第1496話「あの馬鹿止めろ」

 レティとウェイド。最強の二人によるタッグが組まれたその頃。海洋資源採集拠点シード01-ワダツミにはラクトたちが残っていた。騎士団の保有している超高速航空機はアイが使い、レティもLettyによって飛ばされた。残る彼女たちには追いつく手段などないかと思われた。


「ど、どうしよう……。このままだとレッジの純潔が……」

「落ち着きなさいな、ラクト。とりあえずヤタガラスに乗って行けば間に合うかもしれないわよ」

「はええ……」


 青い顔で落ち着きなく右往左往するラクトをエイミーが諌める。Lettyはレッジ自体には欠片も興味はないようで、レティの無事を祈っている。シフォンもまた、リアル叔父の唇には興味がないどころかお断りである。


「悩むのもいいですが、ちょっとは手伝ってもらえませんかね!?」


 激しい金属音を奏でながら叫ぶのは、殺到する警備NPCと激闘を繰り広げているトーカだった。血を被り、目隠しもして、全力の体勢で応戦しているが多勢に無勢。徐々に押され始めている。


「はぁっ!」


 だが、彼女の体勢が崩れ切る前に強力な斬撃が警備NPCの波を押し返す。


「いやぁ、参りましたね。はやくレッジさんのところへ行かないと行けないんですが」

「……アストラは、アイに任せればいいんじゃない?」

「そう言うわけには行きません! 俺もレッジさんを助けたいんです!」


 ハッと白い歯を光らせる騎士団長。副団長が素早く出ていったため、流れで取り残されてしまったのだ。アーサーが上空を旋回し、状況を俯瞰している。アストラは彼と取り決めたサインを見て、おおよその戦況を捉えながら波濤のごとき猛攻を凌いでいた。

 ミカゲがクナイで警備NPCのリアクターを破壊しながら言うも、彼は自分もレッジの元へ行くと言って憚らない。


「でも団長。このままじゃジリ貧っすよ」

「もうヤタガラスでも間に合わないんじゃないですかぁ?」


 アストラの勢いを削ぎ落とすのは、共に戦っている騎士団のメンバーたちだ。第一戦闘班の突撃隊はアイに帯同して出ていったが、それ以外は団長の護衛も兼ねて残っている。それでも、突破力に秀でたクリスティーナたちの不在は大きく、彼らだけでは警備NPCの厚い層を突破することができない。

 端的に言えば、彼らは足踏みを強いられていた。

 時間はなくなり、ライバルたちは着実にレッジへ近づいていく。いったい、どうすればいよいのか。


『Hey! Hey Hey Hey!!』


 その時、突如波が引くように警備NPCたちの攻勢が衰えた。

 驚くトーカたちの眼前に現れたのは、ミニスカポリスコスチュームに身を包んだワダツミである。手首には変わらず手錠がはまっており、もう片方が切断された鉄格子とつながっている。


「げっ、ワダツミ!」

「結構力技で出てきたわね」

『誰のせいですか!』


 どこか感心した様子のエイミーに吠え、ワダツミはそこに集まる脱走者たちを見渡す。レティとアイがいない事はすぐに露呈し、ラクトたちは再逮捕を覚悟する。だが。


『……管理者同士での会議の結果、“無尽のオロチ”無力化のためにはあなた方の協力が不可欠と判断されました』


 ワダツミは周囲で黒煙をあげる警備NPCの山を一瞥し、不承不承といった顔を隠さないまま伝える。


『今から、あなた方を骨塚に送ります。ですので――』


 彼女の背後から重低音と振動を響かせながら、巨大なNPCが現れる。がっしりとした四脚に、長い鉄柱のようなパーツが付いている。一言で表すならば、古代の投石器のような外見。


