第1507話「熱烈な大歓迎」

 アンの乗り込んだ大気圏突入ポッドは、規定通りの軌道を描いてイザナミ地表へと近づく。徐々に鮮明になる景色のなか、広大な草原の中央に黒鉄の巨大都市が現れた。いかにも近未来風といった無骨なデザインのビル群が並び立ち、薄暗い路地には怪しげなネオンが煌いている。

 ちょうど現地時間は夜。にも関わらず通りには露店が立ち並び、多くの調査開拓員たちが肩を擦るように行き交っている。そんな活気に溢れた様子を見下ろしながら、アンはいよいよ町の中心部にあるポッド着陸場へと降り立つ。


「お、おお……。なるほど、グラフィックは流石ですね」


 それくらいは認めてやらないこともない、とばかりに彼女は溢す。キョロキョロと周囲を見渡して、いかにも都会へ出てきたばかりのお上りさんといった様子ではあるが、そもそも周囲のポッドから出てきた新米調査開拓員は総じて同じような顔をしているため、ほとんど気にもされない。


「さて、あとはお嬢様と合流するだけですが……」


 FPOはキャラクターの頭上にビルボードが表示されるなどという生やさしいシステムは採用していない。プレイヤー同士はフレンドカードと呼ばれる名刺のようなものを交換しなければお互いの名前さえ分からないのだ。

 そもそも、現在のアンはタイプ-ヒューマノイドのスケルトン機体。初期装備も着けておらず、恥ずかしさすら感じるほどの素裸である。どう動くべきかと悩むアンの手首が震え、そこに装着された三種の神器のひとつ八咫鏡がチュートリアルガイドを表示させた。


「とりあえずスキンを付けて、装備を着ましょうか」


 ポッド着地場のそばにスキンショップがある。そこに入れば、このロボロボした外見に薄い膜を張り、人間らしい外見を獲得できる。チュートリアルガイドを丹念に読み込んでそれを理解したアンは、早速建物の中へと入っていった。


「――よし、こんなものでしょう」


 数分後、さほど時間もかけずに出てきたアンは亜麻色の髪をポニーテールにした若い少女の姿になっていた。幼さの残る丸顔も、白いシンプルな衣服を盛り上げる胸も、全て現実とほとんど相違ない。そもそも、初期設定のところからVRシェルに取り込んだ外見データをある程度デフォルメしたものを選べたのだから、それを選択しない意味もないという判断だった。

 アンがスキンと共に着用しているのは“ハイクオリティベーシック”装備シリーズという特別な装備だ。新規入植者支援キャンペーンの一環で配布されているもので、元々の“ベーシック”装備シリーズよりも更に性能が上がっており、〈猛獣の森〉や〈水蛇の湖沼〉のあたりまでならストレートに進めるほどの力を持っている。

 そんなことを全く知らないアンからすれば、いささかシンプルすぎるデザインに白けた顔になるのだが。


「おや、お嬢様から……」


 八咫鏡がメッセージの受信を知らせる。VRシェルに設定されたメールアドレス宛に送られたものだ。送り主は清麗院茜。杏奈の主であり、この世界においてはレティという名で活動している少女である。

 内容は問題なくログインできたかという確認と、合流地点の座標であった。

 やはりお嬢様は気配りができる。

 アンは少し誇らしい気持ちになりながら、座標を町の地図と照らし合わせる。そして示されたのは、中央制御区域中央制御塔正面という場所だった。中央制御区域に関しては問題ない。彼女は立っている場所がすでにその範囲内である。制御塔というのは、町の中心に立っている巨大な白銀の塔のことだろう。あそこに向かえば良いというのは、土地勘のないアンでも容易であった。

 待ち合わせ場所としては定番なのか、アンが現地に到着するとそれ以外にも多くの調査開拓員が人待ち顔で立っている。ベンチなども整備されていて、往来も活発だった。

 アンは主がいつどこから現れても良いように、と気を張る。そんな彼女に声がかかったのは、程なくしてのことだった。


「お待たせしました! ちゃんとログインできたみたいですね」

「お嬢さ――」


 背後から近づく声に振り返りかけ、アンは眉を寄せる。彼女は防具と共に装備していたベーシックソードを引き抜こうとして、街中の装備制限によって引き抜けないことを知ると、即座に鞘ごと取って突き出す。


