第1502話「目覚めのキッス」
音とは防御不能、回避不能の攻撃である。文字通りの音速で迫り、目にも見えない。耳に聞こえたその瞬間に、攻撃は到達している。そしてなにより、通常よりも感覚器の性能に優れたタイプ-ライカンスロープのレティとシフォンにこそ、その攻撃は鋭く突き刺さった。
至近距離で炸裂した音の爆弾が、見えない爆炎を噴き上げる。広がった衝撃に巻き込まれ、レティたちは空を舞う。頭がグラグラと揺れ、意識が途絶しそうなほどの衝撃だ。レティは奥歯を噛み締めて耐えながら、身を捻ってなんとか着地する。
「シフォン、大丈夫ですか」
「はえあへあ……」
レティはジンジンと疼痛を訴える耳を押さえながら、傍らに倒れるシフォンの様子を窺う。完璧な不意打ちにより、さすがの彼女も受け流すことはできず目を回していた。レティが意識を保っているのは、奇跡的な結果だ。
「乱暴なことをしますね、アイさん」
震えそうな膝を押さえ、睨みつける。レティの視線の先に青い大戦旗がはためいていた。ローズピンクの髪を風になびかせ、威風堂々と立ちはだかる少女。一瞬、その瞳が悲しげな色を見せた。
「諦めてください、レティ。あなたではもう、私に追いつけません」
「それはまだ分からないでしょう。何をもう、既に勝った気になっているんですか」
怒りすら覚えるレティは、彼我の状況を改める。アイもまだ、レッジには辿り着いていない。巨人オロチは大暴れし、例え足元まで近づいたとて登るにはかなりの時間がかかるだろう。そうなれば、脚力に自信のあるレティに分がある。
それとも何か、自分が見落としていることがあるのか。
レティが眉を寄せたその時。一時的な麻痺から立ち直りはじめた聴覚が、上空のけたたましいローター音を捉える。
「まさか、ヘリを呼んだんですか!?」
「お金はこう言う時に使うんですよ。レティさんがいくら頑張ったとしても、ヘリには敵わないでしょう」
霧森の向こうから高速で飛来する大型ヘリ。ネクストワイルドホースの実況用ヘリではない。騎士団の紋章が描かれたプライベートヘリだ。それは骨塚に近づくと共に側面のドアを開き、機内から長い縄梯子を垂らし始める。
アイがそれを掴み、一気に上昇すれば。レティは追いつくこともできなくなる。
「くっ、させませんよ!」
「もう勝ちは変わりません!」
アイがヘリの縄梯子を掴めば勝ち目はなくなる。逆に言えば、その前にアイを下せば、レティは面倒な登攀を飛ばしてレッジの元へ向かえる。そんな考えを一瞬で弾き出し、レティはハンマーを構えて襲いかかる。アイもまた、予見していたように応じる。
「シフォン、加勢を!」
「いや、正直どっちでもいいし……」
「シフォン!?」
シフォンは全く興味がないといった様子で後ろへ下がる。レティと無益な争いをしたくないがために停戦した彼女だが、誰がレッジの元へ向かうかなどはどうでもいい。
レティは信じられないと目を丸くしているが、そこへアイのレイピアが鋭く迫る。
「はぁあああっ!」
「ふぉあっ!? くっ、このっ、『クラッシュスタンプ』ッ!」
「『エアリアルステップ』『生々流転』『ラッシュスラッシュ』ッ!」
「ふぉおおおっ!?」
レティが一つ攻撃を繰り出すたび、アイは3倍の連撃を返す。速度特化型の軽装戦士でもあるアイの連撃は、軽量で扱いやすいレイピアの真価を存分に発揮していた。耳もとでビュンビュンと風を切る音がして、レティは悲鳴をあげながらのけぞる。
これまでの相手とはまた違う。あらゆる戦闘に慣れた動きだ。全くもって隙がない。
「『ノイジーソングス』」
「うひゃああ!?」
更に厄介なことに、アイは剣戟の合間に声を差し込む。聴覚の鋭いレティにとっては、それが最も致命的でさえあった。意味の見出せない騒音がまとわりつき、集中力を掻き乱す。動きが崩れたところへ、容赦なくレイピアが突き込まれる。
「『クレセントムーンスラッシュ』ッ!」
「きゃああっ!?」
『っ! レティ!』
