第1499話「百戦錬磨」
開戦。忽ち、トーカは低く深く前傾。大太刀“妖冥華”の鯉口を切る。
すかさず抜刀。彼女の最高の技、最大の技、最強の技である。故にその選択は必然と言えた。だからこそ、レティもそれを読んでいる。レティが、「トーカは開幕初撃から抜刀術を選ぶだろう」と予想していることを、トーカも予想している。トーカが予想していることを、レティは予想している。
入れ子となった思考。両者のそれはほぼ同じ。ただし――。
「『ハルマゲドン』ッ!」
「彩花流――」
第一撃を放ったのはレティだった。
流派技は強力なものが多く揃っているが、反面“型”と“発声”に時間を要する。レティはあえて通常のテクニックを選択し、速撃を選ぶ。
だからこそ――。
「捌之型、三式抜刀ノ型『百合舞わし』」
「ぬわあっ!?」
トーカが選んだのは、抜刀術の中では使用頻度の低いもの。大きく刀を輪のように廻し、周囲を攻撃する自分中心の円型小範囲攻撃テクニック。使用頻度が低いのは、群集の中心という稀な状況でなければ真価を発揮できないという扱いにくさ、そして、やり過ぎなほどの鮮やかな花弁が吹き上げる派手なエフェクトによるもの。
だが、ことこの状況においては後者のデメリットが利する。
「対人戦に慣れてませんね、レティ!」
鮮やかな万色の花弁が吹き荒れ、ハンマーを振り下ろそうとしたレティの視界を覆い隠す。テクニックのエフェクトを利用した目眩し。対エネミー戦においては全くと言っていいほど意識しない、対人戦専用の関数。
よろめくレティ。“型”は崩れ、威力が大幅に削がれる。何よりも、明確なその隙を、侍が逃さない。
「続き、肆之型、一式抜刀ノ型『花椿』」
流派技は連鎖という特徴を持つ。長大な“発声”を多少短縮できるもの。続き、という一文と共にトーカは流れるように納刀、再び放つ。
レティの首を狙う、必殺の斬撃。彼女がこれまで何度も、数多の命を奪ってきた得意技。真紅の刃が、レティの首筋へ。
『させません!』
――ガギンッ!
だが、刃は届かない。トーカは覆面の闇の中で、わずかに困惑する。逡巡の後、気付く。
「管理者がそのような……卑怯ですよ」
『なんとでもいいなさい。レティに倒れてもらっては困るのです』
あらゆるものを斬り断つ刀の刃が立たぬ、数少ないもの。そのうちの一つが管理者機体だ。エイミーもそれに敗れたのを、トーカは知っている。だが、管理者自らがその特性を持ち出すとは。
言ってしまえばゲームにおけるバグの利用に近いようなグレー行為と言えなくもない。それをシステム側が使うとは。
「ウェイドさん、レッジさんに似てきましたね!」
『言っていいことと悪いことがありますよ!』
一応は褒め言葉のつもりで送ったのだが、ウェイドはそうとは受け取らなかったらしい。不用意に管理者の機嫌を損ねてしまい、トーカは少し後悔する。――とはいえ。管理者がレティを守るというならば、それを避けて切れば良いだけのはなしである。
「せゃああああああっ!」
「ふんっ!」
レティの破壊力に満ちた打撃。トーカは直感でそれを避ける。骨塚が抉れ、骨片が吹き飛ぶ。レティは馬鹿正直に大声を上げながら攻撃を繰り出す。ブラフやフェイントを織り交ぜる対人戦とは違う文脈に立つ戦士だ。
「覆面もいらなかったかもしれませんね」
しかも、レティは管理者という最強の盾を得たことで、持ち味を失ってもいる。
「
「てりゃあああああいっ!」
レティのハンマーによる猛攻を、トーカは軽やかに避ける。
タイプ-ライカンスロープの長所はその機動力にある。タイプ-ヒューマノイドよりも人口筋繊維の総量が多く、タイプ-ゴーレムよりもフレームが薄い故の高速機動が持ち味なのだ。レティは脚力の強さに加え〈跳躍〉スキルによる補正によって水平方向へ
だが、今の彼女に平時ほどの俊敏性はない。
「うぉおおおおっ!」
彼女が背中に背負うウェイド。管理者機体は硬い代わりに重い。文字通りの重石として、負荷を掛け続けている。トーカにしてみれば、ため息がでるほど緩慢な動きだ。
「そんなハンデを背負った状態で私に勝とうなど笑止千万! ここから先は通しません。貴女を倒して、私がレッジさんを目覚めさせてみせましょう!」
「ウェイドさんはハンデなどではありません! レティは、トーカを倒してレッジさんの元へ行きますから!」
ハンマーと刀が激しく撃ち合う。重量に任せ、遠心力さえ味方につけたレティの連撃を、トーカも特大武器の大太刀で凌ぐ。広い骨塚を贅沢に使い、高速で移動しながら。
