第31章【貴方に愛の告白を】
第1480話「反旗を翻し」
赤々と輝くサイレンが、〈奇竜の霧森〉の骨塚を取り囲んでいた。無数の警備NPCが〈ワダツミ〉と〈ウェイド〉から派遣され、隊列を組んで並んでいる。物々しく武装した彼らは調査開拓員たちを退け、骨塚の中心を見据える。軍勢の先頭に立ち、メガホンを掲げているのは銀髪の少女――管理者ウェイドその人だ。
『調査開拓員レッジ、あなたは完全に包囲されています! 大人しく投降し、武装を解除して出てきなさい!』
少女の声が増幅され、暗い夜の森に響く。無数の投光機が強烈な光を向ける先に、八角形をしたテントが佇んでいた。
『聞いているんですか! あなたの行いは明確な、調査開拓団への反逆です! 今すぐ出てきなさーい!』
怒り心頭のウェイドが声を荒げる。
事の発端は数時間前のこと。レッジがウェイドたちへの翻意を示し、骨塚の中心に眠るボスエネミー“饑渇のヴァーリテイン”の元へと逃走した。異変が生じたのはその直後のことで、本来の予想であればウェイドはヴァーリテインが展開している未知の結界によって退けられるはずだったのが、なぜか無事だった。あまつさえテントを建ててそこに立て籠もり、今もウェイドたちからの勧告を無視し続けている。
『聞いてるんですか! おい!』
再三の呼びかけにも応じず、八角形のテントは沈黙を保っている。ネットワーク回線から強制的に機体の無力化を図ろうにも、見知らぬファイアウォールによって管理者権限も阻まれてしまった。
いよいよウェイドは堪忍袋の緒がブチ切れた。
『ええい、こうなれば仕方ありません。全軍、レッジの身柄を確保しなさい!!』
『Riririririririri――ッ!!!!』
平和的な交渉が無駄と悟ったウェイドは、ついに決断を下す。
T-1から〈龍王の酔宴〉に関する広範な権限を受けている彼女の号令は、実行力を持ってNPCたちを動かす。武装した警備NPCたちが多脚を鳴らし、骨塚の中へと荒々しく踏み入った。
けたたましいアラートは気炎万丈の吶喊であり、ウェイドからレッジへの最後の音声だ。その声が到達したその時、テントなど木っ端微塵に砕け散り、内部に引きこもる男はなす術なく引き摺り出されることになる。
ウェイドは、彼がいよいよ観念して出てくると思っていた。
だが――。
『てゃああああああああいっ!』
『Pipipipipipipipipi!?』
『ぬわーーーっ!? 何事ですか!』
闇夜のなか赤い目を光らせ飛び込んだ黒波の警備NPCが、次々と吹き飛んだ。足を捻じ曲げ、装甲を歪ませ、重量数トンの巨体が塵のように空を舞う。ガシャガシャと騒々しい金属音に混ざる少女の声に、ウェイドは目を見張る。
『な、あ、あなた――カミル! 何をしてるんですか!』
『ほわちゃー! てりゃいっ! ……そっちこそ、アタシの主人に何してくれてるのよ!』
テントの前に立ちはだかる、小さなメイド。赤髪に白いヘッドドレスを載せて、切れ味鋭い眼光を向ける。その手には箒とモップがトンファーのように握られていた。
彼女はFF型NPC-255、個体名カミル。レッジの下でメイドロイドとして活動する個体である。
予想だにしないNPCの反逆に、ウェイドは理解が追いつかない。邪魔をする可能性があったレティたち〈白鹿庵〉のメンバーや親しい調査開拓員は皆、拘束していた。だが、NPCである彼女はそもそもの権利関係に厳格であり、このような暴挙に出るはずがないと踏んでいたのだ。
『わ、私は管理者ですよ! あなたもNPCなら、私に従う義務があります!』
『アタシはメイドロイド。ここにいる男のメイドよ。だから、義務を果たすだけ』
『何を――』
カミルが箒を振る。死角から忍び寄ろうとしていた高級警備NPC“護剣衆”が吹き飛ぶ。彼女はその行く末を一瞥もせず、堂々と胸を張って宣言する。
『生憎だけど、アタシに協調性なんて求めないでよね。アタシはアタシの良心にだけ従うんだから』
『……ッ!』
基本技能、満点。自己管理、満点。戦闘、満点。清掃、満点。極限行動、満点。知能強度、満点。情報処理、満点。協調性、皆無。スクラップ処理手前へ追い込まれたことさえある、ランダムシード生成の綺羅星。彼女のいっそバグと言いたくなるほどピーキーな性能に、ウェイドは奥歯を噛み締める。
カミルがウェイドたちに怯えていたのは、ひとえにトラウマがあったから。協調性というものが欠片も存在しない彼女は、NPCの本懐である命令への絶対遵守にさえ縛られない。
『自分が何を言っているのか、分かっているんですね』
『ええ、もちろん』