「誰だ」

「ひぃっ!?」


 低い声で誰何する。

 目の前に立つのは、確かに事前に聞いていた通り赤髪のタイプ-ライカンスロープであった。黒鉄の鎧を纏い、ハンマーを持ち、赤い瞳をしている。顔立ちも主人にそっくりだ。

 だからこそ、違和感が際立つ。


「お嬢様の名を騙るとは無礼千万。相応の報いを受ける覚悟はあるのでしょうね」

「あ、いや、その……。私はLettyといって――」

「その程度の変装で私の目を誤魔化せるとでも?」


 青い顔で両手を上げる不埒者。アンは更に殺気を露わにして鞘付きの剣を喉元に繰り出す。ひっ、と小さな悲鳴を上げる女の胸が、ぽよんと揺れた。


「お嬢様の胸はそんなに大きくはない! あの方はFPOのアバターでも、多少盛って――」

「ウワーーーーーーッ!!!!」


 堂々と語るアンに、勢いよく飛びかかる赤い影。口を封じられながら、アンは驚き振り返る。


「な、何を変なこと言ってるんですか! レティはリアルそのままの精巧なサイズで機体作ってますけど!?」

「お嬢様ひょうはま!」


 現れたのは不埒者と似ても似付かぬ高貴さを醸し出すタイプ-ライカンスロープの女性。ハンマーを持ち、だらだらと冷や汗を垂らしながらアンの両頬をがっちりと掴んでいる。

 現実とはかなり外見も異なるが、その程度で看破できないはずもない。アンの目には、敬愛する主人の姿がありありと映っていた。


「うぅぅ……。ちょっと驚かせようと思っただけなのに……」

「む。まだ居ましたか、不埒者」

「不埒者じゃないですよ。Lettyはレティのお友達です」

「お嬢様!?」

「レティさん!」


 げっそりとした顔をするLettyを、じろりと睨むアン。レティが慌てて間に入ると、二人は対照的な反応を見せる。

 三人が顔を見合わせているところへ、遅れて〈白鹿庵〉の面々もやってくる。事前にレティからリアルの友人がFPOを始めたと聞いて、歓迎の準備を進めていたのだ。


「ねえ、レティ。ソレでリアルより盛ってるって」

「あーあーー! 何も聞こえませんねぇ!」

「ふふっ。あんまり体いじると動きにくいわよぉ」

「余計なお世話です!」


 青髪のタイプ-フェアリーや、長身のタイプ-ゴーレムが、気安い様子でレティを笑う。アンはムッとして注意しようとするが、レティが和やかな様子でそれに反応するのを見て口を閉じた。


「お嬢様……」


 まだFPOを始めて30分と経っていない。ここでの主人を見るのは初めてのこと。

 それでも、現実の楚々とした印象とはずいぶんと違う。ここでの彼女は、まるで――年相応の少女のようだ。


「あなた、あの時のメイドさんよね?」

「ようこそイザナミへ」


 周囲に聞こえないように注意しつつ、〈白鹿庵〉の仲間たちがアンに囁く。彼女たちもオフ会を通じて、アンの中の人については知っていた。にこやかに笑みを浮かべて、彼女の入植を歓迎する。

 アンは自分が少し意固地になっていたのを自覚した。

 ここでは、お嬢様は清麗院茜ではなく、レティなのだと理解した。


「色々歓迎会の準備もしてるんですよ。早速行きましょう」


 アンの手を握り、笑うレティ。

 リアルでは公衆の面前で側仕えの手を握るなど、まずあり得ない。


「お、お嬢様」

「ふふっ。そんなに戸惑わなくていいですよ」


 それなのに、変わらぬ笑顔と優しさで。

 アンの心を締め付けていたものが、少しずつ解けていくような気がした。


「おっ、噂のメイドさんだな。こんにちは、俺が――」

「出たな、女の敵!」

「グワーーーッ!?」


 直後、人混みの中から現れた男。その姿を認めた瞬間、アンの血流が燃え上がる。軽やかに地面を蹴って飛び上がった彼女は、そのままの勢いで男を蹴る。お嬢様のファーストキスを奪った悪漢は、正義の名の下に成敗されたのだった。


━━━━━

Tips

◇ハイクオリティベーシック装備シリーズ

 〈タカマガハラ〉によって新たに選定された、新規に入植する調査開拓員に向けて支給される基礎装備品。シンプルなデザインはそのままに、素材がより高機能なものへと刷新され、過酷な戦闘にも耐えるように改良が施されている。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る