第1485話「押して開かず」

 弧を描き、正確に予測された弾道をなぞるようにして榴弾が飛ぶ。夜の森には煌々と照光が焚かれ、影という影が森の中へと逃げていた。榴弾はライフリングの螺旋に従い、滑らかに回転する。空を切るようにして、しかして星の重力に誘われ。次々と発砲の音が連なり、調査開拓員たちの耳朶を打つ。炸薬の衝撃は砲台を担いだ警備NPCにものし掛かり、柔軟な八本脚と衝撃緩衝機構が連携をとって受け流される。

 めりめりと大気の層を破りながら、榴弾は飛ぶ。そしてきっかり3秒後、それは黒鉄のテントに弾頭を触れさせた。


ドァアンッ!


 重く腹の底に響くような爆音が、地面を伝う。骨塚の積み上がった骨片の山が崩れる。

 追従する榴弾も次々と到着し、テントは瞬く間に炎で彩られた。粘着性のある燃料がばら撒かれ、轟々と火焔が燃え盛る。榴弾の爆風と鉄片による衝撃で装甲を食い破り火焔が傷口へと染み込む。そんな凶悪な意図に沿って作られた兵器だ。


『やれーーーっ! やっちまえ! そこです! ほああああっ!』


 悲しむべきことは、その兵器が味方に向けられているということだろう。

 陣頭指揮を執り奇声を上げる銀髪の少女、管理者ウェイドが青い瞳で睨みつけているのは、黒鉄のテント。そこに立てこもっているのは調査開拓員レッジその人だ。調査開拓団にも多大な貢献をもたらした功労者に対し、ウェイドは凄まじい仕打ちだった。


『チッ、これでもまだ傷ひとつ付きませんか。厄介なテントですね!』


 粘性燃料が燃え尽き、黒煙が晴れる。その下から見えたのは、傷ひとつなく佇むテント。


「あのー、ウェイドちゃん。ちょっとリソース消費が激しいんでないの?」

『うるさいですね! あなたもしょっ引かれたいんですか!』


 ウェイドによるテント砲撃が始まって小一時間。全く進捗と呼べるようなものはなく、ただひたすらに弾薬が浪費されていく。〈ウェイド〉の武器庫から榴弾やらミサイルやらを運ぶ特別任務を受注している調査開拓員が一言進言するも、頭に血が上ったウェイドは大きな声で威嚇する。

 その時、彼女らの頭上で鏑矢のような甲高い音がする。それが耳に届いた途端、調査開拓員は慌てて近くの塹壕へと飛び込み、ウェイドも護剣衆に盾を持たせた。


ドドドドドドドドドッ!!!!


 直後、驟雨のように降り注ぐ鉄の弾体。ひとつのミサイルから細かく分かれた、投射体だ。シンプルな鉄杭のようなものだが、はるか上空から降り注ぐそれは凄まじいエネルギーと破壊力を孕んでいる。


「ひいいっ!?」

「クチナシちゃんも容赦ねえな!」

『くっ、あちらの制圧もしたいところですが……。ワダツミは何をやっているのです』


 少なくない数の警備NPCが装甲を破られ、脚関節を吹き飛ばすなか、ウェイドは唇を噛み後方を見やる。遠く森の向こうに広がる海に、わざわざ〈ミズハノメ〉の港湾から駆けつけた船がいる。なぜか調査開拓団に反旗を翻すクチナシ級十七番艦の遠距離砲撃は、壊滅的被害をもたらしこそしないものの煩わしい。

 ウェイドはワダツミにその対処を任せていたが、一向に砲撃は止まない。

 船といえば、他にもNPCが裏切り行為を見せている。


『てやーーーーっ! ほわたっ!』

『ハッハッハッ! マルデ歯応エガ無イワネェッ!』

『ミヤコ、チョット出シャバリ過ギデスヨ』


 モップと箒というふざけた武器で嵐のように警備NPCを吹き飛ばすメイドロイド。原型を留めないほど改造され、重機用アタッチメントや規格外の巨大狙撃砲を接続した警備NPC二機。突如現れた彼女たちは管理者に臆せず歯向かい、今も損害を与え続けている。