『誰よりも早くレッジさんを起こして、ウェイドとレティさんの暴走を止めてください』

「へ?」


 告げられた交換条件はラクトたちを驚かせた。

 レティはついさっき、ここから飛び出していったばかりである。そんな彼女が、なぜワダツミにマークされているのか。詳しい説明を求める彼女たちに、ワダツミは応じる。


『Hmm……。端的に説明すると、二人は暴走状態にあります。より重症なのは管理者ウェイドの方で、現在も都市〈ウェイド〉の都市防衛設備を起動させつつあります』

「もしかして、それをレッジに向けるつもり?」


 目を丸くするエイミー。ワダツミはぎこちなく頷く。


『機術式狙撃砲の照準がこちらに向けられています。特大機術弾の製造も始まっており、情報によれば超遠距離貫通術式が封入されているようです』


 機術式狙撃砲は代表的な都市防衛設備の一つだ。防壁上に築かれた巨大な砲台であり、並の機術師どころか〈七人の賢者〉の輪唱アーツすら凌ぐ、数十TB級の大規模術式封入弾を発射する。都市防衛設備のなかでも特に遠距離の攻撃能力に秀でた兵器である。

 その唯一の弱点となるのが、装填速度。砲自体にも弾頭射出用の術式を展開するため、都市のエネルギー供給グリッドから大量のリソースを喰らう。その上、今回は前例のない超遠距離狙撃ということで弾丸そのものも特別なものを、一から製造している。


『第一弾の発射は10分後という試算がなされています。それはレッジに命中しないと思われますが、ウェイドなら弾着観測を行い即座に修正してみせるでしょう』

「はええ……。じゃあ、第二射までに止めないといけないってこと?」

『はい。再装填時間はおよそ5分。――15分で決着をつけてください』


 いつになく真剣な、鬼気迫る表情でワダツミが念を押す。

 その気炎の凄まじさは、アストラでさえ気圧されるほどだった。


「で、でも……。いくら都市防衛設備とはいえ遠距離からだと威力減衰もするだろうし」

「そうだよ。一発や二発当たったところでレッジが倒れるとは思わないけど」


 戸惑いがちに条件を緩めてもらおうとするラクトたち。ワダツミは、そんな彼女らにくわっと目を見開き、睨みつけた。


『――450G』

「はい?」


 一言、ぽつりと。

 聞き逃したエイミーが尋ね返す。


『弾丸の製造に、一発あたり450Gビット。射出に2Gビットです。砲身冷却を諦め、パージした場合はさらに追加で700Gビットが消費されます』


 彼女が羅列したのは、都市防衛設備の一部を動かすだけで溶けるリソースを、ビット換算したものだった。ギガビットという単位は、一般調査開拓員であるラクトたちには想像すらできない巨額である。彼女たちもそれなりに稼いでいるが、それでもせいぜいがMB、数百万ビット単位でしか貯金されていない。


「ちなみに、騎士団の会計って?」

「今月の収入が2.6Gビットでしたね」


 興味本位のラクトの問いに、アストラは素早く答える。最大規模のバンドが一ヶ月に稼ぐ金額を、一発撃つだけで消費するのだ。しかも、弾代や砲身代は別にして。

 ワダツミの目が据わっていた。

 ウェイドの凶行はリアルタイムで管理者たちにも共有されている。スサノオたちも生太刀を持ち出して出動したとはいえ、都市防衛設備の起動と比べればリソースの消費も微々たるものである。

 なぜ、都市防衛設備が最後の切り札なのか。なぜ、無闇やたらと使えないのか。

 単純に金を喰うからである。


『ウェイドがトチ狂って都市防衛設備を乱発したら、開拓団の財政そのものが傾きます! こんな時に限って指揮官連中は何も言いません! お願いです。――私たちを助けるために!』


 ワダツミから特別任務が送られる。スサノオ以下、ウェイド以外の管理者たちの連盟だ。内容は管理者ウェイドおよび調査開拓員レティの無力化。および、“無尽のオロチ”の討伐、そして調査開拓員レッジの救出。


『お願いします!』


 ワダツミの切実な懇願に、ラクトたちも選択肢は一つしかなかった。


━━━━━

Tips

◇特大機術封入弾製造ライン

 各都市の中枢制御区域に存在する完全無人の秘匿工廠。調査開拓員の立ち入りは全面的に禁止されており、高いセキュリティクリアランスが設定されている。内部では都市防衛設備、機術式狙撃砲に使用する特大機術封入弾の製造が行われる。TB級の術式を構築する関係上非常に危険であり、またリソースの要求量も莫大なものとなるため、管理者直轄の施設となっている。


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