第1490話「少女競争自由形」

 その一言は全世界を震撼させた。


「れ、レッジさんと……」

「チュー……!?」


 〈ワダツミ〉の中央制御塔で警備NPCを殴り飛ばしていたレティたちは愕然とする。T-1により、全ての調査開拓員に向けて放たれた言葉。眠り込んでしまったレッジを目覚めさせる唯一の方法。


「そ、そんなの早すぎますよ。えへ。えへへ……」

「し、仕方ないなぁ。レッジがいないと大変だもんね。わたしちょっと助けに行ってくる」

「皆さん、ここは任せます」

「ええい、みんな欲望に忠実ね!」


 レティが頬を抑えクネクネと奇妙なダンスを始めているうちに、ラクトたちはくるりと身を翻す。それまで相手にしていた警備NPCたちは全て無視して、一路〈奇竜の霧森〉へ。


「はえええっ!? ちょ、ちょっと待って。身内のそういうのはちょっと厳しいかも!」


 シフォンは複雑な表情をしながらも彼女たちについていく。ここに取り残されても、警備NPCに囲まれて死ぬだけだ。


「あれ!? ちょっ、みんな抜け駆けは卑怯ですよ!」

「レティがボケっとしてるんですよ」


 妄想に耽っていたレティもはっと我に返り、〈白鹿庵〉の女性陣が動き出す。その時、彼女たちの頭上から影が落ちた。


「なっ!? あれは飛行機!?」

「騎士団のプライベートジェットじゃん! てことは……」


 現れたのは〈大鷲の騎士団〉が保有する航空機だ。機体に描かれたエンブレムを見つけたレティたちに、キャノピーからローズピンクの髪の少女が顔を覗かせる。


「すみません、皆さん。ちょっと急用を思い出したので!」

「最近ちょっと吹っ切れてない!?」


 真剣な表情でエンジンを吹かせるのは騎士団副団長アイ。あまりにも清々しい抜け駆けっぷりにラクトも思わずツッコミを入れてしまう。


「ていうかアイちゃん、飛行機の翼に団長引っかかってるよ?」


 Lettyが飛行機の翼にはためく青いマントを見つける。見れば、アストラが爽やかな笑顔で機翼に捕まっていた。


「兄貴!? ちょっと、離れてよ。バランス崩れて速度が出ない!」

「何を言う。レッジさんの窮地と聞いておちおち遊んでいられないだろ? 俺がレッジさんを救うんだ!」

「死ね!」

「うわーーーっ!?」


 容赦ないローリングループを繰り出すアイ。純粋な殺意のこもった曲芸飛行だが、アストラは悲鳴をあげつつもしっかりとしがみついている。


「よし、アストラさん頑張ってください!」


 飛行機などという文明の利器に頼ろうとするからああなるのだ。やはり恋は自力で勝ち取ってこそ。そんな思いでレティは足に力を込める。

 しかし状況は非常に悪い。レティたちは〈ワダツミ〉からのスタートだが、他のライバルがすでに骨塚にいる可能性は十分に考えられた。彼女は現場の状況を確認するため、ネクストワイルドホースによる現場の実況中継配信を開く。


『ご覧ください! 現場はT-1さんの告知により大混乱となっております。〈白鹿庵〉のレッジさんを救うことができれば多額の褒賞が期待できるという噂もあり、多くの調査開拓員が殺到しております! 中には〈ゴーレム教団〉や〈百足衆〉といった実力派の姿も! しかし、現場には依然として警備NPCが大量に配置されているほか、あの巨人“無尽のオロチ”も暴れ回っており、なかなか容易には近づけない状況となっております!』


 ヘリから地上を見下ろして実況するリポーターの言葉は、わずかにレティを安心させた。ライバルが多いのは気になるが、彼らがお互いに足を引っ張り合えば十分に時間を稼ぐことができる。

 そこをモデル-ラビットの跳躍力で飛び越えれば、一気に首位に躍り出ることもできるだろう。


『おおっと!? 状況に変化があります! あれは、レッジさんの愛弟子(自称)のヨモギさんでしょうか? なんと麻痺毒を大量にばら撒いて周囲の調査開拓員たちを動けなくしております!』

「なにぃ!?」


 直後に飛び込んできた実況が、そんなレティの慢心を殴り飛ばす。

 ウィンドウに表示されたのは、大挙する調査開拓員たちに黄色い薬液をばら撒くタイプ-ライカンスロープの少女の姿。高性能な遠距離集音マイクが起動したのか、彼女の声がヘリの実況チームに拾われる。


『待っていてくださいね、師匠! 師匠のファーストキスはヨモギが!』

「なに言ってるんですかあの犬ぅ!」


 対人戦経験を高さを存分に活かして破竹の快進撃を見せるヨモギ。このままでは、レティたちが辿り着くまでに、レッジの純情が奪われてしまう。レティが思わずウィンドウに向かって声を荒げたその時だった。


『ぬわーーーーっ!?』


 凄まじい爆炎がヨモギを吹き飛ばす。一瞬何が起こったか分からない。

 ヨモギがいた場所には黒く焦げたクレーターができ、煙が立ち上っている。


『すまんね。レッジとの付き合いはワシの方が長いんだよ』

『ここはちょっと譲ってもらうわよ』

『げぇっ!? どうして〈七人の賢者セブンスセージ〉がここに!?』


 爆炎の正体はメルによるアーツだった。LPこそ全く減っていないものの、衝撃で出鼻を挫かれたヨモギが目を見張る。


『何故かワシらは捕まらなかったからね。ちょうど良いし、〈白鹿庵〉が来る前に手柄は立てさせてもらうよ』

『ひ、卑怯な!』


 ヨモギは自分を棚に上げて、メルたちを非難する。七人の機術のエキスパートたちは卓越したチームワークを発揮し、次々と迫る調査開拓員ライバルたちの行く道を阻む。

 ヨモギは勢いを削がれたが、代わりにメルたちが台頭してくるとは思わなかったレティは、またもや焦る。


「カミル! カミル! あの人たちを止めてください!」


 〈白鹿庵〉サブリーダーの権限を使い、現地でレッジを守っているはずのカミルと連絡を取る。程なくして、彼女からも返答があった。


『ねえ、これってNPCでもいいの?』

「カミルさん!?」


 これは、ダメだ。状況は非常にまずい。

 レティは必死に考える。今すぐに骨塚へと向かう方法を。

 そして――。


「Letty! レティを思い切り吹っ飛ばしてください!」


 一つの結論へと至る。


━━━━━

Tips

◇Kiss with you

 〈大鷲の騎士団〉内部非公式ファンクラブ〈シングバードウォッチャーズ〉所蔵のレコード。謎のシンガーソングライター“アイ”の作品であると噂が語られる一曲。

 最近になってされた新しい作品であり、“アイ”の活動中には確認されていないため、信憑性を疑う声もあったりなかったり。

 年上の男性との熱く情熱的なロマンスをテーマに、少し背伸びしたような内容となっている。

 なお、当ファンクラブおよびこのレコードの存在は、絶対に、必ず、何があっても、本人に知られてはいけない。そのことをゆめゆめ忘れる事なかれ。


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