第1483話「ここは任せて」

 壁の中の狭い空間に飛び込んだレティたちは、そこで窮地を救ってくれたレングスとヒマワリの二人に改めて感謝する。あそこで偶然でも二人が現れなければ、今頃レティたちは捕縛されて牢に連れ戻されていたことだろう。


「なんにせよ無事で良かった。中央制御塔が厳戒態勢に入ったからもしかしたらと思ったが」


 レングスたちは、けたたましく鳴り響くサイレンを聞いてレティたちの脱走を予感したようだった。彼らは都市の構造や間取りを専門的に調査し、情報をまとめてwikiに掲載する編集者と呼ばれるタイプのプレイヤーだ。それゆえに〈ワダツミ〉の最重要区画である中央制御塔の内部構造にも精通しており、こうして管理用の裏道を通じてやってきた。


「ありがとうございます。本当に助かりました」

「警備NPC相手に丸腰だなんて、相変わらず無謀なことをしてますわね」


 素寒貧のレティたちを見て、ヒマワリが呆れ顔で言う。そもそも警備NPCは調査開拓員を遥かに超えるステータスが設定されており、普通は勝てるという発想さえ浮かばないような存在なのだ。それを相手に救助されるまで生き残ったあたり、レティたちの規格外さが浮き彫りになる。

 ヒマワリは当然のこと、見た目に似合わずレングスも戦闘系のスキルは一切持たない非戦闘職である。そんな彼女たちでも、〈白鹿庵〉が大それたことをやってのけたと理解していた。


「レティたちも好きで丸腰なわけじゃないんですよ。没収されたハンマーを早く取り返したいんですが、どこにあるのかも分からなくて」

「なんで脱走なんかしたんだよ……」


 レングスの至極尤もな指摘に、シフォンがはえんと鳴く。


「それなら、いくつか候補がありますわ」


 暗い整備用通路に小さな灯りが広がる。ペンライトを点灯させたヒマワリが地図データをウィンドウに表示させた。

 本職が地図師マッパーである彼女は、当然のように中央制御塔の内部構造も精緻に把握しているようだった。地図にはいくつかのポイントが示されており、そこに何かがあることを示唆していた。


「流石ヒマワリさん! 頼りになりますねぇ」

「これくらいお茶の子さいさいですわ。とりあえず、近場から行ってみましょうか」


 整備用通路は狭く照明もないが、同時に警備NPCの巡回ルートからも外れている。そのことを熟知しているヒマワリは、状況に似合わない気楽さで足を踏み出した。


「でも、よくレティたちの居場所が分かりましたね。ナイスタイミングでしたよ」

「それはちょっとカラクリがあってな。アリエスに占ってもらったんだ」

「はえ、師匠?」


 暗い通路を身を屈めて歩きながら、レングスはここまでの経緯を話し始める。


「俺たちはただの実行部隊だ。他にもアリエスやらムビトやら、まあそれなりの数が結託して動き始めてる」

「はええ。確かに師匠なら占いでわたしたちの場所もわかる、のかな?」


 実際に現地へやって来たのは制御塔の内部構造に精通しているレングスたちであったが、その過程には多くの人々による支援があった。アストラたち要注意人物に認定され、身柄を拘束されている者はいるが、それ以外にも〈白鹿庵〉と縁のある者は多いということであった。


「まさしくレティさんの人望ね!」

「そういうもんですかね? どっちかっていうとレッジさんの方だと……」


 隙あらば称賛するLettyに、レティは首を傾げる。彼女としてもレングスたちは良き友人だが、それよりも彼らはレティたちの先、レッジに目を向けているような気がしてならない。


「そういえば、レッジはどこで何してるの?」

「骨塚にテント広げてバリテンと寝てるぜ」

「はああああっ!? ちょ、レッジさん、何やってるんですか!」


 レングスのあまりに骨子を欠いた説明に、レティが大きな声をあげる。慌ててヒマワリが止めようとするが、既に遅きに失していた。


『Hold! 見つけましたよ! ちょこまかと隠れて!』

「げぇっ、ワダツミさん!?」


 どこかに設置されたスピーカーから怒りをはらんだワダツミの声が響く。いかに整備用通路といえど、管理者のお膝元には違いない。ワダツミは各所に設置された監視設備を通して、レティたちの現在地を即座に弾き出した。


「やばいな、ちょっと急ぐぞ!」

「す、すみません!」


 壁からガリガリと金属を削る音がする。警備NPCたちが制御塔の破損も構わず迫って来ていることは明らかだった。

 ヒマワリの案内を受けながら、レティたちは急いで通路を駆けていく。


「ああもう、狭いわね!」


 煩わしそうにケーブルの束を払うのは、体格の大きなエイミーだ。タイプ-ゴーレムの体には、整備用通路は狭すぎる。あちこちにケーブルが這い、複雑怪奇に管が入り乱れる。動線の確保も度外視されているせいで、レティであってもいつもの機敏な動きは出せなかった。

 通路の奥からガシャガシャと騒がしい足音が近づいてくる。人型よりも多脚の蜘蛛型の方が、通路での移動速度は速い。


「仕方ないですね。レティは先に行ってください」

「トーカ!?」


 音が次第に大きくなるなか、トーカが足を止めて背後へ向き直る。突然の行動にレティたちは驚くが、彼女は分捕ったばかりのエネルギーブレードを構えていた。


「ここで時間を稼ぎます。なに、警備NPC程度すぐに片付けて後を追いかけますよ。なに、全部倒してしまっても構わないんでしょう?」

「死亡フラグお得セットみたいなのやめませんか!?」

「ふふっ。ま、実際ここで死ぬつもりはありませんよ」


 トーカの言葉で緊張がわずかに和らぐ。少女は不適に笑い、ブレードを振り下ろした。

 蒼火が散り、激しい音がレティの耳を叩く。


「ひゃあっ!?」

「うえっ、何これ……」


 トーカが切り裂いたのは、壁に取り付けられた管だった。引き裂かれた穴から、大量の液体が勢いよく吹き出しラクトたちを容赦なく濡らす。異臭を放つそれに悲鳴があがるなか、トーカは文字通り浴びるようにしてその液体を飲んだ。


「うぷっ、ふへっ」

「まさかトーカ、これ――」

「ブルーブラッドのようですね。おかげで力が湧いてきましたよ!」


 タイプ-ヒューマノイド。モデル-オニ。額に二本の角を持つ彼女は、血を吸うことで力を増す。そして、中央制御塔には警備NPCたちに充填するためのブルーブラッドが配管を通じて流れていた。

 警備NPCのためにチューニングされたブルーブラッドは、彼女に凄まじい力を授ける。


━━━━━

Tips

◇警備NPC用BB

 警備NPCの使用を想定して配合を行った、特別なブルーブラッド。通常、調査開拓員やその他のNPCには適合しない。


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