第1488話「生太刀乱舞」

 いくら矢を束ねたとて、まとめてへし折ってしまえば同じこと。管理者が何人かかって来ようと無駄な足掻きに他ならない。こちらは無限の体力があり、あちらは厳しい制限時間が迫っているのだ。


「はーはっはっはっ!」

『てりゃああっ!』


 ウェイドに加勢するため駆けつけた七人の管理者たち。先陣を切るのは長姉スサノオ。普段は控えめな性格の彼女だが、今日ばかりは精一杯の声を張り上げ生太刀を振り上げる。

 龍の頭が滑らかに切り落とされ、激痛が伝わる。だが少し力を込めれば、瞬く間に再生し、元通りだ。


「甘いな! その程度、擦り傷にもならないぞ」

『はァッ! 吠える元気があるのはいい事だ。遠慮なく行かせて貰うぜ!』

『うぉおおっ! いくらレッジさんと言えど、手加減しないっすよ!』


 スサノオに龍が迫る。だが、鋭牙が彼女を捉える前に、斬撃が首を断ち切った。

 前に立ちはだかったのは赤髪の二人。アマツマラとホムスビだ。彼女たちは背中を合わせるように並び立ち、こちらに剣を構える。


『覚悟!』

「はっはぁっ!」


 二人は卓越した連携で、瞬く間に龍を細切りにする。だが、その間に俺は残る七本の腕で回り込み、彼女たちを抱き込むように包囲を狭める。


『なんのっ!』

『この程度!』

「何っ!?」


 そのまま管理者たちを圧壊させるかと思った。だが、腕は滑らかに切り落とされる。

 それだけではない。俺は傷口に違和感を覚えてアマツマラたちを見る。


「何をしたんだ」

『へっ。再生が随分遅いみてェだな』

『申し訳ありませんが、焼かせてもらったっす!』


 ホムスビの言葉でようやく気がつく。傷口が焼かれ、再生が著しく鈍化していた。見れば、二人の持つ生太刀の刀身が赤熱していた。


「そんな小細工ができたのか……」

『管理者兵装と言っても、純粋な切れ味だけが全てではないっすよ』

『“熱刀・生太刀”。あたしらの技術の結晶さ!』


 アマツマラとホムスビ。日常的に超高温を用いて鉄を精錬している二人ならば、その程度の改造はお手のものといったところか。とにかく、二人の攻撃は少々面倒だ。再生できないわけではないが、隙が生まれてしまう。


「なるほど。それなら二人から優先して――」


 何も問題はない。厄介な攻撃があるのなら、それを優先して撃破すればいいだけの話。そう考えて二人に龍を差し向ける。だが。


『えらいおもろい話してはりますなぁ。あてらも混ぜてくださいな』

「がぁああああっ!?」


 龍の頭が縫い止められる。

 突如、空から降ってきた針。いや、槍だ。ただの槍ではない。異常な力を宿しているのか、刺さったところから激痛が走る。投げたのは――キヨウだ。


「な、なんだこれは――」

『“呪槍・生太刀”。武器の改造はアマツマラたちだけの専売特許やありまへんのや』


 槍は抜けず、刺さったところから赤くブツブツと泡立つような穢れが侵蝕してくる。腕の一本が再生すらできず、腐り落ちていく。


「な、管理者がなんて禍々しいものを……」

『レッジはんに言われたないですの』


 抗議の声はけんもほろろに一蹴される。

 空から飛び降りて来た時は普通の生太刀を持っていたはずだが、鞘から引き抜くと変形でもするのだろうか。なんにせよ厄介極まりない。

 とはいえ、呪槍はおそらく地面から外れると効力を失うタイプの術がかけられているだけだ。つまり、腕一本を犠牲にキヨウは無力化されたと考えていい。だったら、まだ数は互角。


「まとめて薙ぎ払ってやるよ! うぉおおおっ!」


 龍の腕二本を捻るようにして束ね、巨大な腕にする。破壊力を増した打撃武器だ。それで管理者たちをまとめて一網打尽にすればいい!


『吼えろ、塵嵐』


 ――ヴァァアアアアアアアアアアアッ!!!


