第1506話「未知の星へ」

『FrontierPlanetの世界へようこそ』

『現在あなたが搭乗している開拓司令船アマテラスは、辺境惑星イザナミの静止軌道上に停泊しています』

『これから簡単なオリエンテーションを行った後、地上降下ポッドにて地上前衛拠点スサノオ-001へ移動して頂きます』

『それでは、まず最初にあなたのパーソナルデータを入力してください』


 そこは真っ白な艦橋だった。恐ろしく無機質で、音のひとつもしない寂しい場所だ。

 壁も床も天井も、見える範囲全てが白い金属で構成されている。壁際にはいかにもな物々しいコンソールの類がいくつも並んでいて、操る人もいないのに目まぐるしく動き回っている。

 大きく開かれた窓の外に広がるのは、不安になるほどに広大な宇宙。真下には地球にも似た青々とした海を湛える巨大な星がある。

 私は艦橋に並ぶ無数の睡眠装置の中で目を覚ました。

 ここは、FrontierPlanetというVRMMORPGの世界だ。


「まずは名前、でしたっけ」


 覚醒と同時に聞こえた無機質な声に従って、私は目の前に浮かび上がった半透明のディスプレイに触れる。


「杏奈……。本名はダメってお嬢様に言われてましたね。じゃあ……アンにしましょうか」


 こういうものは明瞭性を重視する方がいいだろう。こちらでお嬢様と合流する際も、この方が分かりやすいはず。そもそも、ある程度体験して、やはりお嬢様にとって悪影響を与える環境だと判断すれば、すぐにアカウントごと消去するのだから。

 入力して確定すると、ディスプレイは次の画面へと遷移する。名前とは別に個人IDがそれぞれのプレイヤーに付与されているらしく、同名のプレイヤーが複数いても支障はないらしい。


「次は機体のタイプですか。……なんですか、これは?」


 こういったゲームの類を全く触ってこなかったツケが、こんなところで回ってくるとは。機体のタイプと言われても、ロボットにそこまで興味はない。とりあえずウィンドウに表示されたものを軽く見てみないことには、判断もつかない。

 どうやら、このゲームにおいてプレイヤーは辺境惑星イザナミの調査開拓を任された自立行動型機械人形という設定らしい。自立行動型うんぬんなんて長ったらしい。ロボットでいいじゃないの。

 いわゆる人間はいないのか、ウィンドウには四種類のロボットの3Dモデルが表示されている。

 一番平均的な性能で、銀色のデッサン人形みたいな外見をした、タイプ-ヒューマノイド。

 獣のような耳や尻尾を持ち、感覚器に優れる、タイプ-ライカンスロープ。

 小柄で、アーツという特殊技能に秀でた、タイプ-フェアリー。

 大柄で、力強くタフな、タイプ-ゴーレム。


「よく分かりませんね……」


 ヒューマノイドが一番オーソドックスなのだろうか。ライカンスロープはなんかあざといし、フェアリーは小さい。逆にゴーレムは大きい。そもそもどれもこれもロボロボしていて、全然可愛くない。

 でもお嬢様のゲーム内の姿はもっと人間らしかったような……。


「ふむ? なるほど、スキンというものを使えば人間らしくなれるんですね」


 ウィンドウの片隅にヘルプボタンがあるのに気づき、補足の説明を発見した。最初はロボロボしていても、後々人間らしくなれるらしい。


「って、何を楽しもうとしてるんですか。さっさと始めてさっさと終えるんですから」


 各種ロボットの説明を熟読している自分に気が付いて、慌てて意識を戻す。私はあくまでお嬢様を連れ戻すためにゲームにログインするのだから。

 わざわざ悩むこともない。私はタイプ-ヒューマノイドを選択する。

 VRシェルに登録された身体測定データが反映され、自分の身長や体格に合わせた人形ができる。ここから更に自分で微調整もできるらしい。お嬢様は胸を盛っていたけど、まあそれをわざわざ指摘するほどではない。特に誤差修正などもせず、機体を確定すると、また別の選択画面へ遷移した。


「さて、次は……。初期装備ですか」


 次なる選択画面は、ゲームを始めるにあたって配布されるアイテムのようだ。

 なんでもできるとお嬢様はセールスポイントをあげていたけれど、着の身着のまま荒野に放り出されても途方に暮れる。そんなわけで、大まかなプレイスタイルに合わせた初期物資が与えられるらしい。

 しかも、今は新規入植者支援キャンペーンというものが実施されており、初期装備が通常より豪華になっているのだとか。


「ウォーリアパック、メイジパック、クラフターパック……。うーん、正直どれでもいいんですが」


 いくつか並ぶパックの内容を見て首を捻る。

 お嬢様を説得して帰るだけのゲームだ。何を選んでも究極的には変わらない。惑星イザナミへ降りて、何がしたいというわけでもない。開発者には悪いけど、私のモチベーションは皆無に等しい。


「ふむ? サバイバーパック……。なんですかこれは」


 スクロールした選択肢の一番最後にあったサバイバーパックが目に留まる。リュック、ランタン、携帯コンロといかにもキャンプ用品といったアイテムが入っているらしいけれど、その下に細かな字で一定範囲内のランダムなフィールドに不時着すると書いてある。

 とんだトラップアイテムだ。とはいえしっかり注意事項も書かれているし、これを選ぶのはよっぽどの物好きか注意力散漫な阿呆だけだろう。とにかく、このサバイバーパックは論外。選ぶはずがない。


「ここは無難にウォーリアパックですかね」


 結局一番上にあったものを選んで、確定。

 これにて全ての初期設定が終わったようで、無機質なアナウンスが再び行われる。


『全てのパーソナルデータの記入を確認しました。ようこそアン。あなたのイザナミ計画惑星調査開拓団参加を歓迎します』


 そりゃどうも。まあ、半日くらいで脱退させていただきますが。


『地上降下ポッドの準備は三分後に完了します。ポッドに搭乗し、固定ベルトを装着してください』


 声に促され、私は艦橋の中央に鎮座する巨大なカプセルの中に入る。

 シートとレバー、あとはベルトだけが備えられた簡素な内装だ。こんなもので大気圏突入を敢行するとは、あまりにもリアリティがない。


『ポッド射出準備完了』


 間もなくポッドが動き出し、眼下に巨大な青い星が現れる。あれがこのゲームの舞台、惑星イザナミというものらしい。なるほど、最新のVRMMOというだけあって、グラフィックは素晴らしい。


「ちょ、ちょっと高いですね……」


 現実ではないと分かっていても足がすくむ。じんわりと手汗が滲んだような気がするけれど、機械の体だからか冷たく乾いているままだ。ごくり、と鳴らす喉もない。


『地上降下ポッド射出まであと十秒。――あと五秒。――アン、あなたの健闘を祈ります』


 無機質な声に送られ、ポッドは勢いよく投下された。 艦橋から、宇宙空間へ。

 そして大気圏を貫通して、イザナミの広い空へ。


「ひぇええええええええええっ!?」


 左右を見れば、同じように次々と宇宙へ投げ出されるポッド。ブースターを吹かして、自由落下よりも速い速度で星へ近づいていく。私の乗っているポッドも細かく振動しながら、勢いよく落ちる。地表がみるみる近づいてくる。


「ひっ――」


 そして私は、荒々しく惑星イザナミへの入植を果たした。


━━━━━

Tips

◇ウォーリアーパック

 自らの手で道を切り開く戦士を志す調査開拓員へ与えられる支援物資。十級LP回復アンプル10本、ベーシックバンデージ10個、ウェポンブースター3個、ハイクオリティベーシックラウンドシールド1個が入っている。


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