第1486話「暗黒巨神龍」

 ――95%


 管理者専用兵装“生太刀”は、適正〈剣術〉スキルレベル300に設定されている。故に調査開拓員はまず扱うことができず、これにより管理者専用の名を表している。管理者はスキルシステムの上限を特例的に撤廃することが可能であり、一時的にレベル100以上のシステム補正を受けられる。

 レベル300相当の極めて高い攻撃力、斬撃能力、物理攻撃能力を誇る生太刀。だが、その威力を保証するため、鞘から引き抜いた瞬間に莫大なエネルギーを消費する。ウェイドが握る柄の目盛りが1%減った瞬間、都市が一日に生産するエネルギーが消え去ったことを意味するのだ。

 故に。ウェイドは短期決戦を選ぶ。選ばざるを得ない。そのはずだった。


 ――93%


『な、ぁ……っ!?』


 だが今、彼女は剣を握ったまま立ち尽くし、目の前に立ち上がる黒い巨影を見上げて呆然としていた。

 骨塚の中心に構えていた黒鉄のテント。警備NPCによる攻撃すら跳ね除けるほどの高い防御力を誇った鉄の陣営。ウェイドが抜刀すると共にその鉄扉が開き、中からそれが現れた。


『なんですか、それは……。その姿は!?』


 ウェイドが喉を裂く勢いで叫ぶ。

 彼女の青い瞳が揺れていた。

 テントの中にいたのは、反旗を翻した愚かなる調査開拓員レッジ。そして調査開拓員企画の名の下に鍛えられ、八塩折の酒によって深く寝入った“饑渇のヴァーリテイン”。その二者がいたはず。

 だが、開いたテントから現れたのは――。


「超合体、暗黒巨神龍ヴァリレッジ! なんつって」


 あはは、と脳天気に笑う黒い巨人。いつか見た、レヴァーレンが変異した頭のない巨人に似ている。だが、その腕は八本となり、それぞれの先端に龍の頭がある。老樹のごとき二本の足で立ち上がり、八本の尾が地を舐める。

 そして、無頭のはずの首の上――そこにレッジが埋まっていた。


『何をやってるんですか!!?!?』


 ――90%


 八尾八頭一男。あまりにも歪な筋骨隆々の巨人の出現に、ウェイドもこれまでの怒りを忘れ驚愕が表出する。

 レッジがただ巨人の肩に乗っているのかと思えば、そうではない。彼は腰から下を巨人の首に埋め、有機的にそれと結合を果たしている。巨人の四肢には太い血管が浮き上がり、それが脈動することで生命活動を表している。それがそもそもおかしいのだが。


「俺にもよく分からないんだがな。なんかテントの中で待ってる間が暇だったから酒を飲んでたら酔い潰れて、そのまま寝て起きたらこうなってた」

『なっ、はっ……そうはならないでしょう!』

「なってるじゃないか……」


 理屈がどうとか、筋がどうとか、ウェイドは勢いよく捲し立てる。しかしレッジは困ったように頭を掻くだけだ。


「ともかく、剣を抜いたということは、そういうことだよな」

『っ! ――ああ、そうですよ! 管理者として、私は今からあなたをコテンパンにしますからね!』


 生太刀の切先がまっすぐレッジへと向けられる。ウェイドは覚悟の決まった目をして、強く断言した。

 レッジが謎の巨人と合体を果たした以上、もはや和解は不可能である。今更何を言っても――まあ、土下座して咽び泣きながら靴でも舐めて、砂糖の2,000トンくらいを毎日納品すると言ったりすれば考えないこともないが――とにかく許すわけにもいかない。

 ここで彼を野放しにしてしまえば、それこそ他の調査開拓員たちに示しがつかないのだ。


『アンタ、また随分大きくなったわね。何やったの?』

「よく分からん。あとで実験しようか」

『何を私の目の前でヤバい事話し合ってるんですか! カミルもナナミもミヤコもクチナシも、全部容赦しませんよ!』


 主人がすさまじい変貌を遂げたにもかかわらず、カミルは臆する様子もない。ナナミとミヤコに至っては、ほとんど反応すら示さずに警備NPCを叩き潰し続けている。そんなNPCたちの様子も、ウェイドの神経を逆撫でた。


 ――87%


「そうだなぁ。生太刀もそう長くは使えないだろうし、早速やろうか」

『ッ!』


 レッジが――巨人が向き直る。

 ウェイドは今まで感じたことのない重圧を受けながらも、管理者として堂々と対峙する。銀の刀を上段に構え、足に力を込める。


「カミル、ナナミ、ミヤコ、ちょっと離れてた方がいいぞ」

『五月蝿いわね。自分の世話くらいできるわよ』

『ジャア、邪魔ガ入ラナイヨウニ露払イダケシテオキマスネ』

『ヒャッハァアアアアッ!』


 カミルたちが散開する。ウェイドもまた、余計な損失を出さないように警備NPCたちを撤退させた。潮が引くように機械の軍勢が下がり、雇われていた調査開拓員たちも慌てて退避する。

 そして骨塚には二人だけが残った。


 ――85%


『一応、警告しますが。本当に手加減はできませんよ』


 最後の優しさ。


「本望さ」


 龍と英雄が走り出す。


━━━━━

Tips

◇消去された文章

 情報提供者からのシナリオ通りに事が進んでおる。ここまでピタリと当てられると、むしろ空恐ろしいほどじゃ。とはいえ、タカマガハラにできる事は何もない。ただ、事の趨勢を見守るのみ。あとは龍が負けてくれれば良いのじゃが……。

[情報保全検閲システムISCSにより、この文章は3秒後に完全に消去されます]

[消去は不可逆であり、保存、複製、転載は許可されていません]


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