第1474話「拘束の騎士」

 クリスティーナたちが瀕死に追い込み、栄養剤を与えて回復させる。これを何度か繰り返すうちに、ヴァーリテインのステータスに変化が現れた。


「HPが如実に伸びてますね。あとは、防御力も上がっています」

「やっぱりトレーニングさせると強くなるのは、ボスも一緒みたいだな」


 騎士団の解析班から上がってきた鑑定結果をアイ経由で聞き、当初の思惑が当たっていたことを確かめる。そもそも、例えば麻痺毒などが顕著な例だが、何度も同じ対象に使っているとだんだん効果が鈍くなってくる。戦いの中で成長するのは原生生物も同じということだ。

 しかし、〈龍王の酔宴〉開始から二時間弱となり、次第に変化が鈍化し始めた。解析班がまとめてくれたステータスの上昇幅を示すグラフが、だんだんと傾斜を水平に近づけていく。そろそろ突撃隊によるスパーリングは頭打ちということだろう。


「レッジさん、この後は」

「予定通り次のステップに進もう。とりあえず体力と防御力は上げられたからな。次は属性耐性をせめてみよう」


 計画は順調に進んでいる。成長が鈍化することも事前に織り込み済みだ。一辺倒のやり方で効果が薄くなるならば、第二策を講じればいい。

 FPOには属性という概念がある。大きく分けると三つ。すなわち、物理属性、機術属性、三術属性。それらはまた細分化され、物理属性は切断、打撃、刺突、機術属性は火、水、風、土、雷、三術属性は霊、呪、運となる。またこれらも突き詰めていけば細かく分けられるのだが……、そこはまあ些事として無視できる。

 クリスティーナたち突撃隊は長槍を使っている。つまりは物理刺突属性だ。何度も何度も腹を突かれ肉を貫かれたヴァーリテインは、先端の尖った武器に対応するように体を変化させている。というわけで――。


「いよいよ俺の出番というわけですね! 見ていてください、レッジさん! 完璧にこなして見せますよ!」


 骨塚に金髪の爽やかな青年が現れる。巨大な長剣――ではなくシンプルな玩具のような剣を携えて白い歯を輝かせる、〈大鷲の騎士団〉が団長アストラさんである。


「調子に乗って殺しちゃダメだからね! 気をつけてよ!」


 アイが陣幕から叫ぶ。

 刺突属性の次に選ばれたのは斬撃属性。つまりは剣による攻撃だ。問題となるのはスパーリング相手で、〈剣術〉はなんだかんだ王道スキルなので候補は沢山いるのだが、生かさず殺さず鍛錬を続けられる師範役を選ぶのに悩んだ。

 そこで手を挙げたのが、以前は“剣聖”も自称していた直剣使いアストラさんだった。


「本当に大丈夫ですかね……」


 テントの下から兄を見て、不安そうに眉を寄せるアイ。彼女は別に、アストラがヴァーリテインに負けるとは思っていない。むしろその逆、ヴァーリテインを殺してしまうことを危惧していた。


「まあ、大丈夫だろ。一応対策はそれなりに練ってるからな」


 アストラの高い攻撃力を抑えるため、いくつもの枷を彼にかけている。

 彼が携える剣もその一つで、名前を“USO800”という。いつぞやのエイプリルフールイベントの際に報酬として入手できたネタ武器で、攻撃力が1しかないにも関わらずダメージログ上では800ダメージと表示される。

 あの頃は800ダメージも破格の桁だったのだが、今では軽く5桁6桁が叩き出せるようになったのだから、時代も変わったもんだ。


「なんというか、緊張感のない姿ですよね」


 今のアストラはいつもの銀鎧も青いマントも脱ぎ捨てて、代わりに全身に太く重たい鎖を巻きつけている。更に目を分厚い覆面で隠し、足には鉄球を付け、腕には金属製のギプスまで。まるで囚人のような姿で、原色カラーの剣だけが異質だ。

 あれらは全て攻撃力を抑えるデメリットを持つ装備であり、彼の溢れ出るパワーを必死に抑えている。むしろそこまでしなければならないというのが、恐ろしい話ではあるのだが――まだ終わりではない。


「支援機術を用意。――放て」


 〈大鷲の騎士団〉の機術師連中を統轄する支援機術師リザが号令をあげる。杖や指輪といった発動具に力を溜めていた機術師達が一斉に術式を解き放つ。

 〈支援機術〉スキルというのは、〈攻性機術〉〈防御機術〉と並ぶ三大アーツの一角である。その特徴は対象のステータスを変化させることができるという点。そして、それはプラスの効果だけでなく、マイナスの効果も含むというところにある。

 故に〈支援機術〉のレベルを上げていても、プレイスタイルによって支援機術師バッファー妨害機術師デバッファーという二種類に分けることができる。そして、リザの合図でアーツを起動したのは後者――対象のステータスを減衰させる妨害機術師たちだった。


「お、おおおっ! 体が重くなってきました!」

「なんか嬉しそうだな……。まあいい、アストラ、それならいけそうか?」

「視界がグルグルしてモノクロです。そもそも霧が深くなったように見通せません。攻撃力も下がってますね」

「順調そうで何よりだ」


 普段なら原生生物側にかけるはずのデバフを味方に付与する。平時とは異なる動きに騎士団の妨害機術師たちも悲喜交々といった様子だ。当のアストラは何重にも襲いかかる体調不良に、なぜか楽しそうな声ではしゃいでいる。

 とりあえず、これで今のアストラはポッドで地上へ降り立った時以上に弱いはず。これだけ重い制限をかけておけば、卓越したプレイヤースキルがあろうとヴァーリテインをうっかり殺すことはないはずだ。――たとえ、龍の急所を狙ったとしても。


「よし、準備完了。ヴァーリテインもHP全回復でピンピンだ。アストラ、思い切りやってやれ!」


 無邪気に笑っていたアストラが雰囲気を変える。玩具の剣を正眼に構えた瞬間、空気が張り詰めた。周囲の温度が2、3度下がったような気さえする。


「俺はレッジさんほど器用じゃないですからね……。死なないでくれよ」


 それは懇願だった。同時に、杖を構える機術師たち――ヴァーリテインを回復させるヒーラー達への忠告でもあった。

 アイが生唾を飲み込む。

 次の瞬間、拘束衣の騎士が走り出した。


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Tips

◇纏縛の呪鎖

 血と呪いを込めて編み上げた黒鉄の鎖。尽きることなき怨念が宿り、触れるものを強く戒める。生気を吸われ、活力を奪われ、やがては絶望のまま死に向かう。

〈纏縛の呪鎖〉

 装備者のLPを半減させる。攻撃力を20%減少させ、全ての増強効果を無効化する。装備中は与えたダメージに応じて鎖が締まり、強い圧迫感と共に虚脱効果を与える。


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