第1493話「騎士の声」
「いつも貴方の側に這い寄り実況。ネクストワイルドホースのミヒメが引き続き実況しております。チキチキ!おっさんの唇を奪うのは誰だレースの状況ですが、なんと〈
空を叩くローター音。大型ヘリに取り付けられた望遠カメラが骨塚の状況を注視する。
メルに封音ベルトを付けてアーツを無力化したカミルは、ナナミとミヤコを引き連れてレッジの元を目指す。だが、暴れ回る八頭の龍が邪魔をして、思うように進めていない。その間にも、背後からは警備NPCや調査開拓員が大挙して押し寄せてくる。
『ナナミ! あの頭全部撃ち抜きなさい!』
『無茶言ワナイデクダサイヨ。狙ッタトコロデ3秒後ニハ復活シテルンデスカラ』
『まったくもう、うざったいわね!』
龍が黒炎を吐く。骨すら燃やす殲滅の炎を避けながらも、カミルたちは攻めあぐねていた。八つの龍頭は絶え間なく周囲を見渡し、死角がない。〈龍王の酔宴〉で行われた鍛錬により協調を覚えた彼らは、一つの体を共有する仲間として複合的に動いていた。
『このままじゃ、あいつらが来ちゃう――』
カミルがもどかしげに歯噛みした、まさにその時だった。
「――――ぁっ!」
『っ! ナナミ、ミヤコ、マイクオフ! 防音体勢!』
風の合間にその声を聞いた。カミルは咄嗟にナナミの筐体を叩き、指示を下す。
その直後だった。
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
怒濤が全てを飲み込んだ。
警備NPCのマイクを次々と破壊し、調査開拓員たちを吹き飛ばす。骨塚に積み上げられた腐肉と骨の欠片が巻き上がる。一瞬にして、静寂が満ちた。オーバーフローを起こした世界が、音という概念すら塗りつぶしたのだ。
『くっ、この……っさいわね!』
耳を抑え、眉間に皺を刻みながら振り返る。カミルが見たのは骨塚の縁に立つローズピンクの少女だった。青地に銀翼の鷹のエンブレムを描いた特大の戦旗を翻し、威風堂々と立ち上がっている。
その喉が張り裂けんばかりに震え、激情を訴えていた。森中の獣たちが失神し、鳥は飛び方も忘れて地に落ちる。草木が突風に葉を散らし、人々の悲鳴さえかき消される。
「――ァアアアアアッ! がはっ」
空を破るような絶叫は、唐突に途切れる。その最後にあった苦しげな呻きは、彼女の喉が限界を迎えたことを示していた。超高周波の音による、戦場全域にわたる超広範囲制圧攻撃。その負荷は、たとえスピーカーのような音声増幅機を使っていたとしても凄まじいものとなる。
音の災害を耐え抜いたカミルは、そのタイプ-フェアリーの騎士が喉から青い血を流しているのを遠目に認めた。
『無茶なことを……』
敵ながら天晴れ。そのような気持ちが芽生える。
遅れを取り戻すために強行した、明らかに無理を押した乱暴な策だ。その反動は筆舌に尽くし難い。もはや詠唱どころか発声すらままならず、テクニックを扱うことすらできないだろうに。
それでも、彼女は毅然として立っていた。軍旗に風を孕ませ、堂々とした威容である。その眼下に広がるのは死屍累々。もしくは沈黙した鉄片の山である。特に警備NPCの損害は目を覆うものがある。そのほとんどが音声センサーを破壊され、共振によって装甲に亀裂が入り、何より動力炉が異常をきたしている。次々と爆発が起こり、周囲を巻き込む事故を起こしている。
味方への被害は甚大。だが、一方で戦果も大きい。カミルは前を見やる。巨人の――それまで激しく動き回っていた龍が沈黙していた。
『八頭をいっぺんに潰したの?』
だらりと垂れ下がる太く長い首。その先端にあるべき龍の頭が、例外なく爆ぜていた。音の共鳴による物質の破壊。特定の周波数による無差別の攻撃。それは龍さえ逃れられない。
「――道を、開けてください。カミルさん」
『っ!』
冷涼とした声にカミルは驚く。そんなはずがない。その喉は致命的なまでに、潰れているはず。
だが、彼女の耳に届いたのは透き通るほどの美声だ。
『アンタ、いつの間に〈換装〉スキルなんて……』
「こういう事態があるかと思って、ストックは用意しておきました」
喉のパーツを取り替えて、アイはカミルを睥睨する。
トッププレイヤーのスキル構成は余裕がない。いわんや、戦闘だけでなく指揮、支援においても活躍する彼女であれば。〈剣術〉〈戦闘技能〉〈歌唱〉〈応援〉、その他諸々の補助スキル。それらに無理やり隙間を開けて、ねじ込んだもう一つのスキル。機体のパーツを入れ替え、改造する、カミルの主人も利用しているあのスキル。
ボゴッ。
アイは手に握っていた、破損した喉パーツを潰す。スキンが破れた喉元からは、真新しい喉が露わになっていた。
「もう一度言いましょう。――カミル、そこを退きなさい。さもなくば」
鷲の如き瞳がカミルを射抜く。本気を出した猛禽に、カミルは思わず笑みが滲む。
『やってみなさいよ。その口が――』
開くなら。
カミルは抜け目なくミヤコに指示を出していた。混乱の中に気配を紛れさせ、大きく迂回させながらアイの背後へと。そこからはメルにしたことを同じように繰り返せばいい。アーツの詠唱も、テクニックの発声も、アイの奇声も全て口さえ封じてしまえばいいのだから。
――だが。
「させませんっ!」
『ウワーーーーッ!?』
骨塚の陰から飛び出したミヤコは、更に後方から飛んできた文字通りの横槍によって阻止される。マニピュレータから封音バンドが離れ、地面に落ちる。慌てて拾おうとするミヤコだが、次の瞬間には周囲を銀鎧の騎士たちに囲まれた。
『なっ、アンタたちは――』
「〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班、突撃隊。飛行機などなくとも、ひとっ飛びですよ」
森の中から現れたのは長槍を携えた騎士たち。その先頭に立つラバースーツ姿の美女、クリスティーナが朗々と名乗りをあげる。空をかっ飛ぶ航空機の真下を、彼女たちは徒歩でやってきた。
「副団長、警備NPCは我々にお任せを」
「ありがとう。――背中は任せます」
レイピアをしゃらりと引き抜き、流麗に構えるアイ。カミルは意識を切り替え、モップを握りしめた。
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Tips
◇高耐久性共振喉部品
調査開拓用機械人形用換装部品。通常よりも柔軟性と耐久性を高めた喉パーツで、発声を良くする。従来比でおよそ1.2倍の声量増幅が期待できるが、発声方法に多少の癖があるため、使いこなすには習熟が必要となる。
“俺の歌を聞けぇ!!!!”――廃棄場の歌唱王ジャインツ
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