「ぐ、なぁっ!?」


 凄まじい音圧が鼓膜を破る。全身を礫が貫き、硬い表皮がズタズタに切り裂かれた。

 この暴風、この絶叫。知らないわけがない。砂嵐が視界を包み込みながら、俺はそこに一人の影を見つけた。


「っ、サカオォオオオオオッ!」


 猛烈な砂嵐を巻き起こしたのは、砂漠の町の管理者サカオ。彼女が携えているのは銀色に輝く指揮棒。いや、あれはアーツの発動具か。


『“輝杖・生太刀”。あたしのアーツは桁が違うよ』


 彼女の背後には龍の姿が見える。実物ではないが、本物を凌ぐ迫力を持つ。“塵嵐のアルドベスト”その姿だ。


「それはちょっと、卑怯じゃないか」

『どの口が言ってるんだ』


 彼女が杖を振るえば、龍が迫り来る。砂嵐は俺の全身を削ぎ落とすような切れ味で、到底無視することはできない。何よりも、嵐に巻き込まれた腕がズタズタに捩じ切られてしまった。

 というか嵐は俺とキャラが被ってるだろ! 音圧はアイの専売特許だろうし。


「俺とアイの合いの子みたいな性能しやがって」

『何言ってるか全然分からん。とにかく、お前はそこから動けないんだろ。大人しく擦り下ろされるんだな!』


 砂嵐がいっそう強まる。

 こんなところで大根おろしになりたくはない。


「しかしまあ、舐められなもんだ」

『はぁ? 強がりも程々にした方がいいよ』

「俺はまだ、俺の力を使ってないぞ」


 巨人の首に埋まっている俺そのものの体。調査開拓員の機体の上半身は露出している。二本の腕と、六本のサブアームには、槍とナイフを握っている。

 龍の首が千切られても、まだ打つ手は残っている。

 今更そのことに気付いたのか、サカオたちが動き出す。それよりも早く、俺は動く。


「吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ――〈嵐綾〉」

『クソッ!』


 自然、笑みが溢れる。

 サカオが砂嵐を生み出してくれて、本当に良かった。その風を喰らい、取り込み、我が物とする。風が吹き荒れ、暴風となる。龍を中心に、魔風が渦巻く。


『ぐっ、うわああああっ!?』

『姉さん! きゃあああっ!』

『な、く、あかへんわ――ッ!』

『ぬわーーーーーっ!?』


 アマツマラ、ホムスビ、サカオ、キヨウ。彼女たちは凄まじい風の衝撃に吹き飛ぶ。タイプ-フェアリーの小柄な体も災いしたはずだ。いくら通常の調査開拓員よりも重たいとはいえ。


「はーはっはっはっ! 愉快、爽快、大喝采! いくら隠し芸を披露しても、嵐で塗りつぶすだけ! 一昨日来やがれってなぁ!」


 なす術もなく吹き飛んでいく管理者たち。嵐の中心で笑い声を突き上げ、歓喜に打ち震える。いくら管理者といえど、龍には敵わないのだ。


『――ほんと、ありがとね♪』

『レッジさんなら嵐を呼んでくれると、信じてました』

「……えっ?」


 俺は思い出す。

 姿を消していた二人の管理者の存在を。

 背後、背中に冷たい刃が突きつけられる。急速に温度が吸い上げられ、身体が凍りついていく。


「な、ミズハノメ――」

『“冷刀・生太刀”♡ レッジさん、絶対零度になっても生きられますか?』

『“波刀・生太刀”。波は全てを飲み込み、砕きます』


 雨が降る。俺が生み出したはずの嵐が、制御を奪われていた。

 雫は増え、瞬く間に驟雨へと変わる。凍えるほどに体温が低下し、身体が急激に凍りつく。

 いつしか雨は波となり、俺を渦巻く水流で包み込んでいた。


『驕りましたね、レッジ』


 巨人の肩に少女が立ち、大太刀の刃を俺の首に添えていた。


『あぅ。大人しく、してて』


 漆黒の剣が、胸元――八尺瓊勾玉に突きつけられる。

 アマツマラも、ホムスビも、キヨウも、サカオも、全ては俺の目を撹乱するため。本命はこっちだったのか。今更ながら気付く。遅すぎる。龍の力に酔っていた。

 ウェイドとスサノオが、俺の生死を握っていた。


「ああ、やっぱり龍は殺されるべき――」


 だったのか。

 そう言い切る前に、黒雲から黒い翼が降りてくる。それは管理者たちすら予想だにしない闖入者。長い尻尾を垂らし、立派な黒角を天に掲げて、静かな瞳が俺を見ている。


『龍は、まだ生きてるよ。――パパ』

『い、イザナギ――ッ!』


 ウェイドが剣を振りかざす。スサノオは俺にとどめを刺すべく剣を押し込む。だが、その切先が勾玉を砕くよりも僅かに早く。


「が、ぁ、ああああああっ!?」


 イザナギの唇が、俺の額に触れる。

 黒い稲妻が周囲に迸った。


━━━━━

Tips

◇“黒刀・生太刀”

 シード01-スサノオ管理者専用兵装。全てを飲み込む無限の虚。故に極限の切れ味を誇り、最強の一振りとなる。触れた物を虚無の彼方へと消却される。


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