第1498話「鉄壁の甲羅」

「ウェイドさん、次の射撃まではあとどれくらい時間がかかりますか」

『砲台が全て使えれば、今すぐにでも撃てるんですが……』


 ラクトを不意打ちによって撃破したウェイドだが、都市防衛設備である機術狙撃砲は連射が効かない。一度の発射で長大な砲身が加熱し、十分に冷却ができなければ暴発の可能性も考えられる。

 そのうえで、ウェイドも自身管轄の都市防衛設備を十全に扱えているわけではなかった。他の管理者たちによる必死の妨害工作によって、全ての砲台を動かせるほどのリソースが供給されていない。


『砲身をパージして換装したとして、最短で5分後になるでしょう』

「なるほど。では、それまではレティが凌がなければならないということですね」


 ラクトを飛び越えて骨塚を駆けていたレティが速度を落とす。

 彼女の目の前に、仲間が立ちはだかっていた。


「まさか私を5分で下すつもり?」

「精一杯頑張りますよ。エイミー」


 レティの足を止めたのは、〈白鹿庵〉の鉄壁の盾。身の丈ほどもある巨大な拳盾を備えた格闘タンク。エイミーだ。

 味方ならば背中を考える必要もなくなるほどに頼もしくなるエイミーだが、敵として対峙すれば凄まじい重圧が降り注ぐ。レティが最強の矛とするならば、彼女は最硬の盾である。しかし、レティの影に隠れて目立たないだけで、エイミーは攻撃能力もトッププレイヤーに引けを取らない圧倒的なものがある。

 攻守兼ね備えた厄介な相手。一刻も早くレッジの元へと向かいたいレティにとっては、この上なく厄介な相手でもある。それでも、だからこそ避けるわけにはいかない。


『レティ……』

「ウェイドさんはしっかり掴まっていてください。振り落とされないように」


 ウェイドがひしとレティの背中にしがみ付く。亀の親子のようなその姿に、エイミーがくすりと笑う。


「いいの? 私を相手に、そんなおもりを背負って」

「ウェイドさんはおもりじゃないですよ。まあ、実際結構重たいですが」

『レティ!? この重量は管理者機体の特別性からなる――』


 突然の裏切りにあい、滑らかに反論を繰り広げるウェイドを置いて。


「はっ」

「ふっ!」


 二人は同時に足を踏み込んだ。


「『ガードブレイクスタンプ』ッ!」

「『ハードウォール』ッ!」


 同時の発声。同時の構え。故に、同時のテクニック発動。

 『ガードブレイクスタンプ』は〈杖術〉スキル、〈破壊者〉ロールを必要条件とするもの。その効果は守りを固めた対象に対し、その防御そのものを貫くことで突破する強撃。

 『ハードウォール』は盾を構えて防御姿勢を取る、防御テクニック。

 故に――。


(獲った!)


 歓喜はレティに訪れる。『ハードウォール』のような防御体勢こそ『ガードブレイクスタンプ』が得意とする状況だ。彼女のハンマーは次の瞬間、エイミーの防御を真正面から打ち砕く。

 いや、本当にそうか? レティのハンマーが重装甲の防御体勢に特攻効果を持つことは、何より仲間であるエイミーもよく知るところ。そんな彼女が何の考えもなく愚直に防御テクニックを繰り出すのか。


「ッ!」


 レティはあえて型を崩す。これにより『ガードブレイクスタンプ』は発動失敗バースト。ペナルティとして反動がLPの減少という形で返ってくる。直後のことだった。


「『ピックジャブ』ッ!」


 パンッ、と乾いた破裂音。それが凄まじい速度で繰り出された鉄拳と空気がぶつかって放たれた裂音であると、レティは遅れて気付く。


「もう、逃げなくてもいいのに」

「当たったら死んでたじゃないですか!」


 わざとらしく唇を尖らせるエイミーに、レティは抗議の声を上げる。

 レティが『ガードブレイクスタンプ』を中断した直後、エイミーもまた『ハードウォール』をわざと失敗して解除し、発生の早い高速攻撃を繰り出してきたのだ。

 『ガードブレイクスタンプ』を中断させなければ、避ける間もなく真正面から拳で貫かれていただろう。レティは戦闘職ではあるものの、軽装戦士に分類されるスタイルだ。機動力のため装備は薄く、エイミーの一撃をもろに喰らえば致命傷は避けられない。いくらウェイドから無限のLPを供給されているとはいえ、最大LPを超えるダメージを受ければ倒れてしまう。


「ですが、エイミーも型を中断してジャブに変えたということは、LPがかなり減っているはず――」

「言っとくけど、わたしタンク職なのよ?」


 レティが反撃を繰り出す。だが、エイミーは逃げることなく真正面からそれを受ける。


「ちっ、さすがに硬いですね」

「体自体は柔らかいんだけどねぇ」

「うるさいですねぇ!」


 ガキンッ、と激しい音と共に火花が散る。レティのテクニックを伴わないハンマーによる打撃は、エイミーの基礎防御力によって阻まれ、ほとんどダメージは入らない。

 LP最大値とLP生産量をバランスよく、どちらかといえば生産量に偏らせて強化しているレティに対し、タンク職であるエイミーは最大値極振りである。更に胸部BBにもステータスを集中させているため、多少の攻撃ではびくともしない。