追い込まれたレティの僅かな隙を逃さぬ一撃。レティとウェイドを繋いでいたケーブルがすっぱりと切られた。
無限のLP供給を失い、レティは大幅に弱体化する。
「すみまん、ウェイド。少し待っていてください」
『くっ、倒れないでくださいよ!』
ケーブルが切れてしまえば、レティがウェイドを背負う理由もなくなる。ただの錘になってしまったウェイドを地面に下ろし、レティは特大ハンマーへと切り替える。
レイピアを構えたアイと、ハンマーを掲げたレティ。二人は真剣な表情で対峙する。
「アイさん。――レッジさんの事が好きですか?」
見つめ合いながら、レティは率直な問いを投げかけた。
アイは頬を少し赤らめながらも、視線を外さず、真剣な表情で、
「はい」
はっきりと答えた。
物怖じしない、誤魔化しもしない。レッジのリアルの姿を知った上で、彼女はそう言った。遠くの方で歓声が上がる。アイに率いられてやって来た〈大鷲の騎士団〉の団員たちがはしゃいでいるようだ。
「レティさんは」
アイが代わりに問う。
「好きです。レッジさんのことが」
敬意を示し、堂々と答える。
お互いの名乗りは終えた。お互いに譲るつもりはない。いささかも。
ならばあとは、正々堂々と戦い、決するのみである。
「――疾ッ」
「破ッ――!」
二人は同時に動き出す。骨片を踏み締め。
離れていた両者が再び重なり、火花を散らす。
「『
「『
レイピアとハンマーが激突する中、テクニックの応酬も繰り広げられる。アイが対象を強く畏怖させる威圧を行えば、レティも精神を頑強にして応じた。
「咬砕流――」
「『ジャミングビート』ッ!」
レティが“発声”を始めた瞬間、アイがそれを妨害する声を発する。不協和音が鳴り響き、“発声”が無効化される。初めて目にする対人専用テクニックに、レティは思わず目を剥いた。
「遅い!」
「くっ、この――!」
一瞬の隙を与えた途端、アイのレイピアが懐へ潜り込む。苦しい体勢で強引に回避しながら、レティはハンマーを振る。狙いの甘い破れかぶれの攻撃だが、特大武器ゆえの射程の広さはアイに回避を強要させる。
「『グランドシェイク』ッ!」
「『エアリアルステップ』ッ!」
ハンマーを地面に叩きつけ、周囲を揺らす。アイは空中へと逃げる。それこそがレティの狙いだ。
「『インパクトスナップ』ッ!」
「『パリィスラッシュ』ッ!」
空中に躍り出た妖精を狙い撃つ一撃。だが、アイは器用にレイピアを振り翳し、巨大なハンマーの衝撃を中和する。シフォンのパリィにも匹敵する精度。それをこの土壇場で繰り出したことに驚愕さえ覚えた。
「『一閃』ッ!」
「ぬぐぁっ!?」
更に、アイは足掛かりがなく無防備な空中にも関わらず、抜刀術による強制移動によって距離を詰める。明らかに戦い慣れている。タイプ-フェアリーの体格に、動きが最適化されている。
それでも――。
「負けませんっ!」
首筋へ迫る鋭い切先を、レティは左腕で受ける。
「なっ!?」
被弾による弱点への被弾の回避。理屈では成り立つが、実際に行動に移せる者は少ない。それを成し遂げたレティに、アイも驚く。
「うぉおおおおっ!」
しかもレティは拳を握り、人口筋繊維を収縮させることでレイピアの刃を掴む。そのまま身を捻り、アイを地面へと叩きつけた。勢いで刃が抜け、青い血しぶきが周囲に広がる。
「レティ!」
シフォンが悲鳴をあげる。
だが、レティにもアイにも、その声は届いていない。
二人だけの世界。二人だけの戦場で争っている。熾烈に、競い合っている。
「その腕で――!」
「ふぅぅああああっ!」
レイピアが煌めく。繰り出されたのはシンプルな突撃。レティの心臓を狙った一撃。
それを避けながら、レティは驚くべき行動に出る。
「ぁがぶっ!」
「ぎっ――!?」
伸び切ったアイの右腕。その柔らかな二の腕に牙を突き立てた。
タイプ-ライカンスロープの歯は、モデル-ラビットも鋭い犬歯が付いている。その切先が、アイのスキンを突き破り人口筋繊維に深々と刺さった。左腕を負傷したことで特大武器であるハンマーは持てなくなった。代わりの武器が、歯であった。
「な、にを――ッ!」
「ふぎぃぃいいっ!」
噛みちぎらんという勢いで首を動かすレティ。アイは苦悶の表情を浮かべながら、引き剥がそうと腕を伸ばす。レティの口元が青く塗れ、血が滴り落ちる。
「ら、『ラインスラッシュ』ッ!」
レイピアの斬撃が、レティの胸を裂く。それでも、彼女は顎を開かない。
お互いに大量の出血を続けながら、意地を張り合う。
「はぐっ、ふぎぃ、ぎぎぎぎっ!」
「ふににいいいいっ!」
もはや言語を紡ぐ余裕すらない。レイピアが手から落ちる。アイの手が、レティの長い耳を掴んだ。
「離してください!」
「むぎぎぎぎっ!」
二の腕に噛み付くウサギ。ウサギの耳を引っ張る妖精。
地面に倒れ、もつれるようにして暴れる。あまりにも泥臭い戦いだった。だが、あまりにも美しい光景だった。純粋な精神と精神がぶつかり合い、お互いを磨いている。
ヘリが近づいてくる。
「副団長! こっちへ!」
上空から騎士団員が叫ぶ。
だが、アイは動けない。レティがその体にしがみ付き、動きを封じている。そして逆に、レティが縄梯子へと手を伸ばそうとしている。
「レティが乗っても、ヘリは飛びませんよ!」
「だったらヘリのパイロットを蹴り落として自分で操縦します!」
「ウチのヘリです!」
「関係ないです!」
お互いに押し合い圧し合い。レティは隙あらばアイに噛みつき、アイもまた肘や足で押し出そうとする。
『レティ、掴まってください!』
縄梯子に取り付いたのは、ウェイドだった。彼女はシフォンの背中を借りてピョンと跳躍し、縄梯子に掴まる。そこから手を伸ばし、レティへ。その手を、アイも掴もうとする。
「アイさんよりレティの方がレッジさんとの付き合いは長いんですけど!」
「そういうの関係ないですから! スタイルで言ったら私の方が相性いいんですよ!」
「れ、レティも相性抜群ですけど!? 勝手なこと言わないでください!」
「
「めちゃめちゃ恣意的じゃないですか!」
もはや口論とも言えないような言葉を繰り返しながら、二人は揺れる縄梯子へ。
「「掴んだっ!」」
両者が同時に、ウェイドの手を掴む。
『ちょっ、二人は――』
タイプ-ライカンスロープとタイプ-フェアリー。二人分の重量が管理者に集中する。幸か不幸か、特別な管理者機体はそれに耐えた。
「飛びますよ!」
もはや猶予はないと悟ったヘリ操縦士が、強引に高度をあげる。向かう先はオロチの首。だが、そこへ向かうまでには八本の龍の首を掻い潜らねばならない。
『ゴァアアアアッ!』
怒りの声をあげながら迫る、巨大な黒龍。
「うるさいです!」
「邪魔しないでくださいッ!」
『ブルゴァアアアッ!?』
だが、更なる怒りを帯びたレティとアイによって一蹴。ヘリは高く飛ぶ。
「レッジさん!」
「今行きますっ!」
頭のない巨人。その首に埋まるようにして上半身だけを露わにした男がいる。目を閉じてこんこんと眠り続けている男。彼に向かって、二人は一斉に飛び降りる。
「レッジさん!」
「む、むむ、むちゅーーー」
飛び出したのは、ほぼ同時。
レティは覚悟を決め、唇を突き出す。
そして――。
「――ッ!」
少女の唇が触れる。
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Tips
◇秘匿された通信
B:深き深淵の闇にて蠢く黒き力の胎動が始まるなかに、白き末裔が一雫の慈愛を落とせば、そこに大いなる歴史の光が差し込むだろう。賛美の歌が雲の合間より降り注ぎ、我らはついに真なる段階へと引き上げられる。分断されし両軍は再び歩み寄る。集し御子らが歌う詩は、黒の書に示された通り。全ては龍の御心のままに動くだろう。
T:なんじゃって?
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