第1479話「龍を討つ英傑」

 八塩折の酒を浴びるほど飲んだヴァーリテインはいよいよ酔い潰れて眠ってしまった。神話をトレースするなら、この後は首をひとつずつ落としていけばいいのだろうが。


「レッジさん、これはちょっと大変かもしれませんよ」

「そうだなぁ。まさか、こんなことになるとは……」


 骨塚の中央でぐうぐうと眠る巨大な龍を、俺たちは遠巻きに眺めることしかできないでいた。元々はそのまま首を落とす腹積りだったのだが、いざアストラが剣を持って飛び込んでいったところ、予想外のことが起こった。


「せいっ!」


 レティは近くに落ちていた空樽を抱え、身を捻って雑に投げる。

 綺麗な放物線を描き、ヴァーリテインへと落ちていく樽が、空中で爆散する。木っ端が散らばり、骨塚に落ちた。


「まさか、自動迎撃能力を獲得するとは」

「しかもかなり強いぞ、これは」


 ヴァーリテインは眠り続けている。だが、無防備というわけではなかった。

 USO800ではない本来の得物を掲げて飛びかかったアストラも、あの樽のように爆発四散したのだ。ヴァーリテインは一定範囲内に近づく全てのものを無差別に迎撃するという、非常に面倒な能力を得てしまった。これは完全な予想外だ。

 メルが遠距離から火炎弾をぶつけてみたが、それもヴァーリテインの身体に当たる前に霧散してしまう。

 解析班が見たところ、何やら高いエネルギー体による障壁のようなものを展開しているらしい。


「俺の計画では、恨みが宴会を通じて絆になって、そのまま平和的に終わるはずだったんだが」

「楽観的すぎますよねぇ」


 〈龍王の酔宴〉は最強のヴァーリテインを倒そうと企図したわけではない。むしろ、ボスエネミーとの友好関係を築けないか模索するものだ。恨みを集めて集めて、酒を酌み交わすことで反転させる。そうすれば、テイムできないボスエネミーとも絆を繋ぐことができると思っていたのだが、考えが甘かったらしい。


「どうするんです?」


 二進も三進も行かなくなった状況に、レティが耳を折る。


「そうだなぁ……。あっ」


 首を捻り、思索を巡らせる。そして、ふと思いついた。

 そもそも事の発端は神話の再現にある。八首の龍を酒で酔いつぶし、それを討ち取る。酔いつぶすところまではできたと考えていいだろう。


「俺たちじゃダメなんだ」

「はい?」

「俺たちは、英雄じゃない」


 龍を討ち倒すのは英雄に許された偉業だ。俺のような一般人では成し遂げることはできない。もちろん、アストラであっても、アイであっても、レティであっても。


「そうか――。そういうことか」


 俺たちは眠る龍に手出しができない。

 居ても立っても居られず、本部テントへと駆け戻る。その中には彼女がいる!


「ウェイド!」

『ひょわっ!? な、なんですか突然!? ノックぐらいしなさい!』


 膠着状態なのをいいことにスイーツ休憩を取っていたウェイドが口元のクリームを拭いながら大きな声をあげる。そんなことは、今は問題ではない。


「ウェイド、ヴァーリテインと戦ってくれ!」

『はぁ!?』


 今度こそ、彼女が目を吊り上げる。当然だろう。彼女たち管理者は戦闘行為を許可されていない。


『バカなこと言ってないで、もっと建設的なアイディアを出しなさい。我々はその補助しかできませんからね!』

「そう言わないで、お願いだ。ウェイド――いや、スサノオにしかこれは任せられないんだ」


 八岐大蛇を下すのは須佐之男命である。

 この世界、イザナミ計画調査開拓団においてスサノオとは、地上前衛拠点スサノオの管理者たちに他ならない。ならばこそ、彼女たちがあの龍と対峙するべきだろう。


『Stop! レッジさん、落ち着いてください。ヴァーリテインは確かに異常な状態にありますが、調査開拓員の総力を結することで必ず打破できます。それに我々には戦う術がありません』


 ワダツミが割り込んでくる。だが、彼女の主張には反論があった。


「生太刀と生弓矢だ。管理者専用兵装を使えばいい」

『無理ですよ! あれは、都市に甚大な影響を与える危険を排除するためにしか使用ができません!』

「俺に使ってなかったか……?」

『特例措置です!』


 疑惑が浮かぶが、ウェイドは頑なだった。

 管理者専用兵装“生太刀”と“生弓矢”は、俺たち調査開拓員よりが扱うどんな武器よりも遥かに強力な威力を持つ。それだけに使用の制限も厳格で、管理者が管轄する都市に危険が迫り、排除のため必要と判断しなければ持ち出すこともできないという。

 また、その絶大な威力に見合ったリソース消費もあり、数秒間展開するだけでも都市の1日の消費エネルギーを溶かしてしまう。ハイリスクハイリターンの極地にあるような武器だ。


「お願いだ、ウェイド!」

『ダメです! 無理です! 諦めなさい!』


 土下座で懇願するが、ウェイドは頑として動かない。管理者専用兵装であれば、あの龍を倒すことも可能だろうに。彼女たちはそれをしない。――管理者専用兵装を取り出すに値しないと判断している。


「……そうか。そうだったのか」

『分かればいいんですよ。ほら、さっさと戻りなさい』


 ウェイドの真意を悟る。俺は彼女の華奢な肩に手を置いて、じっと青い瞳を覗き込む。


『な、なんですか? そんな顔しても無理なものは――』

「あのヴァーリテインが著しく危険であることを示せばいいんだな」

「ちょっ、レッジさん!?」


レティが俺の腕を掴み、ウェイドから引き剥がそうとするが、もう遅い。


「ウェイド。――俺は今から、お前の敵になる!」


 高らかと。

 管理者に向けて反逆を宣言した。


━━━━━

Tips

◇八角門關結界

 憤怒と憎悪を反転させ、深淵へと落ちた龍の姿。己を封じ、拒絶する。外界との線は八つ。首を折り、そこに眠る。


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