レティは次々と軌道を変えながらハンマーを打ち込むが、その全てが受け流されるか避けられる。視界を制限しているとは思えないほどの戦いぶりに、思わず舌を巻く。
「トーカ、レティも貴女と戦いたいわけじゃないんです。今からでも遅くはないですから、こちら側に付きませんか?」
至近距離で鎬を削り合いながら、レティが囁く。
レティもトーカも、レッジとキスしたいという目的は同じ。ならば、ここで争い無為に時間を浪費する意味もないはずだ。
「日和ったんですか? そんな提案を受け入れるわけがないでしょう」
だが、トーカはそれを跳ね除ける。覆面の下に鋼の意志がありありと見えた。
「たとえレティと手を組んだとて、レッジさんのファーストキスはただ一つだけ! 貴女を倒して、私が頂きます!」
高らかに宣言するトーカ。真正面からの宣戦布告。
故にレティもふっと笑う。
「なるほど。分かりました。――それでこそ我がライバルに相応しいということです」
志は同じ。故に和解の道はない。
この時代、この場所に会えたこと。その奇跡にレティは感謝すら覚えた。
真正面から彼女を討つ。同情や温情は一切、必要ない。
「トーカ。一つだけ言っておきましょう。――あまりレティを、見くびらないでください」
「ッ!?」
稲妻を幻視した。それはトーカの怜悧な直感が脳裏に映し出した幻影。だが、彼女は自身に全幅の信頼を置き、故にその幻影に身を委ねた。明らかな好機にも関わらず斬撃を打ち込まず、後方へと避ける。その刹那、凄まじい突風がトーカの頬を撫でた。
「なっ、
明らかにレティのイメージが変わった。驚く間もない。次の瞬間、腹に向けられる殺意。トーカは身を捩るが、避けられない。光速。
「『ウィングスイング』ッ!」
「かっ――ハァッ!?」
脇腹、肋骨が折れる。凄まじい衝撃。だが違和感がある。
レティが扱うのは特大武器のハンマー。その打撃は面に及ぶ。だが、肋骨を抉ったそれは、むしろ点に近い極小の打撃だ。
「武器を、変えましたね!」
「『ラッシュスマッシュ』ッ!」
答えはなく、凄まじい連撃。それこそが返答だった。
レティが持ち味である特大武器の破壊力を捨てた。そして、元々の――否、それ以上の速度を手に入れた。
「はっ、くぅっ――!」
戦況が一転する。トーカは凄まじいレティの打撃を受けるのに必死になっていた。
特大武器。トーカの大太刀然り、光の特大盾然り、レティのハンマー然り。通常のカテゴリーから逸脱した巨大武器は、一種のロマンと共に受け入れられている。それらの圧倒的な利点は、凄まじい破壊力、長い間合い、もしくは城の如き堅牢さ。だが、その利点を
その一つが、重量だ。
トーカが抜刀術に傾倒しているのは、連撃を続ければ体が振り回されることの裏返しでもある。光は他者に投げて貰わねば移動すらままならない。そして――レティは脚力を強化することで対応していた。
そんなレティが特大ハンマーを捨てればどうなるか。
「追いつけ、ないっ!」
その速度は凄まじいものとなる。トーカが刀を立ててしまうほどの連撃。気配すら追いきれない。
「そのハンマーは……」
「“軽量雷爆鎚・五式”ですよっ!」
片手用、雷属性ハンマー。その第五世代。洗練された形状はレティに馴染み、叩くほどに稲妻が弾ける。同じく片手用ハンマーである“綺羅星”とは違い、その重量は非常に軽い。
「『パージ』『装填』」
レティの声に合わせ、バッテリーが飛び、新たなものが埋め込まれる。バッテリー換装式の発電機構により、防御を貫く雷撃がトーカを蝕む。
「臨機応変に戦うべきですよ、トーカ!」
「くっ――この――っ!」
振り上げられたハンマー。
トーカの描く未来に、それを回避するものはない。
「覚悟しなさい、レティ。――私を倒しても、まだ――」
苦し紛れか、親切心か。言いかけた言葉を全て話す前に、トーカは骨片の中へと埋められた。
━━━━━
Tips
◇軽量爆雷鎚・五式
発電機構を内蔵した軽量の小型金属ハンマー。片手での運用を想定し、グリップが握りやすくなっている。バッテリー換装式になったことで戦闘中でのエネルギー供給が容易になり、より長時間の戦闘ができるようになった代わりに、多少の〈操縦〉スキルを必要とするようになった。
別売りの専用バッテリーは一つ500kビットで販売中。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます