈調理〉スキルレベルを10にできる“料理人のエプロン”があれば、誰でも塩焼きくらいはできる。
トーカやエイミーが続々と釣果をあげて、テントの前に置いた焚き火の周囲に串刺しにしたピスカーフィッシュが並んでいく。塩で鰭を飾った川魚は、じっくりと遠火で炙られ脂を滲ませている。
「とりゃーーいっ!」
「お見事です、お嬢様!」
ラクトと一緒に火の番をしていると、小川の方から威勢の良い声が聞こえてくる。見ればレティが竿を振り上げ、糸の先に銀に輝くピスカーフィッシュが踊っていた。その様子を隣で見守っていたアンが、頬を上気させてパチパチと手を叩く。
「慣れれば簡単なものですねぇ。このままだと鮎を絶滅させてしまうかもしれません」
「さすがお嬢様。素晴らしい手腕でした!」
「さあ、次はアンですよ。レティより大物が取れますか?」
鼻高々のレティにアンも絶好調だ。二人ともすっかり釣りにはまったようで、お互いに交代しながら針を投げ込んでいる。足元にあるクーラーボックスも、そろそろ満杯だろうに。
「レティ、アン。そろそろ腹ごしらえにしないか。そろそろ第一陣が焼けそうだ」
「む。そういえばお腹も空いて来ましたね。アン、いったん中断しましょうか」
「かしこまりました、お嬢様」
呼びかけると、レティが思い出したように腹の虫を鳴かせながら戻ってくる。クーラーボックスを抱えたアンも、すっかり緊張が解けた様子だ。
「見なさい。お嬢様の素晴らしい釣果を」
「おお、ずいぶん大漁だな」
「でもほとんどアンが釣ってなかった?」
クーラーボックスにぎっちりと詰まった銀色の魚が二人の釣果だ。30分も経っていないが、これだけ釣れると気持ちがいい。
俺の横から顔を出したラクトは、釣果のほとんどがアンのものであることを指摘する。スキル制限に余裕がなく〈釣り〉スキルのレベルが上げられないレティたちと違い、アンは自由にレベルを上げられる。そんなわけですでに〈釣り〉スキルレベルが8となったアンは、レティよりも効率よく安定して釣果を重ねることができていた。
「全てはお嬢様のおかげです。お嬢様の力を信じないのですか?」
「いや、そう言うわけじゃ……。アンがそう言うなら別にいいんだけどさ」
妙に迫力のある顔でにじり寄るアンに、ラクトも珍しく気圧された様子で頷く。
二人で仲良く釣りに興じているところからもよく分かるが、アンはレティのことを強く慕っている。こうして慣れないVRMMOの中にまで殴り込んできたのも、その絆ゆえのことなのだろう。
まあ、肝心の主人の方がどこまでそれを理解しているかという問題はあるが。
「んむー。美味しいですねぇ、このお魚。いくらでも食べられますよ!」
「ちょっとレティ! 私が釣ったものまで食べていませんか!?」
「レティがいっぱい釣ってあげてるんですから、細かいことはいいじゃないですか」
「そう言う問題ではないでしょう!」
焚き火の方ではレティとトーカが仲良く喧嘩している。レティが早速焼けたピンカーフィッシュを両手に持って頬張っており、その中にはトーカの釣ったものもあったらしい。
レティは相変わらずの食べっぷりで、あっという間に四尾を骨だけにする。
「お、お嬢様……」
その様子を見て愕然としているのはアンである。
彼女は抱えていたクーラーボックスを足元に落として、ぱちくりと目を瞬かせる。
「げっ、アン!? その、これはですね……」
「そんなにバクバクと。はしたないですよお嬢様! そもそも、お嬢様そんなにたくさん召し上がるとお腹を壊してしまいます」
「VRだから平気なんですよぉ」
レティが鮎を四匹食べたところでもはや何とも思わなくなって来ていたが、冷静に考えれば一匹でもかなり腹に溜まるものだ。そもそも彼女自身リアルだと少食の部類だと聞くし、それしか知らないアンにとっては驚愕の光景だろう。
良家の令嬢としても到底相応しいとは言えない食べっぷりは、使用人的に看過できないようで、むっと睨みつけている。さすがに身内の目の前で平時の爆食いを見せるのはレティとしても気が咎めるようで、少しやりづらそうだ。
「ほ、ほら、アンも食べてみてくださいよ。美味しいですよ」
「むぎゅっ」
追い詰められたレティは、勢いに任せて食べかけの焼き魚をアンの口に突っ込む。突然のことに驚きつつも、それをもぐもぐと咀嚼したアンは、毒気が抜けたかのように弛緩する。
「まあ、むぐ。お、美味しいですね……」
「そうでしょうそうでしょう。トーカが釣ったお魚ですからね」
「だから、なぜそれを貴女が食べているんですか」
ジト目のトーカをさらりと流し、レティは新しい串を手にとる。もっきゅもっきゅと口を動かして食べる様子を見せつけられると、トーカも呆れてため息を吐くしかできないようだった。
「レッジさん、どんどん焼いてください! 足りなくなったらまた釣りに行きますから!」
「はいよ。一応カレー粉とかも用意してるんだか」
「いいですねぇ。期待してますよ!」
そう言ってレティは再び釣り竿を担いで飛び出していく。
「ま、待ってくださいお嬢様!」
その背後をアンも慌てて追いかける。彼女は食べかけの串をしっかりと握っているあたり、焼き魚も気に入ってくれたのだろう。
「レッジ、何やってるの?」
「オリーブオイルとニンニクと鷹の爪で、アヒージョ風にしても美味いかと思ってな」
「へぇ、頭いいじゃん」
ラクトが持って来てくれた串を受け取りつつ、他の料理の用意も始める。
アンもFPOの楽しみを理解し始めてくれているようだしな。
「ふむ。これもなかなか美味ですの」
「そうだろうそうだろ、うぉわっ!? 光!?」
隣で当たり前のように焼き魚を食べている光。あまりにも自然な姿に一瞬スルーしかけて二度見する。金髪を緩やかに波打たせた小柄な少女は、自分よりも遥かに大きく分厚い特大盾を地面に突き刺してちょこんと腰掛けていた。
「なんで〈紅楓楼〉がここにいるんだ?」
テントでくつろいでいるのは光だけではない。着流しの浪人風の青年カエデや、リュックを足元に置いたモミジ。それに何やら張り切ってるフゥまで。
「いやぁ、急に光が草原に行きたいって言い出してな」
「何かと思ったら偶然テントが見えたので」
「料理するなら私に任せてよ!」
実家のような緊張感のなさで馴染む〈紅楓楼〉の面々。いったいいつの間にやって来たのか……。
「ふふっ。レティちゃんも元気そうで良かったですの」
川辺で盛大な水飛沫を打ち上げているレティを遠目から眺め、光は微笑ましそうに言う。
「レティに何か用があるのか?」
「いいえ。ちょっと偶然通りがかっただけですの」
レティを呼び寄せようかとも思ったが、光は薄く笑みを浮かべるだけで魚を食べる。
まあ、カエデはともかく野外調理の専門家であるフゥが来てくれたのはありがたい。料理人のエプロンだけでは、手の込んだ料理は作れないからな。
早速中華鍋を温め始めるフゥに後を託すことにして、俺もせっかくだから久しぶりに釣りを楽しむとしよう。
「レッジさーん、40センチ越えの大物が――げぇっ!? おか、光さん!?」
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Tips
◇ピンカーフィッシュ
〈始まりの草原〉の小川に生息する小型の魚類。穏やかな気性で、数匹の群れで生活している。エサにも積極的に食らいつき、また警戒心も薄いので初心者でも釣りやすい。
塩を振って焼くだけでも美味い。
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(設定ブレてたら申し訳ないですが、レッジは光の素性を知らないことにします)
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