第1497話「立ちはだかれ」

 混沌は極みに達していた。


「止まれー!!! 止まらんと、撃つぞ!!!」

『ええい、あなた方が邪魔なんです! レティ、やってしまいなさい!』

「はいっ! とぉおおりゃああああっ!」

「「「グワーーーッ!!!!」」」


 管理者からの連盟で一斉送付された特別任務を受託した調査開拓員たちが十重二十重の人垣となり、身を挺してウェイドたちの侵攻を阻もうとしていた。しかし、レティが振るうハンマーが果敢に立ち向かう彼らを薙ぎ倒し、ボーリングのピンのように吹き飛ばす。


「いくら〈白鹿庵〉の赤兎ったって、いくらなんでも強すぎるだろ!」

「こんなんチートや! チーターや!」


 嵐に曝された蝋燭の火のように、調査開拓員たちが倒れていく。レティは異常な強さを発揮し、天下無双の快進撃を繰り広げる。彼女が槌を振るうたび、調査開拓員が十人ずつ消えていくのだ。

 明らかに火力が高い。その異様さを彼らは肌で感じていた。


「ふひっ、ふはっ、ひははははっ! いいですねぇ、この力! 無限に漲るパワー! 流石ですよ、ウェイドさん!」

『いいから戦うことに集中してください! 私は私で、やるべきことが多いんです!』


 戦場の渦中で暴れ回るレティを見た者のうち、目敏い誰かがそれに気づいた。


「なんか、ウェイドちゃんと赤兎が繋がってないか?」

「ん? ほんとだ、ケーブルでなんか共有してるのか」


 レティの首筋から伸びる太いケーブルが、ウェイドと繋がっているのだ。

 そもそも、レティに戦場を任せるのならばウェイドは後方に下がっていたもいいはず。なのに何故か、二人はぴったりと密着するようにして行動を共にしている。


「ああっ! そういうことか!」


 誰かが叫んだ。


「赤兎の野郎、管理者機体のパワーを横流しで受け取ってんだ!」


 彼が指差す、レティとウェイドをつなぐケーブル。それはエネルギー体の輸送を行うためのものだ。

 その指摘は周囲に納得をもって受け入れられる。ウェイドの用いる管理者機体は、プレイヤーたちの調査開拓員機体と比べて様々な面で特別な仕様となっている。耐久性などは言わずもがな、機械人形の根幹たる三種の神器のひとつ“八咫鏡”も。調査開拓員の動力であるLPの生産装置である八咫鏡の性能が、管理者機体は凄まじく高い。

 故に、ウェイドからLPを供給されたレティは――。


「咬砕流、一の技――『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』『咬ミ砕キ』ィ!!!!!」


 大量のLPを消費するテクニックを連発し放題。しかも多少の傷を受けても即座に回復するという、非常に手強い状態になっていた。


「ふはははははっ! どんどんかかって来なさい! 全てこの圧倒的なパゥワーで捩じ伏せてやりますよぉおおおおっ!」

「ひ、ひぃぃいいっ!」

「こんな所に居られるか。俺は帰らせてもらう!」


 快哉を叫ぶレティ。対峙する調査開拓員たちの中には、心折れて敗走を選ぶ者さえ出てくる。

 だが、現実はそれすらも許されない。


『ゴォアアアアアアアッ!!』『フシュルルルルルルッ』『ガァアアアアッ!』

「ぎゃああああっ!?」「腕が、腕がっ!」「助け、たす――ッ!」


 身を翻して逃げたところで、そこに待ち構えるのは黒い巨人だ。八本の腕を持ちながら、頭を持たぬ異形の姿で腕の先にある龍の首が牙を剥く。逃げる調査開拓員に次々と食らいつき、破壊していく。

 さながらパニック映画のような様相が呈され、あちこちで絹を裂くような悲鳴があがる。


「クソ! クソが、俺はこんなところで――がぁああああっ!?」

「ふはっ! ふあははっ! どこへ逃げようとも無駄ですよ! 前に立ちはだかるなら潰します。後ろへ逃げるなら見逃しますが、立ち向かうなら容赦はしませんっ!」


 ウェイドとLPを共有するレティは、実質LP無限という点であればレッジのテントと同じ恩恵を得ているだけである。問題は、ウェイドが動けるという事実。それはつまり、レティの機動力を損なうことなくLP無限を両立することができるという悪夢の体現だった。


「さあウェイドさん、掴まっててくださいね!」

『あんまり揺れないようにしてくださいね!』

「了解! 『ハイパージャンプ』ッ!」

『きゃああああああっ!?』


 ついにはレティはウェイドを背中に背負い、ケーブルを巻きつけて固定するという荒技を体得。その機動力は爆発的に上昇する。もはや逃げることすらできないまま、調査開拓員たちは吹き飛ばされていく。


