第1484話「これは、槍です。」

 装備を没収され、手錠と足枷をかけられ、牢屋に入れられた。兄貴も装備がなければ多少運動神経がいいだけでしかない。私はクリスティーナたちと一緒に途方に暮れていた。

 第一戦闘班のみんながしおしおとして、「最期に副団長の歌ぁ聞かせてくだせぇ」なんて言うものだから、ちょっと歌おうかと思った矢先。制御塔の隅々まで響き渡るようなサイレンと共に真っ赤な警告灯が回り始めた。


「な、何事!?」

「予想よりも早かったな。さて、そろそろ準備をしようか」


 驚く私たちとは裏腹に、兄貴は起き上がって伸びをする。まるでこうなることが分かっていたかのような反応だった。


「団長、これはいったい」

「〈白鹿庵〉が動き出したんだ。塔全体の警備NPCがそっちに向かうから、この辺りは警備が手薄になる」


 どうやら、私たちと一緒に捕まっていたレティたちが脱走したらしい。兄貴はそれを予想していた。

 けれど、警備NPCがあっちに集中したところで私たちは不自由な身。ここからどうやって――。……そっか!


「みんな、ちょっと耳塞いでて!」

「副だんちょ!?」


 兄貴が求めていることが分かった。私は隣の牢屋にいる仲間たちにも指示を出して、大きく息を吸い込んだ。


「『ハイトーンボイス』『ウルトラソニック』『グレートハウル』――ィィァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッ!!」

「ミ゜ッ!?」

「きゅぴっ」


 道具がなくても、声は出せる。〈歌唱〉スキルと喉を酷使して、可聴域を超える超高音で叫ぶ。

 音は空気を伝わる波。細かく連なる揺れは物質へと叩きつけられ、揺るがす。その結果、非常に硬い物質であっても、むしろ硬ければ硬いほど、よく砕ける。


「――――――――――ッ!」


ドガァアアアン!


 もはや声ですらない、音と称する他にない振動。それが地下牢の堅固な壁を凄まじい衝撃で破壊する。


「カハッ」

「副団長!」

「あ゛や゛く゛、は゛し゛って゛!」


 代償として喉が潰れる。壁を破壊できるほどの超音波が、私の喉を震わせて平気であるはずもなかった。青い血を吐き出しながら、心配顔の部下に発破をかける。クリスティーナたちも第一戦闘班の精鋭だ。今何するべきか分かったのなら迅速に動く。


「クリスティーナさん、隔壁が降りて来てます!」

「チッ。槍があれば突撃で破壊できるものを……」


 走り出そうとした直後、廊下を分断する隔壁が降りてくる。もう喉は使えない。あれを破壊するには、武器が必要だ。


「クリスティーナ、これを使え!」

「なっ、団長!?」


 兄貴が何かを投げる。

 それは、私の声でバラバラになった格子だった。非常に硬質な金属製の棒で、先端が砕けて尖っているとはいえ――。


「流石にこれは、槍ではないですよ!」

「なんだ。ゴブリン製の武器よりはよっぽど使えるだろ?」

「た、確かに!」


 眉を顰めて文句をつけるクリスティーナは、すぐに反論される。確かに、私たちの扱う武器は何も天叢雲剣である必要はないということが、先のイベントで流通し始めたゴブリン製の武器から分かっている。

 重要なのは、どう認識するか。


「クリスティーナ、それは槍です。長くて立派な、銀色に光る槍です」

「副団長……。わかりました。確かに言われてみれば、レッジさんのものにも似ているような気がしてきました」


 使い手が槍だと思えば、それは槍となる。


「音楽隊、斉唱準備。“勇ましき騎兵の軍歌”を」

「はいっ!」

「突撃隊、構え!」

「応ッ!」


 騎兵隊が、猛々しく走り出す。彩るのはアカペラの軍歌だ。


━━━━━


「はっ! 何か聞こえますよ!」


 トーカと別れ、整備用通路を走っていたレティが耳をぴくんと跳ねさせる。彼女のウサミミが、かすかに聞こえる歌を機敏に察知した。


「この軍歌……勇ましき騎兵の軍歌ですね。はっ!」

「どうやら、この先で戦力が増やせそうだな」


 レングスがサングラスの下で笑う。


「近くのドアを開けるか?」

「そうですね……。いえ、先に武器庫へ向かいましょう。あちらもきっと、同じ場所へ向かうはずです」


 レティは走り続けることを選択した。武器庫はもうすぐそこであった。そして、壁越しに漏れ聞こえる歌も、その方向を目指している。

 大手攻略組であれば、レングスたちが調べ上げた中央制御塔の内部構造を把握していてもおかしくはない。彼らならば、きっとそこへ向かうはずだ。

 それは信頼によるものだった。レティの決断をLettyたちも支持する。


「では、走りますわよ」


 ヒマワリがケーブルを飛び越え、パイプをくぐって走る。タイプ-フェアリーの機敏な動きに、エイミーたちも遅れないようについて行く。

 整備用通路は表の構造に押しやられて歪な形だ。それでもギリギリ、エイミーのようなタイプ-ゴーレムもなんとか進める。


「はー、胸が大きいと大変だわ」

「言ってる場合ですか! ちゃきちゃき進んでください!」


 多少の余裕も出てきたなか、ヒマワリが前方を指差す。


「あそこですわ!」


 入り組んだ通路の先に、扉がある。当然のように頑丈な装甲扉で、厳重に鍵がされていた。管理者の許可がなければ到底開けないような代物であるはずだったが、レングスは不敵に笑って懐からピッキングツールを取り出す。


「余裕だな。30秒で開けてやる」


 厳つい人相と太い指に似合わない器用さを発揮して、レングスが鍵穴をいじる。時には小型のコンピュータなども強引に繋いで、電子的なロックにも介入する。堅固なセキュリティに流し込むのは、どこかの誰かが作ったセキュリティ突破ウィルスである。


「ひゅぅ。一丁あがりってな」

「さすがですね!」


 宣言通り、30秒で錠が開き、床に落ちる。


「オラァッ!」


 最後はマスターキー、もといレングスのメインウェポンであるバールが翻り、扉が吹き飛ぶ。

 眼前に現れたのは壁一面に無数の金庫が並ぶ保管庫。レティたちが足を踏み入れた直後、正面の扉が開く。


「やあ、予想通りここで会えましたね」

「待ってましたよ、アストラさん!」


 入って来たのは、警備NPCの足を担いだアストラと、鉄格子を杖のようにして体を支えるクリスティーナたち〈大鷲の騎士団〉の面々。その中には、アイの姿もあった。

 〈白鹿庵〉と〈大鷲の騎士団〉は驚くこともなく、ひとまず再会を喜んだ。


━━━━━

Tips

◇情報飽和式電子障壁突破ウィルス

 パブリックデータベースにアップロードされていた、強力な電子障壁破壊ウィルスプログラム。検閲により危険が発覚し、即時の消却が行われたが、わずかにダウンロードされた形跡が見られる。管理者ウェイドによる製作者への尋問により対応策が確立され、優先度の高い箇所から順次対抗障壁の実装が行われている。

“実はバージョン2.0ってのもあるんだが”――匿名希望製作者

“ああああああああああっ!!!!!”――管理者ウェイド


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