第1500話「搗ち落とす」

 トーカを下したのも束の間、レティとウェイドの前に新たな敵が立ちはだかる。長い赤髪を風に靡かせ、しなやかな足を広げて仁王立ち。ハンマーを肩に担ぎ、ウサギの耳を立てている。鏡写しのように同じ姿――ただ一点だけを除いて。


「Letty。そこを通してください」

「いやです」


 Letty。〈白鹿庵〉の新参者にして、レティのフォロワー。彼女のプレイスタイルに感銘を受け、アカウントを作り直してまで追従する少女。全く同じ身長、全く同じ顔、全く同じスキルビルド、全く同じ装備構成。胸だけが違う。

 いつもならば全ての言葉にイエスと答えるLettyが、今回ばかりはレティに逆らう。


「レティさん、こんな不毛なことはやめましょう。今、ワダツミたちがレッジさん救出のための作戦を練っています。わざわざそんな、き、きき……なんてしなくても」


 顔を赤くしながら、Lettyは説得を試みる。

 敬愛するレティがレッジに想いを寄せていることは理解している。だが、こんなところでそんな不埒なことをして良いはずがない。Lettyは周囲が思っているよりも、初心な少女であった。


「すみません。Lettyがそこに立つと言うなら――レティはそれを退けなければなりません」

「そう、ですか」


 レティの意志は固い。眼差しからそれを感じ取ったLettyは項垂れる。自分では、彼女を説得することができない。その事実は想像していたよりもずっとショックだった。

 だからこそ。


「全力で止めます」

「いいでしょう」


 レティとLetty。本物と贋物の戦いが始まる。


『レティ、再装填が完了しました。いつでも撃てます』

「いえ――ここはレティに任せてください」


 背中から囁くウェイドにそう返し。


「はぁああああああっ!」


 レティがハンマーを繰り出す。


「咬砕流、一の技『咬ミ砕キ』ッ!」


 Lettyが応じる。迎えるのは〈咬砕流〉の技。レティも自身が開祖である流派技を受けるのは初めての経験だ。しかし、開祖ゆえにそのテクニックのことは熟知している。


「咬砕流、一の技『咬ミ砕キ』ッ!」


 Lettyのハンマーに重ねるように、レティもハンマーを振り下ろす。

 両者の片手鎚が激突し、火花を散らす。一瞬、わずかなズレがレティに利する。テクニックの効果時間が0.1秒だけ残ったのだ。


「ふぎゅっ!?」

「続き、一の技、真髄――」


 よろめくLettyに畳み掛ける。


「『神砕キ』」


 竹を割ったような澄んだ音。〈咬砕流〉の基本にして最初の技である『咬ミ砕キ』の熟練度を高め、発現する真髄。それは単なる部位破壊技に留まらない。神をも砕く、不遜の技。


「続き、二の技、真髄――」

「っ!?」


 だが、


「――『咬ミ返ス狂骨』ッ!」


 0.1秒だけLettyが切り返す。二の技『骨砕ク顎』の真髄。それは強烈なカウンター。与えられた攻撃の威力が高ければ高いほど、それをさらに数倍にして返す。

 レティの思考、行動、全てを模倣するLettyによって実現した、先読みの作戦勝ち。

 神を砕く臼歯が、己へ返る。


「はぁあああああああああああっ!」


 Lettyが叫ぶ。ハンマー、爆雷鎚を繰り出しながら。赤黒い稲妻が周囲へ広がり、バチバチと凄まじい音が耳朶を打つ。己の手で師匠を討つ。討たねばならない。悲壮な覚悟を胸に宿して。

 レティが軽装であることはLettyも熟知している。だからこそ、『神砕キ』に対するカウンターとして放った『咬ミ返ス狂骨』ならば、確実に一撃で屠れると確信していた。


「Letty、甘いですね」

「なっ」


 放たれた雷条は、レティを。驚き目を剥くLettyに、ハンマーが叩き込まれる。


「は、じめから……私を狙って……なかっ……」


 揺れる瞳をレティに向けて、呻く。

 『咬ミ返ス狂骨』はカウンター技。与えられた衝撃に対して反射する形で攻撃を繰り出す。故に、例えば故意に狙いを外した攻撃を反射してしまえば、それは対象にも当たらない。


「真髄のことを知らないわけがないでしょう。それに、その技は後隙が大きすぎる」


 テクニック発動後の硬直は長すぎる。

 LPの無限化はメリットにならず、ウェイドの重みはデメリットでもない。レティとLettyが再び戦ったとしても、結果は同じだろう。


「でもまあ、二の技の真髄を習得したのはすごいと思いますよ。まあまあ条件厳しかったはずですし」


 崩れ落ちるLettyを抱きかかえながら、レティは慰めるように言う。真髄は単なる覚醒によって習得することだけでなく、事前に無数の条件を満たす必要がある。二の技『骨砕ク顎』の真髄習得は、レティでさえ長い時間がかかったものだ。その割に使い勝手があまり良くないため、彼女は使わなかったのだが。


「ずるいですよ、レティさん」

「師匠としてちょっとは良いところ見せた方がいいかなって思いまして」


 いつも一歩先にいる。どれだけ追いかけようと、追いつくことができない。レティという偉大な壁、大きな壁、越えることのできない絶壁を前にして、Lettyは笑う他なかった。


「Letty? なんか変なこと考えてませんか?」

「いえ……。いつかは、その壁――越えたいです」


 今は取っ掛かりさえ見つけられないが。きっと必ず。


「Letty? ちょっと!」


 LPが底を突く。Lettyは師匠の呼びかけに応えることもできず、倒れた。


『素晴らしいですね。10秒と経っていませんよ』

「レティもLettyも紙装甲の攻撃力特化ですからね。どちらかの攻撃が当たれば一撃死なのは同じですから」


 Lettyとの戦いは鎧袖一触に終わり、ウェイドが称賛を送る。レティは少し不満げな顔をしつつも、立ち上がる。


「ウェイドさん、発射準備を」

『え? あ、わかりました。座標は――』

「レティの前方50メートル。今すぐに」


 遠く〈ウェイド〉の都市防壁上から機術封入弾が打ち出される。凄まじい曲射軌道を取るそれは、ほぼ直角に落ちてくる。


「はええええっ!?」


 轟音、爆音。そして鳴き声。

 レティは不意打ちの一撃で仕留めきれなかったことに、思わず唇を噛む。


「あ、危ないよぉ。当たったら一撃死だよ!?」

「だったら良かったんですけどねぇ」


 爆炎の向こうからおどおどとしながら現れたのは、〈白鹿庵〉の中でも最も敵に回したくない相手――レッジの愛姪シフォン。至近距離から爆撃されたにも関わらず、無傷で涼しい顔をしている白髪の狐っ子。


「さあ、最難関です」


 レティは気合いを入れて、ハンマーを握る。


━━━━━

Tips

◇ 『咬ミ返ス狂骨』

 〈咬砕流〉二の技真髄。繰り出された攻撃に対して下方から打ち上げ、上方から振り下ろす。反射する攻撃の威力に応じて、攻撃の威力も上昇する。

“咀嚼せよ。嚥下せよ。殺意に報いる弑殺を。”


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