第1495話「最強のふたり」

「――ぉおぉぉおわぁあああああああああっ!?」


 メキメキと枝が音を立てて折れ、黒い葉が舞い散る。空を遮る霧森の天井を貫いて落ちてきたのは、赤髪の少女だ。

 遅れてパラシュートが降ってきて、その重みに耐えきれず彼女は地面に落下する。


「ふぎゃっ」


 痛々しい声があがるが、少なくとも死んでいないことは分かる。レティは頭に落ち葉を引っ掛けながらヨロヨロと立ち上がり、周囲を見渡した。


「ぬぬぬ……。アイさんのおかげで助かりましたが、アイさんに蹴っ飛ばされたんですよね。というか、ここはどこでしょう」


 腕に嵌め込まれた端末、八咫鏡にマップを表示させ現在地を確認する。〈ワダツミ〉から〈奇竜の霧森〉の骨塚を目指していたレティだが、その途中でによって墜落してしまった。なんとかパラシュートの展開はギリギリ間に合ったものの、状況は芳しくない。

 他のライバルたちに先を越されないうちに、前へ進まなければならない。


「待っててくださいね、レッジさん! レティが今、迎えに行きますから!」


 ぎゅっと拳を握り締め、決意も新たに走り出そうとした、その矢先。


『ふぎゅっ!』


 一歩踏み出した足が何かを踏みつける。硬いようで柔らかいような、というか何やら声が聞こえたような。出鼻を挫かれたレティは訝りながら足元を見る。しかし、〈奇竜の霧森〉は木々に遮られて光が入らず、また常に滞留している濃霧で視界も悪い。


『うぎゅっ』

「ひえっ!? やっぱり何かいますね……」


 目を凝らし、しゃがみ込む。

 そこでレティはようやく、落ち葉の下からわずかに見える白い指を見つけた。


「うわわっ!? 指――って、手? いや、誰か埋まってます?」


 急いで落ち葉を掘り返す。よくよく周囲を見渡してみれば、何やら骨塚の方向から重たいものが飛んできたかのように地面が抉れている。隕石でも落ちてきたのだろうか。

 そんな予想を巡らせながら落ち葉を払っていると、その下から銀髪が現れた。


「うぉえっ!? うぇ、ウェイドさんじゃないですか!」

『う、うぅう……』


 ほとんど腐葉土の下に埋まって倒れていたのは、我らが調査開拓団の管理者ウェイドその人だった。手には鈍く色のくすんだ太刀を持ちながら、白い頬に傷をつけて横たわっている。

 頑強な管理者の弱った姿は珍しく、レティは困惑を露わにしてしまう。


「あ、あのぉ、大丈夫ですか?」

『踏みつけられたところが痛みます』

「すみません……」


 掘り出されたことで意識が戻ってきたのか、ウェイドが若干の嫌味を乗せて答える。管理者を踏みつけたことには変わりなく、レティもしゅんと肩を落として素直に謝る。

 レティによって掘り出されたウェイドは、骨塚の方から聞こえる騒乱の気配に眉を寄せる。


『調査開拓員レティ、状況は?』

「えっと、ちょっと待ってくださいね」


 ブラウザを開き、動画配信アプリへ。瞬間人気ランキングTPOの欄に〈ネクストワイルドホース〉による〈龍王の酔宴〉実況枠が一位で表示されている。すでに100万人規模の同接をカウントしており、コメント欄も盛況のようだ。

 ウィンドウを広げ、ウェイドにも見やすいようにすると、彼女は食い入るようにしてそれを見る。

 ヘリに搭載されたカメラが映し出すのは、アイとカミルが激闘を繰り広げている光景だ。


「ぐぬぬ、アイさんはもう骨塚に……」

『でも、まだ決着は付いていないようですね』

「そのようです。レッジさんの唇は渡しません!」


 今ならまだ間に合う、と立ち上がるレティ。そんな彼女の手を握るものがあった。


「ウェイドさん?」

『レティ、私もついて行きます』

「えええっ!?」


 耳を立てて驚くレティ。ウェイドは側から見ても分かるほどの満身創痍だ。管理者機体といえど戦いすぎた結果である。しかも、彼女の頼みの綱である管理者専用兵装“生太刀”もまた、すでに失活している。エネルギーを再充填している時間はない。

 それでも、管理者の意志は固かった。


「で、ですが……ウェイドさんもレッジさんを狙っているのは分かりますがね……」

『あなたは何を言っているのです』


 なおも抵抗するレティ。彼女にとってウェイドもまたライバルの一人である。

 しかし、そんな彼女を当の管理者は呆れた顔で見る。


『私はトチ狂ったT-1の言葉なぞ信じていませんよ。あのバカの顔面をぶん殴りに行きたいだけです』

「ええ……」


 仮にも管理者が上位権限者である指揮官を罵倒する。あってはならないはずの言動だが、レティはそれよりも後半に意識を奪われる。ウェイドは沸々と腑を煮えたぎらせていた。たとえダメージが発生せずとも、この混乱を引き起こした元凶に一矢報いたいという、ただそれだけの純粋な殺意だった。

 すでに彼女は莫大なリソースを消費しながらも成果を上げられていない。ここで引き下がるわけにはいかないのだ。せめて、せめてあの男の憎き顔面に鉄拳を叩き込まねば、腹の虫がおさまらない。


『あなたにとっても、悪い取引ではないでしょう』


 ニヤリ、とウェイドが悪い笑みを浮かべる。その表情に、レティもついつい興味を示してしまった。


『あの男とキスがしたいならすればよろしい。調査開拓員同士のプライベートには関わりませんので。管理者からの全力バックアップが受けられるなら、今からでもライバルに差をつけられるのでは?』

「なっ、そ、それは――」


 ごくり、と喉を鳴らす。

 ウェイドの権限は、一般の調査開拓員からすれば垂涎の代物だ。都市一つを賄うだけの莫大なリソースを使えるのだから。


「しかし、ウェイドさんの兵装は――」


 管理者専用兵装“生太刀”は力を失っている。


『問題ありません。こちらには、まだ都市防衛兵装が残っていますので』


 それを聞いたレティは目を剥く。

 都市の防衛にのみ使用するという名目で、破格の威力を備えた巨大兵器群。それを味方につけることができるのであれば、あるいは。


「任せてください、ウェイドさん」

『ふふっ、契約成立ですね』


 片や、レッジとのキスを果たすため。

 片や、レッジの顔面を凹ませるため。

 二人の少女は手を組む。最強の破壊者と最強の管理者が、動き出す。


━━━━━

Tips

◇惑いの濃霧

 〈奇竜の霧島〉を包み込む特殊な濃霧。計器類や電子機器の障害を誘発し、調査開拓員の方向感覚や平衡感覚を狂わせる。対策を講じなければ、一生森の中を彷徨うことになるだろう。


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