第1482話「脱走の手引」
警備NPCという存在は、管理者の命令によって調査開拓団規則違反者、敵性存在、脅威認定存在といった社会秩序を乱す者を捕縛または除去することを目的にする機械群の総称である。自由意志が認められるが故に統率の取りきれない調査開拓員たちを締め付ける治安維持組織の構成体とも言える。
その性能は様々ではあるが、求められる機能から、上級警備NPCともなれば調査開拓員をはるかに超える実力を持つ。一機あたりに莫大なリソースを注ぎ込んで作られる最上級警備NPC“護剣衆”ともなれば、もはや調査開拓員では太刀打ちできないほどの能力を誇る。
「てゃあああああいっ!」
「へいパス!」
「えーっと、ここかな?」
「はえええんっ!?」
『Pipipipipipipipipi――!!?』
爆炎が巻き上がり、爆音が中央制御塔を揺るがす。
最強を誇り管理者の身辺警護も務める最高傑作と名高い“護剣衆”の一機が、夏の大空を彩る大花火のように壮絶な最期を遂げた。悲鳴のようなアラームを断末魔として、木っ端微塵に砕け散った。
拳に〈破壊〉スキルによる時空の歪みを伴ったレティが装甲を吹き飛ばし、エイミーが鋭い蹴撃を加えて内部基盤を破壊する。露わになったコアを精密に打ち抜くのは、手のひらサイズの氷柱を手のひらに生成したラクト。回路がショートし異常発熱で爆発しはじめる“護剣衆”はシフォンの元へと転がり、悲鳴と共にパリィキックで廊下の奥へと叩き込まれ、華々しいゴールを決めた。
「くっ、刀さえあれば私だって……!」
悔しげに唇を噛むのは素手ではやることのないトーカだ。武器も防具も没収されてしまった以上、彼女には戦う術はない。牢屋の中でチマチマと〈体術〉スキルのレベルを上げていたレティ、そもそも高レベルの〈体術〉スキルを持つエイミー、道中処理した警備NPCからナノマシンパウダーをかき集めたラクト、とりあえず投げつけたらパリィを決めてくれるシフォンが、現在の主戦力である。
「姉さんは偵察手伝って。俺も装備がないと感覚が鈍ってる」
「分かってるわよ――!」
曲がり角に潜んでいた警備NPCに、トーカが壁を跳ね返らせて瓦礫をぶつける。〈投擲〉スキルによる補正はなかったが、人並み程度のコントロールは可能なのだ。
虚を突かれた蜘蛛型の警備NPCが飛び出したところ、シフォンが反射的に足で蹴り上げてパリィが決まり、天井に突き刺さる。
「ひゅう! シフォンもえげつない事やるわね!」
「はええっ!?」
ともあれ、武器も防具もなければ一撃掠っただけで即死するのは全員共通である。一刻も早く、体勢を立て直す必要があった。
「シフォン、ナノ粉ちょっと渡すよ」
「あ、ありがとう。いや、わ、わたしは平和的に解決したいんだけど」
「今更だねぇ」
ラクトが火花を散らして痙攣する警備NPCの外装を外し、内部に入っているナノマシンパウダーをかき集める。内部機関に小規模なアーツを利用している警備NPCは多く、パズルのような機体を分解すれば〈解体〉スキルがなくとも多少の触媒が手に入った。
ラクトは現状の主戦力だが、シフォンもまたメインウェポンが機術製武器という独特のスタイルであり、触媒さえあればひとまず武器が手に入る。
彼女本人の主張はともかく状況は刻一刻と悪化する以上、氷の手斧程度を用意しておく必要はあった。
「はええん……」
レティたちは牢屋にワダツミを繋げ、脱走した。しかし直後に塔全体に緊急事態が知らされ、警備NPCたちは脱走者拘束のため動き出している。護剣衆を打破できるとはいえ、それは一対多かつ横槍の入らない理想的な環境における結果であり、奇跡のようなものだ。
「武器庫とかってどこにあるんでしょうね?」
「それが分かれば苦労しないんだけど」
とりあえず脱走してみたレティたちだが、すでに塔全体の隔壁が降りて、二進も三進も行かなくなっている。事態は困窮していると言っていい。
「っ! 正面から装甲重装タイプ!」
行き当たりばったりに走るレティたちに、ミカゲが待ったをかける。ガシャガシャと重たい足音を響かせて前方に現れたのは、大型の盾を構えたバリケード要員の警備NPCたち。隙間なく通路を埋め、後方から機銃タイプが照準を定めている。
「こ、後退!」
レティが顔を青くして踵を返す。
「ダメです! こっちからは護剣衆が!」
「やばいですよ!?」
だが後方のトーカがそれを留める。現れたのは四本のエネルギーブレードと二丁のサブマシンガンを携え、感情のないはずの機体に怒りを滲ませた警備NPCの最高傑作。一機でも苦戦を強いられる強敵が、徒党を組んで立ちはだかる。
前門の機銃、後門のエネルギーブレード。万事休すかと思われた、その時だった。
「ビンゴ! さすがだなひまちゃん!」
「ヒマワリです。二度と間違えないでくださいまし」
突然、滑らかな鋼鉄製の壁がぱかりと開く。陽気な声と共にぬっと現れたのはサングラスを掛けた禿頭の巨漢。厳ついレザージャケットを羽織り、指や首に銀のアクセサリーをジャラジャラと飾った、どう見てもカタギではない悪人顔。彼の足元には、黒いゴスロリ風ドレスの少女が顔を顰めて立っている。
奇妙な組み合わせの二人組が突然現れ、レティは目を丸くする。
「レングスさんと、ヒマワリさん!?」
「再会の抱擁といきたいとこだが、ちょっとここは賑やかすぎるな。とりあえずこっちに来い!」
装甲重装タイプの後方に構えた機銃が空転を始める。護剣衆のブレードが小刻みに振動し始める。レティたちは考える暇もなく、咄嗟に壁に開いた穴の中へと飛びこんだ。
「はええええええっ!?」
ダダダダダダダダダッ! とアルミ缶サイズの砲弾が猛烈な勢いだ叩き込まれ、護剣衆たちが高速回転しながら飛びかかる。
「ええい、剣はそんな闇雲に振り回すものではないですよ!」
『Gagapi!?』
最後尾に立っていたトーカが怒気を含めて護剣衆の懐に肉薄する。非人間的な機体を生かし猛烈な円回転でブレードを振り回す護剣衆に手を伸ばし、マニピュレーターからブレードを分取った。
「トーカ!?」
「これぞ天眼流無刀取り。いいお土産ができましたね!」
『Bagapi!?』
強奪したブレードで護剣衆を貫き、刃を抜く勢いでバリケードの方へと投げつける。最高傑作の回転攻撃を受けた装甲盾は紙のように破れ、コントロールを失った機銃が無秩序に乱射を始め、一気に敵の隊列が瓦解する。
「俺たち、余計なことしたか?」
残りの護剣衆に追われて飛び込んでくるトーカを迎えながら、窮地を救いに来たはずのレングスはサングラスの下で眉を顰めるのだった。
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Tips
◇高周波パルスエネルギーブレード“蒼牙”
最上級警備NPC“護剣衆”が標準的に装備する最新鋭のエネルギーブレード。内蔵した小型ブルーブラストリアクターから放出される高密度エネルギー体をパルス制御式整形機構を通して刀身とする。その特性上破損の心配がなく、エネルギーが尽きない限りは戦い続けることが可能。“護剣衆”の使用を前提としているため調査開拓員には扱えない形状、機能を有している。
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