「それにレティ、何か勘違いしてない?」

「何を――ッ!」


 カコンッ、カカッ。

 レティの繊細な聴覚が後方で鳴る硬質な音を拾った。


タンクの役目は注目を引くこと。私だけに目を向けてちゃダメよ」

「後ろッ!?」


 振り返るレティ。彼女は骨塚に散乱する警備NPCや調査開拓員たちのスクラップの中で輝く光を見つける。それは、人の顔ほどの小さな鏡。きらりと光を反射させながら、ひっそりと隠されている。

 それは一体なにか。背後から、猛烈な勢いで弾丸が迫る。


「鏡威流、四の面」


 それはレティの聞いたことのない技だった。


「――『跳鏡』」


 カカカカカカッ!

 各地に置かれた鏡に礫が跳ねる。鏡面にぶつかるほど勢いを増しながら、ぐるりと弧を描いてこちらへ迫る。

 エイミーは極近距離のみを間合いとしているという勘違い。仲間にさえまだ見せたことのない切り札。エイミーは防御を崩し、ジャブを打ったというブラフ。思い込みと情報操作。


「あなた、何を殴って――」


 タイプ-フェアリーの拳ほどの、小さな瓦礫が飛んでくる。

 エイミーがレティとの衝突の際に拳で路傍の石。たとえ〈投擲〉スキルはなくとも、ある程度のものを投げることはできる。その後は、事前に配置されていた跳鏡がその威力を増幅させながら軌道を修正してくる。


「背後にも気を付けなさい。盾役がいない時は特に」

「がはぁっ!?」


 それはただの質量だ。爆発も帯電もしていない。だが、純粋な移動エネルギーを孕んだ礫は凄まじい破壊力を誇る。背後から無防備なところに撃ち込まれた礫弾は、レティを吹き飛ばすほどの力を持っていた。

 紙の人形のように転がるレティ。そんな彼女を、エイミーは油断なく見つめる。

 『跳鏡』による不意打ちはあくまでも奇襲。レティがいくら紙装甲とはいえ、この程度で倒れるはずもない。だからこそ、彼女の体勢が崩れた今、ここで畳み掛ける。


「『ヘカトンパンチ』ッ!」


 繰り出す無数の連打。一撃が必殺の威力を宿す、殺意の猛攻。これをもって確実にレティの息の根を止めて見せる。


「はぁああああああああっ!」


 機関銃の引き金を引いたかのような甲高い音が響く。あまりにも目にも止まらぬ連撃により、音の継ぎ目さえ分からない。そして、エイミーの拳は確実に硬いものを捉えている。


「はぁあああっ!」


 LPの続く限り打ち続ける。『ヘカトンパンチ』は発動中にLPが漸減するタイプのテクニックだ。その代わり、連撃が続けば続くほど威力も上がる。これだけの打撃を叩き込めば、たとえLPが無限となったレティであろうと――。


「らしくないですね、エイミー」

「なっ!?」


 エイミーの予想は裏切られる。

 舞い上がる土埃の向こうから、鋭くハンマーが飛び出してきた。

 それは一撃でエイミーの胸を砕き、吹き飛ばす。


「いつもの貴女なら、一撃は耐えられるだけのLPを残すはず。焦っているんですか?」


 現れたのは、ほとんど無傷のレティ。その姿にエイミーは愕然とする。


「なんで……」

「一つだけ言っておきます」


 もはや立ち上がる気力もないエイミーに、レティはくるりと背中を向ける。


『あまり管理者機体の防御力を舐めないでください』


 レティは、エイミーに背中を向けていた。そもそも、背後から攻撃を受けた。

 それらは全て――ウェイドに当たっていたのだ。管理者機体の防御力は重量を犠牲にするだけの硬さを誇る。故に、エイミーの拳でさえも砕けない。

 亀の親子ではない。

 二人は揃って亀の如き防御力を得ているのだ。


「ふふっ。レティ、あなたこそ」


 エイミーが笑う。


「私はタンクよ。――トドメを刺すのは、仕事じゃないの」


 その言葉に、レティはハッとする。ざり、と背後で骨を砕く足音。

 振り向けばそこに、鬼面の侍が立っていた。


「レティ。――いざ、尋常に」


 紅の大太刀を構え、臨戦。

 対人戦の王者が立ちはだかる。


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Tips

◇『跳鏡』

 〈鏡威流〉四の面。小さな鏡型の障壁を任意の地点に設置する。設置された鏡は衝撃を一度だけ反射して砕ける。鏡の設置枚数は熟練度に応じる。


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