第1501話「支配戦略均衡」

「とりゃああああいっ!」

「はええんっ!?」


 短剣が砕け、シフォンが悲鳴を上げる。だが、ハンマーを繰り出したレティもまた苦い顔をしている。

 〈白鹿庵〉で誰が最強かと問われれば、その答えはさまざまだろう。だが、誰が一番しぶといかと問われれば、一人に収束する。バンド最年少ながら、“消魂”という厄介なデバフを常に受けつつも平然として、どれほどの乱戦に放り込まれてもけろりとして最後まで立っている。タイプ-ライカンスロープ、モデル-ヨーコ。その先駆けとしても知られる少女シフォンである。


「このっ! ほんと、全然当たりませんね!」

「当たったら死ぬでしょ!?」


 レティが速度特化の爆雷鎚に取り換えて、次々と目にも止まらぬ連撃を繰り出す。しかし、シフォンは手にした氷の短剣や岩のハンマーなどでそれを受け止め、対消滅させるように衝撃を殺していた。

 シフォンは実際のところ、レティとよく似ている。両者ともに理論的な思考の介在しない、天性のセンスとでも言うべきものに従って戦っている。レティのセンスが激しい猛攻の姿勢ならば、シフォンは滑らかな堅守の姿勢と言えるだろう。耐久値を気にする必要のないアーツ製の武器を瞬時に生み出し、破壊を代償に相手からの攻撃を受け流す。瞬間的なジャストパリィを安定して決め続け、攻撃を凌ぎ続ける。


「はえええんっ!」

「ふぉおっ!?」


 しかも、少しでも油断すれば即座に反撃が飛んでくる。レティは頬を掠める短剣に悲鳴を上げながら仰け反った。

 例え孤立無援、四面楚歌の窮地に陥っても、シフォンだけは無傷で難所を切り抜けるだろう。可愛らしい悲鳴とは裏腹に、その動きは鋭く鮮やかだ。


「よし、シフォン! 交渉しましょう」

「はえ?」

「レティはただ、レッジさんの所へ行きたいだけ。シフォンを倒したいわけじゃないんです。ですので、ここはちょっと目を瞑ってもらって――ふぉおあっ!?」


 言い終わるまえにブオンと風を切って大鉈が振るわれる。地面に当たって砕けた機術武器から手を離し、新たな武器を生成しながらシフォンは毅然として首を振る。


「申し訳ないけど、その提案には乗れないよ。ワダツミたちに頼まれちゃったし」

「しかし――」

「それに、おじちゃんは一回殴られた方がいいかなって」


 身内がFPOに多大な迷惑をかけているという現状は、姪であるシフォンとしても複雑な心境だ。イベントの中に取り込まれるのはまだ分かるが、今の状況はあまり嬉しくない。


『殴るのなら私に任せてください! いくらでも殴ってみせますよ!』


 レティの側にいたウェイドが張り切って手を挙げる。彼女の目的はレッジの顔面を凹ませることである。志望動機を伝える就活生のようにハキハキとした言葉に、シフォンは思わず苦笑いした。


「ウェイドもちょっと頭を冷やした方がいいよ。今でもリソースの消費が大変なんじゃない?」

『うぐっ、こ、これは必要経費というもので……』


 クリティカルに痛いところを突かれ、管理者はたじろぐ。彼女とて目を背け続けていただけで、リソースの収支がまずいことになっているのは知っている。そもそも、ワダツミたちからリアルタイムにメッセージが飛んできているのだ。


「とにかく、今のレティとウェイドを通すわけにはいかないの。おじちゃんは、まあワダツミたちがなんとかしてくれるだろうし」

「そんなこと言ってる場合なんですか? レッジさんがこのまま取り込まれちゃったら……」

「おじちゃんがこの程度で終わるはずないと思うけど」


 シフォンはレッジを信頼していた。外から呼びかけることがなくとも、自ら目を覚ますと。だからこそ、ワダツミの依頼を聞き入れてここに立っているのだ。

 レティは考える。ここでシフォンを討つことができるだろうか。確率としては五分五分だろう。その上で、多大な時間がかかる。その間に他のライバルたちに出し抜かれてしまう可能性すらある。どうにかして説得するのが、一番の近道だろう。


「し、シフォン。お稲荷さん食べませんか? 後でいくらでも奢ってあげますよ?」

「わたしのことT-1だと思ってない!? 狐だからって稲荷寿司が大好きってわけじゃないんだけど」

「くっ……」


 万事休すか、そう思われたその時だった。


『ゴォォオオオオオオッ!』

「ほああっ!?」

「はえんっ!?」


 こちらを忘れるな、とばかりに八頭の龍が飛び込んでくる。レティとシフォンは辛くもそれを避けつつも、状況が逼迫していることを思い出した。


「とにかく、T-1はレッジさんとキスしろと言ってるんです! そちらに従うべきでは!」

「管理者が揃って対策を考えてくれてるんだよ。もっといい方法が――」

「いつになったらそれが分かるんですか!」


 地面を削るようにして襲いかかってくる龍を迎え撃ちながら、レティとシフォンは叫び合う。轟音が耳元で鳴り、声を張り上げなければ聞こえない。

 暴れ回る“無尽のオロチ”は更に力を増しているようにも見えた。


「あれをなんとかしないことには、何も始まりませんよ!」

「ぬう、う……。と、とりあえずあの龍をなんとかする! その後のことは、その時考える!」

「いいですね。それでこそシフォンです!」

「どゆこと!?」


 仲間内で争っている場合ではない。

 レティとシフォンは一時休戦を選び、共通の敵へと向き直る。ハンマーと短剣が繰り出される。


「――『サウンドボム』」

「ぴぎっ!?」


 その時、音が周囲を薙ぎ払った。


━━━━━

Tips

◇スペルカード

 アーツの術式を封入したカード型のアイテム。手の中で割ることによって、事前に記述したアーツが実行される。詠唱の長いアーツを即時実行する際などに便利。


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