第1476話「意識の萌芽」
「ひぃいい!? なんであの人玩具の剣でゴリゴリ削れてるんだよ!」
「やばいやばい、バリテン死んでまう!」
「ちょっとは手加減しろ馬鹿!」
骨塚の周囲に陣取ったヒーラー隊は阿鼻叫喚の様相を呈していた。その理由は一つだけ、アストラが猛烈な勢いでヴァーリテインのHPを削り続けているからだ。彼らに課せられた使命はヴァーリテインを死なせないことであり、前代未聞のボスエネミーを回復するという重役を課せられている。
饑渇のヴァーリテインはそもそもかなりHPの総量が多いタイプのボスである。その上、師範役のアストラは無数の拘束を受けた上で玩具の剣を使って戦っている。だからこそ、当初ヒーラー隊は余裕でヴァーリテインを生かせると思っていた。
「当たり前みたいにクリティカル決めやがって!」
「ダメージログの速度が頭おかしいよ!」
「一人でレイドやってんのかあの変態!」
敬愛する騎士団長に容赦ない暴言が飛び出す。そうでもしなければやっていられなかった。
アストラは八つの頭に取り囲まれ、次々と繰り出される攻撃をパリィしながら的確に逆鱗を狙って反撃を繰り出している。その際のダメージ計算は、最低保証の1ダメージに急所補正で5倍、更にパリィ直後のカウンター判定で1.5倍、刺突属性補正の1.05倍、“裂傷”状態の部位に追撃を加えたことによる補正で2倍、更にクールタイムが明けるたび最優先で使用している『リーンスラッシュ』は基礎ダメージ係数が1.25倍で、かつ首にヒットした際のボーナス補正で1.05倍がそこに合算されるため、1.3倍となる。
1×5×1.5×1.05×2×1.3=20.475。これが基本的なアストラの与えるダメージだ。そこに更に最大17連撃の『ラッシュスラッシュ』や、『チェインスクランブル』というコンボをつなぐほど威力が倍増するテクニックを重ね合わせることで、二刀流の超高速連撃系軽装剣士に匹敵するダメージを重ねていく。更に“裂傷”は継続的なダメージも与えるため、更に被害は拡大する。
またヒーラーたちに負担を強いているのは、共有されているログがほとんど意味を成していないという点だ。USO800の効果によってどれだけダメージを与えても800ダメージと表記されるため、具体的にどれだけダメージが入ったかはヴァーリテインのHPバーを見るしかない。
ヴァーリテイン自身も無数の首を落とされ、その回復も阻害され、最大HPをかなり減らしている状態だ。たとえ20弱のダメージであっても、瞬間的に叩き込まれると一気にHPバーを削る。何よりアストラはその場からほとんど動かず、迫る首を撫で斬りしているのだ。
「びょ、秒間28連撃……!?」
「毎秒600ダメージって、普通にバリテン初討伐時の水準超えてるだろ!」
結果、アストラはあれだけの制限を受けてなお、ヴァーリテインを圧倒していた。玩具の剣を鮮やかに振り回し、逆鱗を切り上げる。咆哮を上げ威圧しようとする兆候を見れば即座に自身もハウリングを返し、相殺する。
盾も持たずに、一撃でも擦れば終わりという極限状態で戦い続けている。
速度を重視する短剣二刀流の高速連撃系軽装剣士の平均的な
アストラが剣一本でその水準を遥かに超える秒間28回の連撃を可能としているのは、そのポジションにあった。
「なんというか、流石のヘイト管理だな。ヒーラーのせいでバラけそうなもんだが」
「自分から視線を離した頭を重点的に狙いますからね。『威圧』も合間に挟んでいますし、逆鱗を狙ってるのはダメージ以上にヘイト管理の意味が強いはずです」
何よりアストラが卓越している点は剣の技量ではなく、いかにヴァーリテインの注目を集め続けるかというヘイト管理の部分だ。
ヒーラー隊によるヴァーリテインのHP回復は、アストラ自身も巻き込む形での治癒フィールドの展開で行われている。そのため、回復ヘイトというヒーラーに敵意を向ける要因が非常に高まっているはずだが、彼はそれを組み込んでなお自分から目を逸らすことを許していない。
あくまで相手は自分だと、ヴァーリテインを強引に釘付けにしている。ヘイトの切れてきた首を的確に見抜き、僅かなタイミングを縫って『威圧』をかけ直す。数十秒先まで読んだ未来予知レベルの戦場支配能力が、彼を中心に据えている。
まるで燦然と輝く北極星のように、龍は彼から目が離せない。
「いい、いいぞっ! 動きが良くなってきている! そのまま強くなれっ!」
アストラは喜色を滲ませ獰猛に叫ぶ。
ヴァーリテインもただ連撃を甘んじているわけではない。なんとか彼に食らいつこうと八つの頭を動かしている。その動きに変化が現れたのか、彼の鍛錬の成果が出てきたらしい。
「レッジさん、あれ見てください!」
レティが興奮して声を上げる。
「ヴァーリテインの首、傷付いた一つを庇うように他の首が動いているのが分かりますか?」
「うん? ああ、言われてみれば……」
首元に裂傷を受けダメージの蓄積した首がアストラから距離を取っている。それを守るように他の首がアストラへと迫っている。指摘されてようやく分かるレベルだが……。
「ヴァーリテインの首が協働してるんですよ。これは素晴らしいことですよ!」
ヴァーリテインは一つの体に無数の頭を持つ龍だ。しかし、それぞれの頭は独立しており、それぞれに飢餓感を抱き暴食を渇望している。別の頭が喰らっている獲物でも容赦なく横取りするし、その頭が弱れば共食いもする。そこに協力関係や連帯というものはなかった。
だが、8本にまで減らされ、アストラによっていじめ抜かれ、ヒーラーによって死ぬこともできない状況が続いた結果、彼らに同族意識が生まれた。同じ境遇という紐帯によって、彼らに新たな意識が芽生えた。アストラという共通敵に立ち向かうため、力を合わせるという発想が萌芽したのだ。
「すごいな、アストラ。ボスが考えを変えるほど恨まれるとは」
「ヘイトの鬼ですね」
「煽りまくってますからね」
なんだか風評被害の生まれそうな評価だが、実際褒めている。同時にヒーラー隊も同じだけの功績がある。彼らはヴァーリテインのあり方を歪めたのだから。
「『リーンスラ――ッ!?」
そして、変化は突然現れた。
アストラが繰り出そうとした斬撃が、硬い音と共に阻まれたのだ。テクニックの発動が失敗し、反動がアストラを襲う。
「まずいっ!」
目を見開くアストラ。彼の剣を、ヴァーリテインの牙が噛んでいた。逆鱗を狙った攻撃に合わせ、白刃取りの要領で受け止めたのだ。直後、アストラの横腹に頭突きが入る。吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直す彼に、死角から触手が迫る。それに対応しようと身を捻ったところに、凄まじい衝撃を伴う咆哮が繋がる。
「が、ぁあっ!?」
初めてアストラの連撃が止まる。どころか、ダメージを受ける。
ヴァーリテインによる連携攻撃が、彼を追い詰めた。
「ヒーラー、アストラを守れ! 防御障壁展開! 救出しろ!」
限界を悟り、指示を出す。待ち構えていた騎士たちが勢いよく飛び出し、アストラを戦場から引き摺り出す。
『オォォオオオオ……』
骨塚の外へと運ばれていく騎士を、龍は怨嗟の眼で睨みつけていた。
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Tips
◇『リーンスラッシュ』
〈剣術〉スキルレベル30。
鋭い斬撃を繰り出し、敵を鮮やかに斬る。対象に“裂傷”状態を付与。首に当たった場合、ダメージが上昇する。
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