「待っててください、レッジさん! レティが今、助けに行きますからね!」


 彼女の目的はただ一つ。目の前に立ちはだかる雑兵を蹴散らし、その先で自分を待ち侘びているレッジを助け出すことである。なんという純愛。なんというラブロマンスか。レティはこの状況を設定してくれたFPOのシナリオAIに感謝を送る。


「さあ、今そこに!」


 調査開拓員を粗方蹴散らし、いよいよ“無尽のオロチ”の足元へ。

 その時だった。


「『凍りつく霜の足元フローズンフィート』」

「なっ!?」


 強く地面を蹴ろうとしたレティの足が凍りつく。それどころか、バランスを崩し転倒し、思わず突き出した手も張り付くように凍る。骨塚の周辺一帯が、気付けば薄い霜に覆われていた。それに触れた途端、接地した部分が強力に固定されたのだ。

 予想外のことに驚くレティは、広がる霜の中心に一本の矢が突き刺さっていることに気付く。それは、彼女もよく見覚えのあるものだ。


「ラクト!」

「ごめんね、レティ。だけど、ここから先は通さない」


 現れた青髪の妖精。弓に矢をつがえ、油断なく氷の瞳をレティに向ける。

 仲間によって進路を阻まれるという、奇妙な状況。ラクトも冗談で手を出したわけではない。だからこそ、レティは警告する。


「……今すぐアーツを解除してください。でないと、力づくで排除します」

「できるものならやってみなよ」

「今のレティは、無限のLPを持ってるんですよ」


 ぎり、と奥歯を噛むレティ。ラクトとの対話は、優しさ故のことではない。話しながら、彼女は高速でインベントリを操作し、打開の策を用意していた。しかし――。


「『貫く氷礫』」

「ふぎっ!?」


 短い詠唱と共に放たれた矢がレティの頬を掠める。ただの矢による物理攻撃と、単純なアーツの二重攻撃。無限に等しいLPを削るには到底及ばない弱攻撃にも関わらず、レティは恐れを目に宿す。


「あのね……。言っとくけど、無限LPなんてわたしの方がよく知ってるんだよ」


 矢と氷礫は、当たったところでほとんどLPを減らさない。そのはずだった。最大の弱点である八尺瓊勾玉を狙われない限りは。

 ラクトの目が鋭く光る。レッジのテントによる無限 LP状態の恩恵を一番に浴びていたは、他ならぬラクトである。機動力を必要とせず、固定放題に特化できるラクトとレッジのテントの相性は〈白鹿庵〉の中でも随一と言っていい。

 だからこそ、彼女は熟知していた。LP無限の強さと、脆さを。


「な、くっ」


 レティの四肢は地面に凍りつき離れない。

 ラクトが弦を引き、矢をつがえ放てば、それは最大の弱点である八尺瓊勾玉を貫く。そして、レティの胸元にあるそれは、過剰なLPを注がれ続けている状態にある。発熱し、それでもなおエネルギーが渦巻き、蓄積している。いわば小部屋にガスが充満したような状態。

 わずかな衝撃でも受ければ、その瞬間に爆発する。


「ラクトォオ!」

「じゃあね、レティ。――レッジは渡さないよ」


 叫ぶレティ。

 ラクトが非情に矢を放つ。


『着弾――今ッ!』


 閃光。爆轟。爆炎。衝撃。

 凄まじいほのエネルギーの奔流が。隕石が落下したかのような激甚な揺れが骨塚を崩す。

 だが、ラクトの手から矢は離れていない。ならば何が爆発したのか。


『レティ、今です!』

「うぉおおおおおおっ!」


 ウェイドの声。レティの咆哮。バリバリと彼女の手のひらを覆うスキンが剥がれる。金属の機体を剥き出しにしながら、レティは強引に凍土から逃れた。

 レティが会話をしていたのは時間を稼ぐため。――ウェイドが遠く離れた都市の機術狙撃砲に装填し、放つまでの時間を稼ぐためである。


「すみませんね、ラクト。通してもらいますよ」


 ウェイドはハッキングソフトを用いて、管理者たちが利用制限をかけていた通信監視衛生群ツクヨミとのアクセスを確立。着弾観測による軌道修正を行わない、第一射からの精密狙撃を行い、ラクトを吹き飛ばした。


「行きましょう」


 ラクトが来たということは、他の面々もいるはずだ。レティはウェイドを背負い直し、レッジの元へと走り出した。


━━━━━

Tips

◇緊急隔離情報障壁

 不測の事態に備え、通信監視衛星群ツクヨミに搭載されている強固な情報障壁。管理者によって発動されるアクセス制限システムであり、対象は管理者まで含まれる。全世界を見渡す“眼”を盗まれた時に備える、最後の砦。

“チョロいもんですね!”――匿名W


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