第1491話「メイドと焦土」

「突如として始まりました、“チキチキ! 誰がおっさんの唇を奪うのかレース!”実況はネクストワイルドホースのミヒメでお送りいたします!」


 〈奇竜の霧森〉上空を飛ぶヘリコプターからマイクを片手に実況するスーツ姿の女性が、カメラの画面隅から顔を覗かせる。映し出されているのは阿鼻叫喚の様相を呈する骨塚で、あちこちで爆発や稲妻、暴風が吹き荒れるカオスの風景だ。

 レッジによって開催された調査開拓員企画〈龍王の酔宴〉が予想外の方向へと転がった。骨塚の中心ではレッジを取り込んだ黒い巨人が立ち上がり、腕のように生えた八本の龍の頭が猛威を振るっている。

 誰があの巨人へと辿り着き、その首に埋まっているレッジを救い出せるか。今、あらゆる思惑が交差する熾烈な争いが火蓋を切った。もともとイベントの中継のためヘリを出していた〈ネクストワイルドホース〉の実況班も、この事態に柔軟に対応して活動を続けている。


「首位を走っているのはやはり〈七人の賢者セブンスセージ〉のメルさんたちでしょうか。あちこちで巻き起こっている爆発のほとんどが、彼女によるものです」


 爆炎が広がるたび、調査開拓員が木っ端のように吹き飛び悲鳴が彼方へ消えていく。機術師の最高峰に立つトッププレイヤーのひとり、“炎髪”のメルが手当たり次第に爆破しているのだ。巨人に対するものというよりも、他の調査開拓員たちを牽制する目的が大きいようで、全くもって容赦がない。

 だが、多くの調査開拓員たちがなす術なく吹き飛ばされていくなかで、メルのアーツに真っ向から対抗している者もいる。


『ええい、うざったいわね! そこを退きなさい!』

「くふふっ! NPCだと侮っていたけど、なかなかやるじゃないか!」


 メルに箒を叩き込んだのはメイド服のNPC、カミル。メルと同じ赤髪で機体もタイプ-フェアリーの女性型と共通点の多い両者だが、その雰囲気はずいぶんと異なる。

 凄まじいノックバック効果を有する箒の直撃を受けながらも、あえて至近距離で発動した爆発の反動でゆるやかに着地するメル。カミルは調査開拓員に逆らえないというNPCの絶対規則を平然と破り、次々と猛攻を繰り出している。


「君もレッジのキスが欲しいのかい? そう言うふうには見えなかったけどね」

『それを言ったらアンタだってそうじゃないの』


 カミルは直接的にメルと会話するのは初めてだ。しかし〈七人の賢者〉とはたびたび活動を共にしているし、別荘へ訪れたこともある。彼女からして見ても、メルがレッジとのキスに躍起になっているのは意外な反応だった。

 箒をくるくると回して油断なく構えたカミルに、メルも苦笑を浮かべて肩をすくめる。


「ワシも予想外だったけどね。いざ目の前にこんな状況が置かれると、ちょっと挑戦してみたくなったのさ」

『その程度なら手出ししないでちょうだいよ』

「NPCがキスしたって、果たしてレッジは起きるかな?」

『確かめるためにも通しなさい』


 お互いに言葉を交わしながらも、一歩も譲る気はない。どちらかが隙を見せた瞬間に、もう片方が強烈な攻撃を叩き込むだろう。

 二人はお互いを見つめながら、ゆっくりと場所を動く。なだらかに回転しながら隙を伺う。その時だった。


「『飛来する炎剣』ッ!」

「てぁーーーーーっ!」


 二人が同時に動き出す。メルは短い詠唱で炎の剣を作り上げ、投げる。カミルは箒ぶんと振り回し、それを迎え撃つ。奇しくも野球の一幕のようなやり取り。だが、二人の目的は違うところにあった。


「ぎゃーーーーーっ!?」


 メルの放った炎剣がカミルの箒によって打ち返され、明後日の方向へ。それは骨塚の地面に突き刺さり、その下から痛そうな悲鳴があがった。


「まったく、油断も隙もないね」

『コソコソされるのが一番嫌いだわ』


 二人の視線の先、地面の下から這い出てきたのはタイプ-ライカンスロープの少女。耳まで泥だらけになって尻尾の先を焦がしたヨモギだった。


「く、なぜバレたんですか……」

「モゾモゾされてたら流石に気付くよ」

『モグラみたいで滑稽だったわ』


 メルとカミルが争っているうちに漁夫の利を取ろうとしたヨモギだったが、トッププレイヤーと優秀なメイドロイドをその程度で出し抜けるはずもなかった。一対二は不利と悟って、彼女は文字通り尻尾を巻いて後方へ逃げる。


「君も逃げたらいいよ。NPCは調査開拓員には敵わない」

『……それはどうかしら』


 諦めの悪いNPCにメルが珍しく不快感を滲ませた、その時だった。


『今デスッ!』

『捕縛ジャーーーーイ!』

「なああっ!?」


 メルの背後、二方向から声がする。同時に放たれたワイヤーが彼女にグルグルと巻きつき、固く拘束する。更にはその口に黒いベルトが巻かれ、詠唱も封じられる。

 周囲に散乱する警備NPCの残骸の中から飛び出してきたのは大幅な改造が施された元警備NPCの二機。ナナミとミヤコは手慣れた様子でメルをラッピングしていく。


「な、ちょっ、ドコ触って――うわああっ!?」

『ハイハイ、大人シクシテテ下サイネ』

『反乱者ノ拘束ハ専門分野ナノヨ』


 あっという間に芋虫のようになって地面に転がるメルは、目元に涙を浮かべてモゴモゴと口を動かす。


「むぐー! むぐぐぐ!」

『何言ってるか分かんないわね。そこで大人しくしてなさい!』


 勝利の笑みを浮かべてカミルが巨人の方へと走り出す。その後を追いかける二機の改造警備NPC。メルはその背中を睨みながら、仲間たちが駆けつけるのを待つのだった。


━━━━━

Tips

◇封音ベルト

 調査開拓用機械人形の発語を封じるために使われるベルト。アーツの詠唱などを抑止する際などに使用される、警備NPCの必携器具。金具が複雑な形をしており、取り外すのは非常に困難。


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