 あちらも機銃装備型や近接攻撃型を含めた機動力の高いユニットに対処を命じているが、現在も成果は上がっていない。むしろ虎の子の護剣衆がすでに七機も破壊されている。


『とにかく弾幕です! そこ、弾幕が薄いですよ! 何やってるんですか!』

「ひええ……」


 ウェイドは高額の報酬を設定した特別任務を公開し、調査開拓員の戦力もかき集めていた。骨塚を囲むように掘られた塹壕には多くの調査開拓員が潜り込み、次々と攻撃を放っている。

 この際、調査開拓団規則による同胞背撃の禁止は管理者権限で撤廃した。だから、当たりさえすればあの男も倒せるのだ。


『こうなったら仕方ありません……。都市防衛設備を起動します!』

「ちょっ、ウェイドちゃん!?」


 埒が開かないと判断したウェイドが、ついに宣言する。

 都市防衛設備とは、調査開拓団の拠点として重要な意味を持つ地上前衛拠点スサノオや海洋資源採集拠点ワダツミなどの都市を防衛するためだけに使用される兵器群の総称だ。都市の持つ巨大なエネルギー生産設備に依存した超出力の巨大兵器であり、調査開拓員の火力限界を大幅に超越する。

 猛獣侵攻においても最後の砦として機能する超兵器を使えば、たとえレッジのテントであってもひとたまりも無いだろう。


「まずいって! リソースの消費が!」

「もう〈ウェイド〉のリソースはカツカツよ!?」


 とち狂ったウェイドの言葉に、周囲の調査開拓員たちは慌てて止めにかかる。彼らも特別任務で参戦したとはいえ、元々ウェイドのファンを自認する層が大半だ。レッジの撃破よりも、ウェイドの身を案じるほうが優先される。


『ええい、離しなさい! 私はあの男をぶん殴らないと気が済みません!』

「ヌワーーーッ!?」


 屈強なタイプ-ゴーレムの男たちが四人がかりで羽交締めにするも、パワーリミッターを解除した管理者機体の力には叶わず、児子に与えたスポンジケーキのように荒く吹き飛ばされた。


「これ、最初からおっさんの提案に乗って管理者専用兵装使ってた方が――」

「バカお前!」

『私の完璧なリソース管理に何か意見が?』

「アッいえ、なんでもないです」


 思いついたことを軽率にもそのまま溢そうとした調査開拓員は、ウェイドに睨まれ黙殺される。現場の意見が上に届かない、組織環境は劣悪に発酵していた。


『とはいえ、あのテントを破るには生太刀が必要ですか……。チッ。仕方ありませんね』


 ウェイドが手を伸ばす。側に控えていた護剣衆が筐体を開き、中から銀色の太刀を取り出して渡す。しゃらりと鞘から引き抜いた、刀身は滑らかな波紋を美しく輝かせ。


『覚悟しなさい、レッジ。私に剣を抜かせたことを!』


 倒置法で怒りを露わにしながら、ウェイドはついに骨塚へと飛び込む。

 生太刀の柄にはエネルギー残量を示す目盛り。


――98%


「おっ、やっと出てきてくれたか」


 あまりにも気の抜けた緊張感のない声と共に、テントの扉が


━━━━━

Tips

◇外開内封の黒陣

 呪術的な理論体系を導入した実験的なテント。一度閉じれば外部からのあらゆる干渉を弾くが、内側から開くことは用意。条件設定の難易度が高く、現状は非常に硬い外開きのテントとなっている。

“気になってる人と二人きりでロマンチックな気分に浸れるテントです。ふへへ”――呪具職人ホタル


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