覚悟を決めたメイドロイドは、例え自身よりもはるかに強大な権限を持つ管理者と相対しても一歩も引かない。
その姿に、ウェイドでさえ畏敬の念を抱きかける。だが、それは許されない。
『全軍、捕縛対象にFF型NPC-255を追加。速やかに無力化しなさい』
ウェイドの指示が一瞬で伝達され、蜘蛛型の戦士たちは目標を切り替え動き出す。背部に搭載した重厚な機関砲が火花を放ち、青白い輝きを見せるエネルギーブレードが尾を引く。
四方八方から迫る敵に、カミルはモップと箒で応戦する。卓越した戦闘能力を遺憾無く発揮し、高機能な警備NPCたちを雑兵の如く蹴散らした。あまりにも鮮やかな手腕に、リーダー級警備NPCは戦略の変更さえ検討し始める。
『そこっ! ちょわたっ!』
『BIririririri!!!!』
しかし、演算が終了するよりも早く、飛び込んできたモップの柄がコアを破壊する。カミルは目眩く戦いに身を投じながら、冷静に周囲を観察し、群衆の核となる個体を探し出していた。
被害は秒を追うごとに積み上がり、ウェイドの元に真っ赤な戦果報告が届けられる。
あまりにも一方的な蹂躙に、ウェイドは愕然とするほかない。
『が、ぐ、ぎぎ……ッ! 仕方ありません。エレファント級を投入します!』
辛酸を舐めるウェイドが虎の子を引っ張り出す。稼働させるだけで大量のリソースを消費する大喰らいだが、このような状況では出し惜しみしていられない。彼女の指令を受け、隊列後方に控えていた巨体が動き出す。
『Woooooooo!!!!』
エレファント級制圧警備NPC。巨大な四本の足で200トンの重量を支える巨大機だ。その特徴は機体に吊り下げられた丸太のような重量パーツ。ゾウの鼻のようにも見えるそれは、強固な建造物に引きこもった注意人物を引き摺り出すために開発された破城槌である。
戦象のように大声を上げ、大型ブルーブラストエンジン六基をフル稼働させるエレファント級。道を開けた警備NPCたちの真横を駆けて、テントの元へ。
『ぶち壊しなさい!』
『Woooooooo!!!』
ウェイドの号令と共に、その衝撃が放たれ――。
『セイヤーーーッ!』
『ヒット。再装填、照準微調整、発射』
『Woooooooo!?』
巨体がぐらりと傾く。超重量の金属製破城槌はテントに届かず、四本の足が明後日の方向へと捻じ曲がる。バランスを崩した巨体は自重を支えられず、轟音と共に骨塚へ倒れた。
『なああっ!? な、なんですか!』
ウェイドの絶叫。
広域レーダーを展開していた偵察用警備NPCが、その存在を感知する。
『フー、ナントカ間ニ合イマシタネ』
『アアモウ全ク! ドウシテコンナコトヲ……』
テントの上に立つ二機。黄色と黒のカラーリングのアタッチメントでずいぶんと姿形が変容しているが、それらをウェイドはよく知っている。
『な、ナナミとミヤコ!? どうして二人とも!』
元警備NPCのナナミとミヤコ。巨大な狙撃砲を背負ったナナミと、両手にチェインソーを接続したミヤコが、あろうことか管理者に真っ向から反抗している。
『イヤー、スミマセンネ。我々、一応レッジサンノ管理下ニアリマスノデ』
『最近出番ガナイト思ッタラ!』
悪びれる様子の薄いナナミとは対照的に、ミヤコはチェインソーの両腕で頭を抱えるような動きを見せる。だが、実際には同時に仕掛けられている強烈な電子的攻撃にもナナミとの並列処理によって攻性防壁を展開し、全て退けている。
二機は元々〈アマツマラ〉に所属する警備NPCであったが、なんやかんやの末にレッジが個人的に所有するに至った。まさか、それだけで管理者に歯向かうとは予想だにしなかったが。
『ど、どうなっても知りませんよ! あなた達、みんな!』
『ふんっ。アンタに命令される筋合いはないのよ』
『あるに決まってるでしょ! 管理者ですよ!』
カミルは相変わらず頑なだ。ナナミは会話の最中も次々と大型の警備NPCを狙撃しているし、ミヤコは電子戦闘用警備NPCを次々と爆発させている。
完全に管理下にあるはずのNPCが三機も裏切ったことに、ウェイドは頭を抱える。そして――。
『であれば、仕方ありません。容赦しませんからね!』
管理者として正しい決断を下す。
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Tips
◇絶対命令権
管理者が下級のNPCに対して持つ権限。全てのNPCは管理者の命令に対して絶対の遂行義務が課せられる。
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