第1492話「戦場の友情」

 〈奇竜の霧森〉上空を流星が飛ぶ。青いジェットエンジンの奔流が細長い尾を引いて、薄暮の雲を切り裂いた。明けの明星を飛び越えるように、それはただ一心に空を駆ける。


「副団長! 機体がもちません!」

「スクラップになっても構いません! とりあえず、レッジさんのところへ行くんです!」

「ひええ……っ。でも、その心意気はグッジョブですよ!」

「う、うるさいですね!」


 〈大鷲の騎士団〉が出資し、〈ダマスカス組合〉が開発した最新鋭の航空機だ。複座式のコクピットにはメカニックの騎士団員ともうひとり、騎士団副団長のアイが収まっている。

 流体力学によりもっとも機体にストレスのない流線型で設計されているはずだが、無理を押す後先を考えないエンジン出力で、キャノピーがギシギシと悲鳴をあげている。

 また、機体の性能に操縦士のスキルが追いついていないという問題もある。現行の最新機器は最高速度で音速を越えるとはいえ、あくまであらゆる条件が整った場合のごく短時間に限られる。スクランブル発進で飛び出した機体は万全の状態とは言い難い。

 それでも操縦士は必死に操縦桿を握り、計器を頼りにエンジンを吹かせる。全ては敬愛する副団長の恋を応援するためだ。


「絶対に一番乗りさせますから! 安心してください!」

「こっち見ないでください! 前を向いてなさい!」


 ぐっとサムズアップする部下に、アイは今更ながら顔を真っ赤にする。T-1から突然のアナウンスがあり、居ても立っても居られず飛び出した。しかし少し冷静になると、自分はなかなか大それたことをやらかしたのではないだろうか。


「も、もしかして……私がレッジさんのことその……あ、アレなのって」

「多分団員全員知ってますよ。……えっ、バレてないと思ってたんですか?」


 もじもじと指を絡ませながら尋ねるアイに、操縦士は「なにいってだコイツ」と言いたげな顔をする。偏光グラスのヘルメットを被っているせいで、その表情は伝わらなかったが、アイは湯気を出しながらうつむく。


「相手がおっさんなのがちょい癪ですけど、恋するのはいいと思いますよ!」

「慰めはいりません!」


 ヘルメットに隠れていても操縦士のニヤつく顔が分かり、アイはぷいっと外を向く。そして、赤い瞳の少女と目が合った。


「うおっしゃい! へ、へへ……。抜け駆けは許しませんよ!」

「うわぁああああっ!?」

「なんっ、げえっ!? レティさん!?」


 超高速で空を飛ぶ飛行機の翼にしがみ付き、長い耳を後ろに倒しながらも笑みを浮かべるウサギが一匹。上空にいるはずがない存在の登場に、アイが思わず悲鳴をあげる。それを聞いた操縦士も振り返り、頓狂な声を続けた。


「ちょっ、ダメですよ! 降りてください!」

「ここから降りたら墜落死確定ですよ! このままレティも骨塚に運んでください!」

「そういう問題じゃないんですよ! 重量が――」

「レティは重くないです!」

「バランスの問題なんですよ!」


 ガラス越しにアイとレティは侃侃諤諤と言い合う。その間、操縦士は次々と赤光を放って悲鳴をあげ始める計器に顔面蒼白になっていた。最新鋭の機体は精巧な設計の上に成り立っている。音速の壁を越えるために極限まで軽量化と機体各所の重量均衡に注意が払われているのだ。それは比喩ではなく塗料の厚みまで注意され、鳥のフンの一つすら見逃さないほどの整備にも現れている。

 そんな繊細な機体に、突然タイプ-ライカンスロープの少女が飛び乗ってきたら。例え本人の自己申告が重くないとしても、機械人形とは本来的に鉄の塊である。


――バキッ


「あれ?」

「あれ? じゃないですよ! 今なんかすごい音しましたよね!? ちょっと、レティさん!?」

「いやいや、気のせいですよ。気のせい――」


――ビキッ


「レティさん!? お願いですから手を離して! もうアラートなりまくってヤバいッス!」

「そ、そうしたいのはやまやまなんですけど、なんか翼に手形が付いちゃった、みたいな」


――メキョッ


 軽量化が図られた機体は極薄の鉄板で構成されている。通常の運用の範囲内であれば構造的に損傷の可能性も低いが、例えば腕力曲振りの調査開拓員なんかが力任せに握ったりしたら……。


「あっ、やべ……」

「レティさあああああああんっ!?」


 機翼の片方くらいは容易にもげる。

 ベキベキメキメキバリバリバリ! と銀紙を力任せに破いたかのような音と共に、美しい航空機の翼が剥がれる。翼内部のタンクに貯められていた燃料が、涙のように流れ出す。

 均衡を崩した機体は、当然の如く傾く。


「ひぃああああああっ!?」

「きゃああああああっ!?」


 アイとレティの叫びが重なる。

 飛行機は黒煙を吐き出しながら、錐揉みしながら〈奇竜の霧森〉の森の中へと落ちていく。


「何やってくれるんですかレティさん!」

「アイさん受身取れるでしょう!? レティ〈受身〉スキル持ってないんですが!」

「そのまま落ちてしまえーーーっ!」


 ビービーとけたたましくアラートが鳴る。瞬く間に近づく地面。


「ひぃ、ひぃ、ひぃいいいいんっ!」


 バゴン、と仕込まれた爆薬によりキャノピーが吹き飛ぶ。直後に涙目の操縦士がシートごと飛び出し、パラシュートを開く。ひとまず団員が脱出できたことに安堵しながら、アイはレティに手を伸ばす。


「私のパラシュート使ってください!」

「い、いいんですか?」

「私は〈受身〉があるので。――現地で会いましょう」

「アイさん……」


 シートに格納されていたパラシュートが、レティの手に渡る。仁義なき争いの最中にも関わらず慈悲の心を見せるアイに、レティは思わず涙ぐむ。彼女もまたライバルでありながら、善き友人には変わりないのである。


「あ、ありがごっ!?」

「それはそれとして機体の修理費は請求しますからね! バイバイ!」


 感涙するレティにアイの容赦ない跳び蹴りが決まる。体をくの字に曲げて吹き飛んだレティは、はるか後方でパラシュートを開く。ゆっくりと落ちていく彼女を見送り、アイは地面にギリギリまで近づいて機体から離脱。トッププレイヤーに相応しい身のこなしで着地を果たす。


「とりあえずかなり距離は離れましたね。このまま現場に向かえれば――」


 パラパラと全身の汚れを払い、アイは骨塚の方向を見据える。鬱蒼と茂る木々の高さを突き抜けて、黒々とした八腕の巨人が見えた。


「待っていてください、レッジさん!」


 少女は決意を新たに、走り出す。


━━━━━

Tips

◇衝撃分散着地法

 〈受身〉スキルレベル30のテクニック。高高度からの落下時、着地の直後に前転し衝撃を広く分散させることで安全に生き残る。スキルレベル、熟練度によって衝撃分散の効率が変わる。

“踵、母指球、爪先、膝、肘、肩、肩甲骨、頭。接点を限りなく増やし、体を完全な球へと近づけることで、落下は回転へと変わる。”


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る